【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第12回 ゼレンスキー演説の嘘 「原発」編

寺島隆吉

前回では次のように書きました。

〈次章はゼレンスキー演説の嘘「原発」 編にしたいと思っています。その関連で「生物兵器研究所」についても触れる予定です。しかし、こんな調子で書いていると、いつまでたっても元の「Sさんのオンライン署名」に戻れなくなりますので、困っています〉。

そこで、ゼレ ンスキー演説の嘘「原発」 編に移りたいのですが、 彼は日本の国会におけるオンライン演説で、チ ェル ノブイリ原発について次のように言っていました。

 

大惨事が起きた原子力発電所を想像してみてください。破壊された原子炉の上は覆われ、放射性廃棄物の保管施設があります。

ロシアは、この施設をも戦争の舞台にしてしまいました。そしてロシアは、この閉鎖された30キロ圏内の区域を利用して、 われわれに新たな攻撃を仕掛けるための準備をしているのです。

ロシア軍がチェルノブイリ原発に与えた損傷について調査するには、彼らが撤退してから何年もかかるでしょう。放射性廃棄物のどの保管施設が損傷し、放射性物質のほこりがどの程度広がったのか、 などです。

 

上記の演説でゼレンスキー大統領は「ロシア軍がチェルノブイリ原発に与えた損傷」と言っていますが、事態は全く逆です。
むしろ、 原発への電力源をカットして、それをロシア軍のせいにしようとするネオナチ・極右勢力の動きがある、とモスクワは反論しています。次の記事はそれを示しています。

Ukrainian nationalists attempted to cut power to Chernobyl, Russia claims(ウクライナの民族主義者がチェルノブイリへの電力供給を停止しようとしたとロシアが主張)
https://www.rt.com/russia/551583-ukraine-nationalists-chernobyl/  RT, 9 Mar, 2022

原子炉を攻撃すれば核爆弾を使ったのと同じ結果をもたらすのですから、世界中から世論の猛攻撃を浴びるのは必至ですし、その場にいるロシア軍も被爆することは眼に見えているのですから、そういう馬鹿なことをロシア軍がするはずはないのです。

それどころかロシア軍が原発区域を占領したのは、 「原子炉の電源を切って冷却できないようにして原発を暴走させ、その結果、核爆発が起きたとき、それをロシアの所為にする」という謀略を防ぐためと考えた方が、はるかに納得できます。

そもそも、1986年4月26日にチェルノブイリ原発が悲惨な事故を起こしたとき、当時のソ連政府は、27日午後2時、1,100台のバ スによって、プリピャチ市民4万5,000人を避難させ始めました。

作業は整然と進み、2時間後プリピャチは無人の町となりました。恐れていたパニックは起きませんでした。

*今中哲二「チェルノブイリ原発事故による放射能汚染と被災者たち(1) 」
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/GN/GN9205.html

プリピャチ市は、原発職員のために作られた人口5万人たらずの近代的な町で、発電所敷地の北西、原子炉から3キロメートルぐらいの距離から町並が広がっていました。

しかし、ソ連政府が用意したバスで避難した市民は、政府が新しく建設した町に住むことができたのです。

西側諸国とりわけアメリカは「ソ連=独裁国家=悪の帝国」として敵視してきましたが、そのソ連がとった対策は、このようなものでした。

他方、 福島原発事故が起きたときの日本政府は、 事故が起きるまでは「原発は安全です」と言い、原発が起きたら、住民は「自主避難」に任され、政府はバス1台すらも出しませんでした。

日本は「社会主義国家」ではなく「自由主義国家」だから、避難の仕方も「自由」だと言いたかったのでしょうか。

それはともかく、ゼレンスキー大統領はオンライン演説で、 「ロシア軍がチェルノブイリ原発に与えた損傷」と言っていますが、 先述のように、むしろロシア軍はウクライナ軍の「偽旗作戦」から原発を守っていたのです。

