【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第14回 菅家さんが逮捕後初めて足利事件否認

梶山天

女の子がしゃがんでいる。自転車でそばに行き、止まる。女の子に声をかける。自転車に乗せて犯行現場に連れていく。立ったまま、首を絞殺……。

足利事件の松田真実ちゃん(4)の殺害だけでなく、それ以前の未解決事件である福島万弥ちゃん(5)と長谷部有美ちゃん(5)についても、目の前にいる男は、いとも簡単に自白している。

でも何だろう、何かがおかしい。犯行時期や被害者も異なるのに、どうして殺害状況が全て同じなのか。菅家利和さんが自供させられた犯行の一部がパターン化していることに、宇都宮地検の森川大司(だいじ)主任検事は、違和感を抱いていた。虚偽の自白をさせられているのではないか……。そのように疑い、もう一度、取り調べる必要があると考えたのだろう。

足利事件の一審裁判が始まる9日前の1992年2月4日に森川検事は宇都宮拘置支所におもむき菅家利和さんの取り調べを行った。その時の録音テープをもとに調べのやり取りの一部を以下に再現する。

足利事件の裁判開始後も無断で宇都宮拘置支所にいる菅家さんの調べを行った宇都宮地検の森川大司検事。

 

森川:「あのね、じゃあ、僕の方から言おっか? 君、どの事件もそうだけどね」。

菅家:「はい」。

森川:「女の子見つけた時に、いつも女の子しゃがんでいるんだよな」。

菅家:「はい」。

(中略)

森川:「それから、自転車に乗せて行ってね。走っている時にどんな話があったか、どんな会話があったのか、ねー。あんまり具体的なことはちょっと出てこない。ね。忘れていればそれは仕方がないんだけれど。それから、まあ、真実ちゃんの場合には、いきなりこう首を絞めたと言うのかもしれないけれど、万弥ちゃんと有美ちゃんの場合にはね。最初、こうやって抱きしめた、と、そういう状況も同じなんだよね。そして、それで首を絞めるわけだよね。首絞める絞め方は同じなんだよね。これは有美ちゃんの場合同じなんだよね。しかも立ったまま。全く同じやり方。ね。で、その後、ね。まあ、すぐやるかどうかはともかくとして、いたずらして。ね。みんな」。

菅家:「(沈黙・9秒)」。

森川:「これね。被害者ってのはみんな、それぞれ違うわけだ。時期も違う。年齢的には似通っているんだけれども。ね。女の子であるけど、みんなそれぞれ違ってる。だけどこんなにね。やり方が似通っているってのはあるのかい? どうなんだい? まあ、「あるのかい?」って聞かれるのはね。事実がそうであれば、あったんだからしょうがないってことになるかもしれないけど。ね。聞いている者にとってはね、話がちょっとおかしいんじゃないのかと、言いたくもなるんだ。ね。説明してこなくてね。こう最初言った事件に合わせて適当に説明しているってものがないかい?」

菅家:「(沈黙・13秒)」。

森川:「万弥ちゃんの事件にしろ、有美ちゃんの事件にしろね。君の説明するね、説明する事件内容がこう、一つのパターンにはまってる感じなんだよね」。

菅家:「(沈黙・7秒)」。

 

日本の刑事裁判では、検察がいったん起訴すれば、99%以上の確率で有罪となる。それは一般的に法と証拠に基づいて刑事手続き行う「法治主義」が機能しているからだと言われている。

しかし足利事件には、当時、DNA型鑑定が一致(後に間違いと証明される)という物的証拠の担保があったが、ほかの2件の未解決事件は、菅家さんの自供しかない。果たして容疑者の供述などの状況証拠の積み上げだけで有罪に持ち込めるのか。疑念と不安を払拭するかのように森川検事は菅家さんを執拗に追及した。

ISF(独立言論フォーラム)副編集長の梶山天の取材によると、検察による録音は、92年2月13日から宇都宮地裁で足利事件の一審裁判が始まってからも秘かに続けられていたのである。初公判から菅家さんは、法廷で真実ちゃんの殺害を認める証言を続けていた。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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