【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第6回 法廷に立ち込める「霧」

梶山天

今市事件の一審の判決文を書いた裁判官も、もしかしたら熊本さんと同じような心境ではなかったのだろうか、と思わずにはいられなかった。そんな判決文だったのだ。

今市事件の一審の裁判は、自白以外にこれといった証拠がなかった。検察官が取り調べをして作成した調書の任意性と信用性を判断するための補助的証拠として再生された録音・録画映像が、実質証拠になるというひと悶着が起き、刑事手続き上の問題が表面化した裁判でもあった。また、捜査段階で自白したとされた勝又拓哉被告が、16年2月29日の一審初公判で裁判長が「起訴事実に相違ないか」と聞く罪状認否の段階で「殺していません」と無罪を主張した否認事件でもあった。

宇都宮地裁が有罪と認定した犯行に至る経過と罪となる起訴内容はこうだ。勝又被告は、かねてから女の子に性的興味を抱いていた。女の子を拉致してわいせつ行為に及ぼうと考え、さらえそうになった子を探して自分の車を運転。05年12月1日午後2時38分ごろから同3時までの間に、同県今市市内の大沢小付近の路上を一人で下校中の女児を見つけ、抱きかかえ無理やり車に乗せ、同県鹿沼市内の自宅に連れ込み、全裸にしてわいせつ行為などを行うなどした。

翌未明に女児を車に乗せ、茨木県常陸大宮市三美の山林に連れて行った。勝俣被告は、自分が行った拉致やわいせつ行為の発覚を恐れて、同日午前4時ごろ山林西側林道で殺意を持って女児の胸をナイフで多数回突き刺し、心臓を損傷させて失血死させ、すぐにそばの山林に捨てた。宇都宮地検は、いわゆるわいせつ行為の発覚を恐れた殺害であると、犯行目的についてのシナリオを作った。

ただ、この事件は勝又被告を殺人の疑いで逮捕、起訴した時には、発生から8年以上経過しており、女児を拉致した未成年者誘拐、山林に捨てた死体遺棄罪については、すでに時効が成立していた。

今市事件解決に向けて捜査本部が目撃情報などを求めたポスター

 

さて、一審裁判で裁判員を務めた市民の皆様。これといって有罪の決め手となるような証拠がない中で唯一、犯人割り出しに期待がもたれた被害者女児の頭部から見つかった布製粘着テープには、被害者のほかに鑑定に携わった栃木県警科捜研職員のコンタミ(汚染)によって犯人割り出しが不可能として裁判所が証拠採用しなかった鑑定結果は、実は犯人とみられる女性のDNA型が検出されていたのを隠ぺいしていたことが2人の法医学者の解析データの検証で明らかになりました。

判決直後の会見で、裁判員の方々がこぞって口にしたのは、「録音・録画の影像がなければ、どっちにするかわからなかった」です。法廷で被害者の遺体を解剖した法医学者が解剖の結果から「被告人は犯人にはなりえない」と証言していたのを覚えていませんか。解剖医は犯人を女性ではないかと感じていたそうです。あなたが下した結果はどうだったのですか。何をいわんや、無実の人が刑務所にいます。私が裁判員だったらたまりません。早く再審をしてほしいと訴えます。動きます。

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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