【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第22回 新たなるロシアの悪魔化 ー「2008年のロシアによるジョージア侵攻」という嘘ー

寺島隆吉

さてこの連載を書くきっかけになったSさんのオンライン署名について、まだ書き残したことがありますので、それについて私見を述べ、この連載をひとまず終えたいと思います。

Sさんのオンライン署名で、 私がコメントを書き残した残りの段落は次のようなものでした。

(5)この戦争を止めるために、私たち一般市民ができることはあまりないかもしれません。しかし、 国のリーダーたちにはできることがあります!それは、 EU各国の首脳が紛争地域に集結することです。

(6)この方法が実際に成功した例があります。ロシアがジョージアに軍事侵攻した2008年には、リトアニア、ラトビア、エストニア、 ウクライナ、ポーランドの各国首脳がジョージア入りし、 同国に対する支持を表明しました。この各首脳の行動が、 ロシア軍の撤退につながったのです。

(7)必要なのは、EU加盟国首脳たちの少しの勇気と、行動する意志だけです。今こそ行動する時です!

ここでSさんは「この戦争を止めるために」 「EU各国の首脳が紛争地域に集結すること」を提案し、そのためのオンライン署名を求めていました。

そして、その根拠としてあげていたのが、 「ロシアがジ ョージアに軍事侵攻した2008年に」 「リトアニア、ラトビア、エストニア、ウクライナ、ポーランドの各国首脳がジョージア入りし、この各首脳の行動がロシア軍の撤退につながった」という事例でした。

しかしSさんが例としてあげていた「ロシアによるジョージアへの軍事侵攻」とはどのようなものだったのでしょうか。

そもそもジョージアは旧名をグルジアと言い、1991年のソ連崩壊後は元ソ連の外務大臣だったエドゥアルド・シェワルナゼが2003年まで大統領でした。ところが2003年のいわゆる「バラ革命」でシェワルナゼが政権を追われ、2004年にサーカシュヴィリ政権が誕生しました。

政治地図:ジョージア、南オセチア、アブハジア

 

ところが、この民衆革命だと言われていた「バラ革命」も、 実はア メリカの仕掛けたクーデターだったことが、 最近になって分かってきました。

CIAの別動隊「NED(全米民主主義基金)」やジョージ・ソロスというア メリカの大富豪が裏
で戦術指導や資金援助をしていたことが明らかになってきたのです。

このように、調べてみると、ジョージアという国そのものも、その成立が極めて怪しいものです。ちなみにグルジアがジョージアという国名に変更されたのが、2014年にウクライナでクーデターが起きた後の2015年4月だったことも、私は今になって初めて知りました。

さらに調べてみると、2004年の「バラ革命」でサーカシュヴィリ政権が誕生したわけですが、そのサーカシュヴィリ大統領自身が、「ロシアによるジョージアへの軍事侵攻」という今までの主張を全面的に撤回しているのです。今では全くの体制寄りのウィキペディアですら、次のように書いていて驚きました。

南オセチア紛争に関するサーカシュヴィリ自身の発言も変化し、 紛争時に行っていた「先方が先に軍事行動を開始したのはロシア側だ」という主張を翻し、同年11月28日にグルジア側の方が先に軍事行動を開始していたことを認めた。同年12月5日には国防相・外相・国家安全保障
会議書記を更迭し、自らの責任回避に腐心している。

ちなみに、この「バラ革命」に影響されたとする「オレンジ革命」が、隣のウクライナで起き、ロシア寄りのヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領を追い落とすことになったわけですが、今となっては、このいわゆる「カラー(色)革命」という名の「民衆革命」もアメリカが裏で糸を引いていたクーデターだということが分かっています。

