【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第23回 アゾフスタル製鉄所の完全解放!!

寺島隆吉

前章で、連載「ウクライナ問題の正体」を一旦は終わりたいと思っていたのですが、またもや情勢を全く理解していない人のオンライン署名が届いたので、これをそのまま放置するわけにはいかず、仕方なくパソコンに向かい始めました。

私としては、ウクライナ問題という暗い話題ばかりではなく、この間ずっと中断している「研究所—野草 ・野菜 ・ 花だより」を一刻も早く書きたいのです。このような話題の方が書いていて楽しいし、元気も出るからです。

とはいえ、ウクライナ問題は単にロシアとウクライナに関わる問題ではなくなってきていて、アメリカの忠実なプードル犬になっている岸田首相が、ロシアへの経済制裁やキエフ政権への武器援助(無人機、ドローン)に積極的に加担して、日本人の生活をも脅かしかねない状況になってきているので、やはり放置するわけにもいかず、困っています。

というのは、ロシアが経済制裁への報復として日本への石油や天然ガス輸出を禁止すれば、今や車社会になってしまっている私たちの生計に大きく響くことは明らかだからです。

またエネルギー資源が欠ければ値上がりは必至ですから、企業にとって大打撃になることは眼に見えています。

さらにまた無人機(ドローン)を巨額の税金を使ってウクライナに提供することは、税金の無駄遣いだからです。そんなお金があるのであれば、そのお金をコロナ騒ぎで苦しめられた庶民や中小企業の救済に、なぜ使わないのでしょうか。そのうえウクライナに武器を提供することは、ロシアから敵国として攻撃されても仕方ない環境を作り出すからです。

これまでの連載でも書いてきたように、ウクライナ問題の直接的な発端は、アメリカがロシアを封じ込めるためにウクライナに仕掛けた2014年のクーデターにあるわけですから、その片棒を日本が担がなければならない理由は何もありません。それとも岸田首相はアメリカが熱望している「アジア版NATO」実現の第一歩にしたいのでしょうか。

他方、欧米のメディアも日本の大手メデ ィアも、 「ロシア軍の侵略」という大宣伝をして「人道的支援」を呼びかけていますから、その宣伝にのせられて、コンビニのレジ(会計台)にすら「ウクライナ支援の募金箱」が置いてあって驚かされます。

アメリカやNATOが支配する巨大メディアの宣伝力は、日本の大手メディアどころか、日本のコンビニまで支配しているのだという実態に、改めて気づかされます。だからこそ、次のようなオンライン署名が届くことになったのでしょう(なお後で引用するのに便利なので、原文にはなかった段落番号を私が付けました。 )。

マリウポリを助けて

(1) 私たちは、 活動家・ NGO団体・政治家・著名人の一員として、 国連、 特に国連事務総長および世界中の地域指導者に対し、緊急の「抽出」手続きを開始するよう求めます。

(2) ウクライナへの侵略によるマリウポリの人道的状況を考慮して、 第11回国連総会を再開
すること。

(3) 私たちは、 侵略国であるロシア連邦に対し、 ウクライナ政府が管理する領土または第三の安全な国の領土に全ての人々を避難させることを義務付ける決議を採択するように求める。

(4) 私たちは、国際社会における全ての指導者に対し、 決議を確実に採択するために必要な全ての措置を講じ、 安全保障を保証するように求める。

(5)市民はもちろん、 街を守る兵士たちも非人道的な状況に直面しています。多くの国際社会の指導者たちが、侵略国の行動をウクライナの人々に対するジェノサイドとしてすでに認識しています。 ロシア連邦軍は戦争規定に違反し続けていますが、これはすでにロシア連邦の人権理事会の会員権停止に関する2022年4月7日の国連総会決議に一部反映されています。 彼らは交戦規則に違反し、 非伝統的な武器を使用し、 民間人や負傷した兵士を攻撃し、 倒れた兵士の遺体に毎回、意図的に暴行を加えています。

(6) 非人道的な状況下にあるにもかかわらず、 ウクライナ軍は、 アゾフスターリ工場の領域だけは統制しています。 アゾフスターリ工場は、特に民間人や負傷者の避難所となっています。このような状況は、 ロシア連邦が人為的に作り出した、 真の人道的な大惨事です。市内には食料、 医薬品、 衛生用品や個人用保護具が著しく不足している状況です。 インフラと住宅への被害により、 マリウポリ市はもはや存在しないと言っても過言ではありません。

(7) もはや時間切れになっている今、 ロシア側の占領者たちはアゾフスターリ工場の領域に部分的に侵入しており、一刻も遅れると、工場の領域へ避難してきた人全員の命が危険にさらされる可能性があります。

(8) 私たちは、 国連、 国連事務総長、 世界中の国々 ・地域の指導者に対し、 封鎖されているマリウポリから民間人 ・ 負傷者・ 倒れたウクライナ人兵士の遺体を速やかに 「抽出」 するよう求めます。

