【連載】モハンティ三智江の第3の眼

インド、ついに40万超、各国から救援物資、日本も支援を

モハンティ三智江

(2022年)5月に入った。インドでは、ミッドサマーだ。夕刻の浜の散歩以外、冷房室にこもる毎日だが、今日は土曜日でウィークエンドロックダウン(都市封鎖)、外気に触れることなく、こもりっぱなしに終わりそうだ。

カレンダーは新しい月に変わっても、インドの惨状は変わらない。1日の感染者数は40万人超、死者も3500人以上(累計1920万人、実質陽性者350万人)と、TSUNAMI(ツナミ)級第2波の勢いは止まらない。

実数は、公表データをはるかに超えて新規ミリオン超、死者も、自宅で亡くなる人が数えられていないため、ミリオンに達しているとの説もあるほどだ。

まこと凄まじいとしかいいようのない、未曾有の事態に直面して、私自身ジャーナリストとしての機能が麻痺し、1週間は何も書く気がしなかった。阿鼻叫喚のカオス地獄を目の当たりにして、甚だしく狼狽し、どっぷり落ち込んでいるただの弱い人間がいた。

コロナ戦に突入してから1年以上、これまで辛抱強く持ちこたえてきたが、あまりに想像を絶する現実を前に、ひしひしと無力感を覚え、脱力感から何も手につかなかった。

それから、昨年4月に帰国するはずだった私が、便が欠航になってインドに居残る羽目を余儀なくされたのは、伝える使命があるからだと気づいた。私は、終息の日まで、発信し続けなければならない。どんな悲惨な現実であろうと、第3者の客観的な目で観察し、事実をありのままに書き留め、伝える義務がある。

やっと、スマホの白いテキスト画面に向かう気力を取り戻した。そして、今、こうして世界最悪の感染大爆発を起こしている、インドの実態を誇張することなくありのままに、ご報告しているわけである。

第1局面での好戦に気をよくして敵を甘く見て、大敗戦に追い込まれたインドの実相をつぶさにお伝えしているわけだ。

インド参謀司令本部は、コロナ戦の舵取りを誤り、膨大な死者を招いた。ロジスティクス、兵站(へいたん)も尽きた。合同戦の仲間、連合軍に至急支援を仰ぐしかない。司令室は混乱状況だ。

中央当局は、地方に散らばる軍隊に責任転嫁しようとしている。今後の指揮は、地方に任せた。各自が作戦を練って、敵に立ち向かえばいい。兵站もいずれ、連合軍から届くから、各州軍に分けてやる。よきに取り計らえ、はっはっはっ、司令官の傲慢な高笑いが私の耳元にまで聞こえてきそうだ。

世界最多を更新し続けて暴走する巨象インド、わが愛する第2の祖国で、新型コロナウイルス患者が酸素不足でバタバタ息絶えていく。治療を受けられるのはまだいい方、病床不足で門前払い、列をなす救急車の中で、あるいはタクシーや自家用車の中でなすすべもなく、愛する家族の一員が喘ぎ死んでいくのを見守る近親者が泣き叫ぶ声が悲痛だ。火葬場は遺体の山、集団火葬のみならず、スペースがなくて公園が焼き場代わりになっている。

伴侶を亡くして1年半に満たない私は、感情移入してしまって涙が止まらない。こんな事態が訪れようとは3月初めの時点では、誰も予想していなかった。1月16日から早々と、ワクチン接種は開始されていたし、2月の時点では日当たり感染者数は1万人台にとどまっていた。政府は、コロナ戦における勝利宣言すら公表しようとしていた矢先だった。

マハラシュトラ州(Maharashtra)で既に二重変異株が見つかっていたにもかかわらず、専門家のまだパンデミック(世界的流行)は終わっていないとの意見に耳を貸さず、大型宗教行事や政治集会の許可と、緩和政策は続いた。

当オディシャ州首相、ナビーン・パトナイク(Naveen Patnaik)は、コロナ征伐において辣腕発揮、私見では、彼が中央でコロナ指揮をとっていたら、現在のような大混乱は免れたと確信する。ちなみに、オディシャ州は新規数が1万人超に達した時点で、5月5日から19日まで2週間のロックダウンが決まった。

 

第2波大爆発の発火点となったのは、4月1日にウッタラカント州(Uttarakhand)の聖地ハリドワール(Haridwar)で始まった巨大宗教行事・クンブメーラ(Kumbh Mela、350万人もの巡礼者がガンジス川で沐浴儀式、4月30日まで)とも言われるが、西ベンガル(West Bengal)州議選でのマスクなしの政治集会も追い打ちをかけた。

クンブメーラに関しては、大密集を懸念する声を制するように、モディ(Narendra Damodardas Modi)首相自ら象徴的宗教行事と黙認、西ベンガル州議選では、ノコノコと現地入りして応援演説、マスクなしの支持者による大集会を催した。

コロナルールをまったく無視した失策がまもなく、大きなぶり返しウェーブを巻き起こすことになる。しかも、第1波と違って変異株、それもふたつの変異が起こる二重株という感染力が強く、ワクチンも効きにくいとされる厄介種。一旦火がついたら、あとは速かった。