その証拠に、 原子力の「平和的利用の促進、 軍事利用の防止」を目的とするIAEA(国際原子力機関)ですら、次のように言っています。

IAEA comments on Chernobyl safety fears(IAEAはチェルノブイリ原発の安全性に不安はないと言明)
https://www.rt.com/russia/551567-iaea-chernobyl-power-cut/

ロシアにとって不安だったのは、 先述のように、ウクライナ軍(とりわけネオナチ過激派勢力)が「ロシアが電源を切った」と主張し、それから生じた惨劇をすべてロシアのせいにするという「偽旗作戦」でした。

なぜなら、このような偽旗作戦はCIAやアメリカ軍が最も好んだ戦術だったからです。アメリカがシリアを攻撃する口実としたのは「アサド政権が化学兵器を使って自国民を殺した」ということでしたが、それがイスラム原理主義者を使った「自作自演」だったことは、先述したとおりです。

この「自作自演」 「偽旗作戦」の典型例をもうひとつあげるとすれば、キューバのカストロ政権を倒すための「ノースウッズ作戦」でしょう。この作戦に関する資料の大半は廃棄されましたが、わずかながら残された重要な文書もあります。それが1963年に機密解除されたCIAファイルです。

この作戦も多種にわたりましたが、最も際立っていたのは、米国のパイロットが操縦するMIG航空機(キューバとソビエト連邦で使用されたジェット戦闘機)を使用して、主にアメリカ市民を乗せた民間旅客機を撃墜するという計画でした。

このようにCIAやア メリカ軍は、敵として照準を定めた国をつぶすためには、自国民を殺しても平気な神経をもったひとたちの集まりなのです(幸いにも、この計画はケネディ大統領が拒否したため実現しませんでしたが、そのためでしょうか、その後すぐ、ケネディは暗殺されました )。

ですから、このようなCIAやペンタゴンによって訓練されたウクライナ軍(とりわけ狂信的なネオナチ集団「アゾフ大隊」 )が、原発の電源を切って出現した惨状の責任をロシア軍に押しつけたとしても、何の不思議もないでしょう。アゾフ大隊の残虐ぶりはオデッサの虐殺事
件で十分に証明されていますから(第8章参照)。

ここで、もうひとつだけ言及しておきたいことがあります。それは、ゼレンスキー大統領が次のようにも言っていることです。

皆さん!ウクライナには、 稼働中の原子力発電所が4か所あり、 合わせて15の原子炉があります。すべてが脅威にさらされています。ロシア軍はすでにヨーロッパ最大のザポリージャ原発を攻撃しました。

また戦闘によって何百もの工場が損傷し、爆撃によってガスや石油のパイプライン、それに炭鉱が脅威に直面しています。ロシア軍は先日、スムイ州にある化学工場を攻撃し、アンモニアが流出しました。

私たちは、シリアであったように、 化学兵器、 特にサリンを使った攻撃が起きる可能性があると、警告を受けています。

 

ゼレンスキー大統領は上で、 「シリアであったように、 化学兵器、 特にサリンを使った攻撃が起きる可能性があると、警告を受けています」と言っているのですが、 「シリアの化学兵器」というのは偽旗作戦であったことは前述しました。

また「爆撃によってガスや石油のパイプライン、それに炭鉱が脅威に直面しています」とも言っていますが、ロシア軍は軍事的拠点以外は攻撃するなと命じられているので、マリウポリ市の制圧に1カ月もかかり、ロシア軍に多く被害が出ています。

以前にも述べましたが、元財務次官のポール・クレイグ・ロバーツは、ロシアを次のように揶揄していました。

http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-835.html
「プーチンは馬鹿か、お人好しか」( 『翻訳NEWS』2022/03/21)。
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-862.html
「世界最高レベルの軍事力をもっているのに何というザマだ」( 『翻訳NEWS』2022/04/01)。

