【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ロシアによるウクライナ侵攻問題をどう見るかー哲学的認識論の見地からー(前)

島崎隆

1. 私の問題意識

いきなり眼前の事実を事実としてそれに飛びつくのではなくて、真実を捉えがたいものとみなして、まず事実と真理の認識のための方法論を吟味するのが哲学、とくに認識論という分野である。特に複雑な現実であったり、対立するイデオロギーや価値観がそこに絡んでいたりする場合には、なおさら事実の正確な認識は難しい。

 

事実というのはひとつであるはずだが、その単一の事実に向かっていくつかの異なった見解が起こりうる。多くのジャーナリスト、政治家、学者・研究者たちがわれこそは真理を握っているとして、そこに多様な対立する見解が発生する。

一般国民も結局、同様であろう。まさにポスト・トゥルースの時代であり、またフェイクニュースも、この侵攻問題をきっかけにさらに蔓延しているように見える*1。

True And False. 2 Way Road Sign. Decisions Concept.

 

だが、その単一の事実というものが対立的傾向を内部にはらみ、相争いあっているとしたら、どうだろうか。つまり対立的傾向が客観的にひとつの現実の中に内包されているとしたら、事態は一層複雑になる*2。

私はここで議論を複雑化しようとは思わない。少し話が先走ってしまったが、2022年2月24日から始まった、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を眼前にすると、私にはまったく相反する意見が新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、インターネットなどのマスメディアのなかで、行きかっているように見える。

View of the store after the Russian bombing on March 15, 2022 in Kharkiv, Ukraine.

 

というか、私は事実をより深いところから追究するという方向性を意図的にとって、政治問題なども見ているつもりなので、激しく対立する意見が飛び交っているように見えてしまう。

だが、表層的には、幸か不幸か、この日本においては、一般のテレビ、新聞、表面的なネット記事などを見ていると、そうした一般メディアの傾向は、ある程度の多様性はあるものの、ワンパターンでわかりやすい方向に向かっているようだ。

だから彼ら読者、視聴者は、結果としておおむね、単純な事実認識を保持してきたのではないか。現代人が大体において地動説を信じている場合にそうであるように、その認識ないし常識がほぼ健全な事実への方向を示しているのであればほとんど問題はないが、事態はどうもそうではないらしい。

以下私は、今回のウクライナ侵攻の問題に対する少数派の批評を紹介して、そののちに哲学における言語批判・言語分析、さらに概念分析の立場から、当該問題に関する論争点を指摘したい。そうした方法論的分析ののちに、ジョン・ミアシャイマーの明快な捉え方を紹介・検討したい。

というのも、彼の考察に注目して、中島岳志、エマニュエル・トッド、塩原俊彦、遠藤誉ら、それを分析の出発点にする論者が多いからである。また言語学者としても著名なノーム・チョムスキーも同意見であろう。

2.少数意見と同調圧力の問題—方法論的相対主義と懐疑の精神—

少数意見とみなされるフランス思想家の西谷修は、日本の状況について以下のように総括する。

「いまメディアは一色に染まっている。あるいは単純で強力なメッセージの磁場にはまっている。独裁者の大国ロシアvs.自由ウクライナの抵抗、KGBの闇の帝王vs.コミュニカティヴな民衆の星〔中略〕、『正しい方向』は自明で、その『正しさ』が世界中に声高に迫る…、不当な戦争にたいする抗戦を支援せよ」*3と。

The former KGB building in Lubyanka square from above, Moscow. Russia.

 

さらにジャーナリストで元大学院教授の浅野健一もまた、日本の記者クラブ報道は「ウクライナ=善、ロシア=悪」の構図で一貫していると指摘しながら、テレビでは、「専門家」を自称する大学教授らが、「ウクライナがんばれ、ロシア軍は撤退しろ」「プーチンを潰せ」と叫んでいる、と指摘する。

彼がフェイスブックでロシア側の言い分も聞くべきではないかと書くと、「革新」派から「アホがいる」「ヒトラーの主張も聞くべきなのか」などという罵詈雑言が飛んで来るのだという*4。

Newspapers isolated on white

 

私の印象では、多くの国民は、多分9割近くは、「ロシア=旧ソ連にも似た悪の帝国」「プーチン大統領=大国主義的野心をもった、度し難い狂人」というイメージをもっているのではないだろうか。

一方、ウクライナに対しては、旧ソ連の一部ではあったが、旧ソ連を継承した大国ロシアに蹂躙されている小国であり、そのなかでゼレンスキー大統領を先頭に、けなげに抵抗している存在であり、私たちは彼らを支援しなければならないというイメージである。

何しろ国会でゼレンスキー大統領にオンライン演説を許可するということで、日本政府そのものがウクライナを応援しているのである。

これはちょうど、新型コロナに対するワクチン接種が実は多様な副作用、後遺症を残す存在になっているという事実が良心的な医師たちによって多数報告されているのに、政府・厚労省の意を受けて、一般マスコミはその事実をほとんど報道しないということと酷似している。

この場合も、ワクチンの有効性に疑問をもち、その副作用と危険性を指摘すると、反社会的なイメージで、白い目で見られることが多いのである。

Vaccine written newspaper close up shot to the text.

 

ウクライナ問題にせよ、ワクチン問題にせよ、日本では、その同調圧力は巨大なものであり、それに異論を出そうものならば、権力に逆らう、常識はずれの人間とみなされ、急に居心地が悪くなるのだ。同調圧力というのは、もはや理屈の問題を通り越して、それに従うことが自明視されている状況で生じるものであり、かつてのアジア太平洋戦争の時代でいえば、「非国民」という悪罵を投げつけられることに近いものがある。

 

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島崎隆 島崎隆

一橋大学経済学部を卒業ののち、群馬県で高校教諭。現在、一橋大学社会学部名誉教授、社会学博士。ヘーゲル、マルクスらのドイツ哲学に関心をもってきたが、日本の学問研究には「哲学」が不足しているという立場から、多様な問題領域を考えてきた。著書として以下のものがある。『ヘーゲル弁証法と近代認識』『ヘーゲル用語事典』『対話の哲学ー議論・レトリック・弁証法』『ポスト・マルクス主義の思想と方法』『ウィーン発の哲学ー文化・教育・思想』『現代を読むための哲学ー宗教・文化・環境・生命・教育』『エコマルクス主義』『《オーストリア哲学》の独自性と哲学者群像』。

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