このように見てくると、Sさんが呼びかけた「オンライン署名」も、単に大手メディアによる一方的報道を信じて行動していることが分かります。

このような「オンライン署名」は、ネオナチに依拠したゼレンスキー政権の危険な行動を助長することはあっても、平和に貢献することはありません。

私は以前に、Sさんの行動を、 「地獄への道は善意のバラで敷き詰められている」と評したことがありますが、この言葉を、もう一度、Sさんに贈りたいと思います。

それを再確認するという意味で、ジョージアの元大統領サーカシュヴィリの、その後の行動を紹介して、今回のブログの「締め」にしたいと思います。

というのは、調べてみると、このサーカシュヴィリ大統領とウクライナの醜い関係が明らかになり、またまた驚かされることになったからです。

というのは、グルジアで2012年におこなわれた選挙で、親サーカシュヴィリ派の統一国民運動は、野党連合「グルジアの夢」に過半数を奪われ、2012年10月1日、政権は内閣総辞職に追い込まれました(この時点では国名は「グルジア」のままです)。

そして誕生した新政権は、サーカシュヴィリ大統領が関与したさまざまな非合法行為(汚職、言論弾圧、拷問等)について真相を明らかにすると宣言しました。

そのうえ新政権のイヴァニシヴィリ首相は、2013年4月12日、棚上げされていた南オセチア紛争の開戦経緯についても正式な調査を行うことを決定し、必要に応じてサーカシュヴ ィリ大統領を重要参考人として尋問すると表明しました。

さらに2013年10月27日に執行された大統領選挙では、サーカシュヴィリは自分が擁立した候補者が敗北したことを受け、11月17日をもって大統領を退任し、ウクライナへ脱出しています。グルジア政府から一連の汚職や拷問、弾圧等による国際指名手配が出ているためでした。

驚くべきことに、その後の行動をウィキペディアは次のように書いています。今では体制派に転換したはずのウィキペディアでさえ、このような事実を隠すことはできなかったのでしょう。

2013年12月にサーカシュヴィリは、 ウクライナで発生した大規模反政府デモ(寺島註 :アメリカが裏で指導したクーデター)に連帯表明するために姿を見せた。

グルジア政府から一連の汚職や拷問、弾圧等による国際指名手配が出ているため、母国へ帰らずそのままウクライナに留まっている。

そして、ポロシェンコ政権の諮問機関最高顧問に就任し、エカ・ズグラゼやアデイシヴィリなどの自身の盟友を引き連れ、反露親米姿勢を強めるウクライナに事実上の亡命をした形となる。

ご覧の通り、サーカシュヴィリは、グルジア政府から国際指名手配が出ているため、ウクライナへ脱出し、アメリカが裏で指導したクーデターの集会に姿を見せているのです。

ここで驚くべきことが起きます。

なんとクーデターで成立したウクライナのポロシェンコ大統領は、グルジア政府から一連の汚職や拷問、弾圧等による国際指名手配が出ている人物を、自分の政権の諮問機関最高顧問に就任させたのです。

クーデター後のウクライナ政権がいかに腐敗堕落しているかを示す象徴的事件ではないでしょうか。

その上さらに、これを上回る人事がおこなわれました。それを例によってウィキペディアから引用します。

[サーカシュヴィリは]2015年5月30日、ポロシェンコ大統領の協力を得てウクライナ国籍まで取得し、さらにオデッサ州知事にも就任した。

オデッサ州は親露派が多く、2015年5月2日にはオデッサにおいて親欧米派と親露派の衝突に端を発した火災により多数の死者が発生する事件(寺島註:いわゆる有名な「オデッサの虐殺事件」 )が起きている。

反露主義の亡命政治家であるサーカシュヴィリの知事就任により、同地域の親露派制圧の意図を示したと見られている。

ご覧のとおり、ポロシェンコ大統領は、グルジア政府から一連の汚職や拷問、弾圧等による国際指名手配が出ている人物にウクライナ国籍を与えただけでなく、彼をオデッサ州知事にも就任させているのです。

この「オデッサの虐殺事件」は、ウクライナ政府がロシア人およびロシア語話者を人間と見なしていないことを示す象徴的な事件でした。ナチス政権がユダヤ人を人間として見なさず、ア
ウシュビッツで焼却したことに匹敵するほどの衝撃的事件でした。