ですから、ゼレンスキー大統領が、 「ロシア軍はすでにヨーロッパ最大のザポリージャ原発を攻撃した」と言っているのも、全く嘘であることが分かります。

何度も言いますが、原発を攻撃しても世論の猛攻を浴びるだけで、何のメリットもないのですから。

ところが日本では、このゼレンスキー演説を視聴した左翼・リベラルのひとたちですら「ロシア、プーチンは侵略をやめろ!原発を攻撃するな!」という声を上げているのです。

たとえば著名なルポライターの鎌田慧氏も、 『さようなら原発1000万人ニュース』31号で、 「ロシアの独裁者、プーチンの軍隊は何の大義名分もない、火付け強盗の類いの軍隊でしかない」と言っています。

氏は「ルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国で、ロシア系住民が虐殺にあった、との主張で軍隊を派遣したのだが、事実は証明されていない」とも言っています。

しかしこの8年間でドンバス住民が味わった悲惨な生活は、疑いようのない事実です。その一部は、すでにドキュメンタリーで誰でも視聴できるようになっていることも、以前に紹介しました。

Donbass: The Grey Zone, Life in the Frontline Village(ドンバス:グレーゾーン、最前線の村での生活)
https://rtd.rt.com/films/donbass-the-grey-zone/

鎌田氏は、かつて鋭い記事で政府や大企業の悪行を追求していた人物だっただけに、私にとっては、この発言は驚きの一語でした。ルポライターとは「事実を丹念に集めるのが仕事」のはずなのに、日本の知性も、この程度のものだったのか、という思いです。

コロナ騒ぎのときも、実験的ワクチンの疑問や批判を書くと、左翼・リベラルの人たちからも「陰謀論者」の扱いでしたから、 「左翼は死んだ!」と思ったのですが、ゼレンスキー演説についても、やはり同じ思いを味わうことになりました。

今の日本は「大政翼賛会」の様相を呈しています。共産党すらゼレンスキー演説に異を唱えることはなかったのですから。かつて「北斗七星のような存在」と呼ばれた党(岩波新書『日本の思想』 )は今やどこへ行ってしまったのでしょうか。

それはともかく、たぶん鎌田氏は右記のドキュメンタリー『ドンバ ス』はもちろんのこと、オリバー・ストーン監督のドキュメンタリー『ウクライナ・オン・ファイヤー』すら見たことはないのだろうと思います。

だから、 2014年2月のウクライナの政変が、 実はアメリカが裏で指導した「クーデター」だったということすら御存知なかったのではないかと思います。これを現地で指導したのがヌーランド国務次官補であり、ホワイトハウスで指揮していたのが、 当時のバ イデン副大統
領でした。

このときもキエフの「欧州広場」(ユーロマイダン)で多くの血が流れました(100人もの犠牲者が出ました。)まさに大虐殺だと言ってもよいくらいでした。そのことは既に何度も書きました。

ところが、私の研究所が運営しているサイト『翻訳NEWS』を読んでいる「アラジンさん」から、 「オリバ ー・ストーン監督のドキュメンタリー『ウクライナ・オン・ファイヤー』の続編が出ています」という、 貴重な書き込みコメントがありました。

*オリバー・ストーン監督『乗っ取られたウクライナ』
https://www.youtube.com/watch?v=1yUQKLiIoFA(日本語字幕付き90分)

そこで、さっそく視聴してみたのですが、今までにいろいろ調べて勉強したつもりだったのに新しく知ったことも少なくありませんでした。そのひとつが「欧州広場」(ユーロ マイダン)で多くの血が流された裏事情です。

この動画の22分あたりから、オタワ大学イワン・カチャノフスキー教授へのインタビューになります。そこにはカチャノフスキー教授が過去5年間にわたって調べた驚くべき事実が語られています。それは次のようなものでした。

 