(9)国際社会における人々の助けを借りることで、 私たちにはまだ人々の命を救う機会が残っ
ています。

(10)私たちは、国際社会による次のような断固たる行動を求めます。

両国からの保証つきでマリウポリで緊急停戦させること
停戦の遵守状況を即時監視するように第三者に組織させること
ウクライナ政府が管理する領土または第三の仲介国の領土内に、 民間人とウクライナ軍人の海上避難を計画すること。
なお、 海上避難には、 民間人とウクライナ軍が、 ウクライナ政府によって管理されている領土または第三の仲介国に渡るために、陸上での人道回廊が伴われる可能性も含むこと

 

この「マリウポリを助けて」と題するオンライン署名が私のところに届いたのは、2022年5月12日でした。その趣旨は、ご覧の通り「マリウポリ市、とりわけアゾフスタルの製鉄所に閉じ込められている市民を救え」という訴えになっています。

私は最初、このオンライン署名をつくって全国に流したのは日本人だと思っていたのですが、日本語が少し変なので、英語で流れてきたものを誰かが(翻訳ソフトなどを使って)翻訳して流したのではないかと思い始めました。

というのは、段落(1)では「私たちは、活動家・NGO団体・政治家・著名人の一員として」となっています。ですから、この署名文を作ったのは、この署名をオンラインで流した個人(Kさん)ではないことが分かるからです。

また(1)の後半では「国連、特に国連事務総長および世界中の地域指導者に対し、緊急の『抽出』手続きを開始するよう求めます」となっていますが、この「緊急の『抽出』手続き」というのも、読んでいて意味不明でした。

しかし何度も読み返しているうちに、これは「緊急の『救出』手続き」の間違いではないのかと思い当たったのです。

原文を翻訳するときパソコンのキーを打ち間違えて、 「救出」が「抽出」になったのではないか、そう解釈して、やっとこの文を理解することができました。

しかし、このオンライン署名が問題なのは、このような些末な点にあるのではなく、そもそも状況認識が根本的に間違っているからです。

そもそも「(2)ウクライナへの侵略によるマリウポリの人道的状況」、「(3)侵略国であるロシア連邦」という認識が間違っているのですが、それについては以前に何度も指摘しましたので、ここでは割愛します。

また段落(3)では、 「侵略国であるロシア連邦に対し、ウクライナ政府が管理する領土または第三の安全な国の領土に全ての人々を避難させることを義務付ける決議」としています。

しかしオンライン署名が私のところに流れてきたのは5月12日ですが、ロシア国防省は、すでに4月16日土曜日の深夜に、次のような声明を出しているのです。

アゾフスタル製鉄工場の壊滅的な状況を鑑み、真の人道的な立場から、ロシア軍は、モスクワ時間2022年4月17日午前6時以降、国家主義者たちの大隊や、外国人傭兵に、抵抗をやめ、 武器を捨てるよう求める。この申し出を受け入れて抵抗をやめれば身の安全は保証する。

このニュースが載っていたのは次の記事です。

Russia offers besieged Ukrainian troops chance to surrender Moscow promises to spare the lives of “nationalist militants” and “foreign mercenaries” in Mariupol(モスクワはマリウポリの 「民族主義武装集団」 と 「外国人傭兵」 の命を保証、RT:16 Apr, 2022。)

幸いにも、この記事は次のような記事として邦訳されています。

*「ロシアは包囲されたウクライナ軍に投降する機会を提供」( 『翻訳NEWS』2022/04/19)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-882.html

この記事は、ロシア国防省の発表をさらに次のように詳しく説明しています。

休戦の申し出においてロシア国防省が伝えた内容によると、4月16日の1日だけで、傍受した何百もの無線情報からの確認では、残存兵たちが置かれている状況は、 「絶望的であり、食料や水も全くないといってよい状況」である。

ロシア当局によると、 抵抗を続けている戦士たちは、 「武器を捨てて降伏することを、 許可するようキエフ当局に要求し続けている」 が、 ウクライナ当局は、 「戦時犯罪で処刑すると脅して、断固として投降する許可を出さない」とのことだ。

ロシア政府は午前5時に、製鉄所地下にいるウクライナ軍と直接連絡を取れる通信網の確立を申し出て、午前6時にはアゾフスタル製鉄工場の周囲に旗(ロシア側には赤い旗、ウクライナ側には白い旗)を掲げ、休戦を開始すると伝えた。

「ウクライナ側は、午後1時までに、武器や弾薬を持たずに、拠点である製鉄工場から引き上げなければならない」

降伏の申し出や降伏を受け入れる期間については、 「アゾフスタル製鉄工場内のウクライナ軍
に対し、 全ての無線チャンネルを通して、30分間隔で継続的に伝える」と同国防省は付け加えた。