この凄惨さは、以前に紹介したオリバー・ストーン監督のドキュメンタリーでも明らかです。
まだご覧になっていない方は、ぜひ見ていただきたいと思います。

*オリバー・ストーン監督『ウクライナ・オン・ファイヤー』
https://odysee.com/@pomchannel:e/98:35

オデッサの労働組合会館で生きたまま焼かれた集会参加者。オリバー・ストーン監督『ウクライナ・オン・ファイヤー』

 

この凄惨な事件は、ウクライナ南東部のひとたち、とりわけドンバス2カ国の人たちに、 「キエフ政権から独立しないと殺される」という思いを強め、 独立宣言をすることになったのですが、2022年2月までプーチン大統領がそれを認めなかったことは既に述べた通りです。

ところが、 欧米のメデ ィアは(日本のメディアも)、このような事実を全く報道せず、報道し
たのは「プーチン大統領とロシアの悪魔化」 「ロシアによるウクライナの侵略」のみでした。

この話には、さらに驚くべき続編があります。

というのは、サーカシュヴィリは、その後、ポロシェンコ大統領との路線対立が激化し、ポロシェンコの大統領令によりウクライナ国籍を剥奪されたのですが(2017年7月26日)、その後のサーカシュヴィリの軌跡が再び、ウクライナという国およびゼレンスキー大統領という人物の腐敗堕落ぶりを改めて示すことになったからです。

例によってウィキペディアから引用します。

その後、ポロシェンコ大統領との路線対立が激化し、2017年7月26日にポロシェンコの大統領令によりウクライナ国籍を剥奪された。

2017年9月には無国籍という状態ながらもウクライナの国境検問所を強行突破して不法入国し、ユーリア・ティモシェンコ元首相と共にポロシェンコ大統領の辞任を旗印に反政府運動を行っている。(中略)

サーカシュヴィリは、2018年1月5日、大統領在任中の2009年に殺人罪で服役していた元警官4人に対し違法に恩赦を与えたとして、ジョージア(旧グルジア)の首都トビリシの裁判所から、職権乱用罪で懲役4年の実刑判決を言い渡された。

2018年2月12日には不法滞在を理由にウクライナの首都キエフにおいて拘束され、その後ポーランドに強制追放された。

2019年5月にウクライナの大統領に就任したウォロディミル・ゼレンスキー大統領により再度ウクライナ国籍を付与され、2020年5月7日にはゼレンスキー大統領により改革執行委員会議長に任命された。

ご覧のとおり、新しく大統領になったゼレンスキーは、驚くべきことに、次のような罪状を持つサーカシュヴィリに再びウクライナ国籍を与えただけでなく、改革執行委員会議長のポストまで与えたのです。

①2013年当時のグルジア政府から一連の汚職や拷問、弾圧等による国際指名手配が出ていた。
②2018年1月5日、殺人罪で服役していた元警官4人にたいし違法に恩赦を与えたとして、ジョージア(旧グルジア)の首都トビリシの裁判所から、職権乱用罪で懲役4年の実刑判決を言い渡され、
③2018年2月12日には不法滞在を理由にウクライナの首都キエフにおいて拘束され、その後ポーランドに強制追放された。

罪状は他にもいろいろあります。ここでは割愛しましたが詳しくはウィキペディアを見てください。

しかし、ここで深刻なのは、ゼレンスキー大統領が、このような罪状をもつ外国人に新たに国籍を与えてまで重要なポストに任命しなければならないウクライナの現実です。それほどほどウクライナに人材がいないという事実です。

あるいはゼレンスキー大統領にひとを見る眼がないという現実と言うべきなのかも知れません。もっと露骨に言えば、それはゼレンスキーという人物の品性・品格の下劣さを象徴していると言うべきなのかも知れません。

このような人物に指導されるウクライナの未来に光があるとは、とても思えません。逆に言えば、 「そのように腐敗堕落し、かつ残酷な政権」と戦っているドンバスの民衆にこそ「光あれかし」と願うのみです。

(寺島隆吉著『ウクライナ問題の正体2—ゼレンスキーの闇を撃つ—』の第7章から転載)

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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