2014年2月20日、キエフ 「欧州広場」

早朝から正体不明の狙撃者がデモ参加者と警官に発砲した。その場には、カナダ、ドイツ、アメリカ、ポーランド、ベルギー、ウクライナから多くのジャーナリストが集まっていた。

あたかも、その場、その時刻に、何かが起きることを知らされていたかのように。

多くの死者が出たが、それは警官による狙撃だとされた。しかし後日に分かったことは、狙撃者 (スナイパー) はデモ隊が占拠していたビル内にいたということだった。

それは、カチャノフスキー教授が、 「ベルギーのテレビ局がウクライナホテルから撮影したフィルム」を分析して分かったことだった。

その映像を見ると、デモ参加者は二人の覆面者によって虐殺の現場に誘導されている。その手招きで、その場に多くのデモ参加者が集まった時点で狙撃が始まり、多くの死傷者が出た。

マイダン支持のウクライナ人ジャーナリストにより最近、出版された本は、ウクライナ極右勢力のリーダー2人にインタビューしている。

ひとりは、ネオナチ「全ウクライナ連合」すなわち「スヴォボダ党」のトップで、 もうひとりは、 同じくネオナチ「全ウクライナ連合=スヴォボダ党」のリーダーで、 当時は国会議員だった。

そのインタビューで、彼らは西側の公人から、 「数人の死者では西側政府からの支援は期待するな」 「ヤヌコービチ政権の転覆には犠牲者が少なくとも100人必要だ」と言われた、と語っている。

そして、偶然ではなく、正確に100人が犠牲になった時点で、西側政府はすぐに方針を変えた。

ここで明らかにされている驚くべき事実が2つあります。

①いわゆる「ユーロマイダン﹂」運動の指導者ふたりが「西側の公人」と接触したとき、 「数人の死者では西側政府からの支援は期待するな」と言われた。

②そして「欧州広場(ユーロ マイダン)」 大虐殺後の、まさに犠牲が100人になった時点で、西側政府はすぐに方針を変えた。

右で「西側の公人」と言われているのは、たぶん当時、キエフに赴任していたビクトリア・ヌーランド国務次官補のことでしょう。彼女が反政府運動の指導者たちと一緒に撮った写真が、それを雄弁に物語っています。

ヌーランド国務次官補とネオナチ。ドキュメンタリー 『乗っ取られたウクライナ』

 

このようにアメリカの指導者たちは、 自分たちの目的を果たすためには市民を殺しても平気な神経を持った人たちなのです。それはアメリカの過去に数多くの例があります。

先に例示した「ノースウッズ作戦」はその典型例ですが、このマイダン大虐殺も、その一例に過ぎないでしょう。

犠牲者の棺をかついで行進するキエフ民衆。オリバー・ストーン監督『乗っ取られたウクライナ』

 

ですから、鎌田氏は「ロシアの独裁者、プーチンの軍隊は何の大義名分もない、火付け強盗の類いの軍隊でしかない」と言っていますが、その言葉は、そのままゼレンスキー大統領にお返ししなければならないものです。ルポジャーナリストにしては、あまりに無知すぎます。

ゼレンスキー大統領については、後日あらためて「ゼレンスキーとは誰か」という項目で詳論したいと思っているのですが、原発問題で言えば、ゼレンスキー自身が「核兵器を持ちたい」と言っていることも、特筆すべきことでしょう。

憲法9条を持ち、 唯一の被爆国である日本が、 「核兵器をもちたい﹂と言っている大統領を国会で演説させるというのも、前代未聞のことです。岸田首相は、 「ロシアに対する経済制裁に賛成しろ」と言うために、アメリカの代理としてインドまで行ったのですから、さもありなんと言うべきかも知れません。

しかし、アメリカと言えば、トランプ大統領が2018年10月20日、中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱する方針を表明し、世界は新たな軍拡競争に入ることが確実な情勢になりました。そのうえ、 「核兵器の先制使用も辞さない」と宣言しているのもアメリカなのです。

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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