あっというまに第1波の9万人台にかろうじてとどまっていた最多記録を超えて10万人突破、臨界点を越したら20万人、アメリカの日当たり新規30万人を追い越すのに、3日とかからなかった。そして今、40万人超、一体、最多数はどこまで伸びるのか、空恐ろしい限りだ。

コロナを甘く見て、嘗め切ったモディ政権の大失策で、Facebook(フェイスブック)では、「Modi resign(モディ・リザイン、モディ退陣)」を呼びかけるキャンペーンも始まり、一時削除されたことから、言論統制疑惑も持ち上がった。

第1波が膨大な人口の割に比較的抑制に成功したのに気をよくしたインド政府は、ワクチン外交と浮かれまくって、周辺国にワクチン6000万回分や、多数の酸素ボンベをばらまいた。本国は抑制されたから、大量のストックは不要と大盤振る舞い、のちのディザスターへとつながるのである。

なんという浅はかな決断だったろうか。まったく信じ難い失策、過去のスペイン風邪(1918年から1920年にかけ全世界的に大流行したH1N1亜型インフルエンザの通称)の教訓や、近々(きんきん)の欧米の第2波・第3波を見ても、早晩第2波がやってくることはわかっていたろうに、甘く見積もって他国優先の愚策を冒してしまったのである。

確かに、第1波は、欧米に比べ、人口比率から見た累計数や、致死率も低かったため、過信してしまったのだと思うが、仮にも一国の政府ともあろうものが専門家の意見を無視しての暴走は、許さざるべきものでない。13億5000万人の尊い命がかかっている、ワクチンや酸素、医薬品のばらまきはまこと浅慮というほかはない。私も、モディ・リザインのコールに率先して加わりたいくらいだ。

相変わらず首都圏のデリー(Delhi)はじめ、赤信号点滅州で酸素欠乏(闇値で15倍、日本円にして約6万円も)や、ワクチン不足が相次ぎ、1日からの18歳から44歳への接種もままならないという膝元の無防備を招いてしまった。

そんな中、アメリカはじめの欧米主要国から、ワクチンの原材料や、医薬品・各種医療機器が届いているが、近々、ロシアから500万回分のワクチン「スプトニークⅤ」が到着予定になっている。

ロシア製ワクチン「スプトニークⅤ」は、アメリカのファイザー製と並んで、有効性の高い人気商品。民主主義国家でありながら、社会主義の経済政策に準じた初代ネルー首相(Jawaharlal Nehru、1889-1964)時代から、ソ連との関係は深く、軍事面でも緊密で、近年ややアメリカ寄りになったが、信頼関係は損なわれていない。血栓の副反応が懸念される、英国製のコビシールド(Covishield)より、期待が持てるかもしれない。

 

中国ですら、支援リストに名を連ねているが、日本の名はない。日本もワクチンは輸入に頼っているし、関西の医療危機で、感染症部門が脆弱なだけに、とてもそんな余裕はないのかもしれない。個人や民間企業でできる支援があったら、考慮していただきたいと思うが。

インドの未曾有の危機は、本国だけにとどまらない、世界的大危機だからである。変異株の流行は欧米から、アジアに移行しているし、対岸の火事と見過ごして欲しくない。人は移動するし、インド株もそれに伴って蔓延のリスク大である。

現に日本では、既に21例のインド株が見つかっている。地球運命共同体、全世界の人類がパンデミックという前代未聞のクライシスに瀕している。人種問わず、倒産や失職、事業不振で喘いでいる。自殺者や精神疾患者も増えるだろう。目に見えない手強い敵を相手に、人類は疲弊している。

地球的規模の大危機だけに、国・人種を問わず、一致団結しての合同戦が必要になる。自国のみの利害にこだわっている場合でない。21世紀の、誰もが予想だにしなかった新ウイルス対抗戦に、世界がひとつになって立ち向かう必要がある。

ワクチン分配を巡って、争っている場合でない。ましてや、コロナ征伐に成功した国が、これを好機とばかり、弱っている国々をしり目に、勢力拡大行為に走るのは、世界共同体の一員としてルール違反、断じて許さざるべきものでない。

日印友好の歴史ははるか、奈良時代(710年から794年)に遡る。インド人僧・菩提遷那(ぼだいせんな、704-760)が東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)の開眼供養の導師を務めたときから、明治期の岡倉天心(1863-1913)とタゴール(Rabindranath Tagore、1861-1941、1913年にノーベル文学賞を受賞した国民的詩人)の交友まで、在留邦人の私としても、日本からの温かい支援を期待したい。

物的支援のみならず、精神面でのサポート、同じ地球家族の一員を温かく見守る目、収束を祈るパワーが届けば、倒れた巨象はむくりと立ち上がるかもしれない。

 

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モハンティ三智江 モハンティ三智江

作家・エッセイスト、俳人。1987年インド移住、現地男性と結婚後ホテルオープン、文筆業の傍ら宿経営。著書には「お気をつけてよい旅を!」、「車の荒木鬼」、「インド人にはご用心!」、「涅槃ホテル」等。

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