【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第6回 法廷に立ち込める「霧」

梶山天

犯人に結びつく唯一の証拠だった被害者女児(当時7歳)の頭から押収された布製粘着テープのDNA型鑑定結果の隠ぺいによって、一審から最高裁までその後の裁判の審理の在り方や判決は、大きく影響した。なにより、捜査機関が市民が参加する裁判員たちを欺き、傷つけたことは、日本の裁判の汚点として歴史に刻まれるだろう。それほど捜査機関が犯した証拠の隠ぺいは重大だ。

今回は「今市事件」。こう呼ばれて注目を集めた裁判について触れよう。この証拠の隠ぺいがなければ、意外と最初からつまづくことなく、一審で無罪判決が出ていたかもしれない。というのも、この事件では捜査段階での自白調書があるが、行方不明時の被害者女児の遺留品が何一つみつからず、有罪の決め手になる証拠が乏しかった。

それに加え、一審の宇都宮地裁に提出された検察からの調書などには、勝又拓哉受刑者(40)が被害者女児をさらい、自宅で性行為を行ったりした後、茨城県常陸大宮市内の山林で刃物で胸辺りを複数回刺して殺害。鼻辺りから頭までぐるぐる巻きにした粘着テープをはがして山林に捨てたと供述するなど受刑者の細胞がいろんなところに付着しているはずなのに、不思議なことに彼のDNAだけは布製の粘着テープはおろか、被害者の体などのどこからも検出されなかったのだ。俗にいう自白調書が嘘であることをも裏付ける裁判用語でも言う「無罪証拠」が積極的にあったのだ。

こともあろうに、宇都宮地裁の裁判官たちは何の疑いもなく検察の嘘の説明を信じて解析データなどの資料のチェックもしないまま、科捜研職員2人のコンタミ(汚染)で犯人追及はできないと大事な証拠を葬ってしまったのだ。

このため市民が参加する裁判員裁判だった一審から、控訴審、さらには最高裁まで判決の判断が続いた。そもそも栃木県警科捜研の鑑定の段階では、被害者とは別の女性のDNAが検出されていたのだ。捜査本部の嘱託を受けて女児の遺体を解剖した筑波大法医学教室の本田克也元教授が推測した犯人像とピタリ合う女性がクローズアップされるはずだった。

この鑑定結果の隠ぺいは、冤罪を生んだだけでなく、近年の裁判所、裁判官の劣化を実際に裁判を通して判決の形で如実に露見させた。訴訟指揮も判決理由もめちゃくちゃな上に「違法裁判」と言わざるを得ない結果になった。裁判体ごとの問題視する証拠などの任意性が異なり、決定的な証拠はなく、無罪証拠がいくつか存在するのに犯人が別にいるのでは?との方向性を見出そうとする裁判官はいなかったように思える。

特に一審では検察官や検察側の証人の証言は「嘘はない」と絶対的なお墨付きもらっているような裁判にも見える。法廷の中に霧が立ち込めるような風景を感じたのは、私だけなのだろうか。断言できるのは、法廷に立ち込めた霧は、最後まで消えることはなかった。いったいこの霧の正体は……。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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