このように、ロシア側は「人道的回路」について何度もキエフ政権に申し入れをしているのですが、あれこれの難癖をつけて、キエフ側はその申し入れを拒否してきました。

そして籠城しているウクライナ軍には「死ぬまで戦え、玉砕せよ」という冷酷な命令を出し続けてきたのです。

とりわけ、この「玉砕せよ」という命令については、私は沖縄戦を例にして「戦争犯罪ではないか」と主張しました。このことについては、すでに第2章と第3章で詳述したので、ぜひ参照ください。

しかもロシア側は、仲介者として国連と赤十字を指定して交渉したにもかかわらず、アゾフ大隊を初めとする籠城軍は「キエフの許可がない限り投降できない」と拒否し続けてきました。

アゾフ大隊らに拉致された市民には、 「移住先として、キエフ、ドンバス、ロシア、およびロシア以外の外国、のどこを選んでもよい」という条件が付いていましたが、解放された市民の証言によれば、 「勝手に『人道的回路』を利用して脱出しようとするものは撃ち殺す」と、ウクライナ軍兵士から言われていたそうです。

ところが、このオンライン署名は、次のように事態をまったく逆さまに描いています。

(5) ロシア連邦軍は戦争規定に違反し続けていますが、これはすでにロシア連邦の人権理事会の会員権停止に関する2022年4月7日の国連総会決議に一部反映されています。彼らは交戦規則に違反し、非伝統的な武器を使用し、民間人や負傷した兵士を攻撃し、倒れた兵士の遺体に毎回、意図的に暴行を加えています。

(6) 非人道的な状況下にあるにもかかわらず、 ウクライナ軍は、 アゾフスターリ(ママ)工場の領域だけは統制しています。アゾフスターリ(ママ)工場は、 特に民間人や負傷者の避難所となっています。このような状況は、ロシア連邦が人為的に作り出した、真の人道的な大惨事です。

まず第1に、上記の(5)では、 「ロシア連邦軍は戦争規定に違反し続けています」 「彼らは交戦規則に違反し、非伝統的な武器を使用し、民間人や負傷した兵士を攻撃し、倒れた兵士の遺体に毎回、意図的に暴行を加えています」と言っています。

しかし、そもそも、2014年のクーデター以来、この8年間、一貫してドンバス2カ国に対して爆撃と砲撃を加えてきたのは、ウクライナ軍のほうでした。そのなかで多くの学校・病院・住宅が破壊され、子ども、女性、老人を含めて死者は1万3,000~4,000にも及びました。

ところが、前著 『正体1』にも書いた通り、欧米のメディアも日本のメディアも、この悲惨な状況をまったく報道せず、ロシアとプーチン大統領を悪魔化する報道だけを繰り返してきました。

一部の例外はオリバー・ストーン監督です。ストーン監督は『ウクライナ・オン・ファイヤー』 『乗っ取られたウクライナ』で、ドンバスの実態を生々しく描いていました。

とりわけ『ウクライナ・オン・ファイヤー』の続編『乗っ取られたウクライナ』では、前編では語られなかった事実が多く出てきて驚かされました。

たとえば2014年のクーデターでは「少なくとも100人の死者が出ないと外国は介入できない」とアメリカ政府高官が言っていたという事実です。

*オリバー・ストーン監督『乗っ取られたウクライナ』
https://www.youtube.com/watch?v=1yUQKLiIoFA(日本語字幕付き90分)

またストーン監督は、この後編でウクライナ野党第一党の党首ヴィクトル・メドベチュクにインタビューしているのですが、私はこのインタビューを通じてウクライナの複雑な政治事情を初めて知ることができました。

というのは、ウクライナの北西部と南東部では民族も言語も違うので、メドベチュク氏はかつて「この国を大きく2つに分けて連邦制にしたらどうか」という提案をしたこともあると語っていたからです。

ところが、このメドベチュク氏は、第3章でも紹介したように、今は「反逆罪」の罪で牢獄につながれています。そこで紹介した写真では、 逮捕され手錠をかけられたメドベチュク氏の顔には殴打された傷跡がハッキリと見えます。

なぜならゼレンスキー大統領は2022年3月19日の大統領令で、戒厳令を発動し、11の野党を禁止したからです。野党のほとんど全てを禁止し、新聞や放送局も今や政府の政策を支持する放送局一つだけになってしまいました。

残された組織・政党は、アゾフ民族主義軍団のような公然たるファシスト・ネオナチ政党だけでした。つまり政府批判をする人物・団体・組織はすべて「反逆罪」の疑いがあるとして逮捕されたり解散させられるということが、この間ずっと続いてきたわけです。

ゼレンスキー政権に少しでも異を唱えると、 「反逆罪」の疑いがあるとされ、逮捕・拷問されるどころか、極右集団やネオナチによる暗殺すら、平気で行われてきました。

すでに4人の市長が殺され、11人の市長が行方不明です。が、誰一人として処罰されていません。

暗殺されて路上に放置されたルガンスク共和国クレミンナ市長の残酷な写真、野党第一党の党首メドベチュク氏の手錠をかけられ殴打された写真は、第3章に載せておきましたから、ぜひご覧いただきたいと思います。

これはまさに、かつてのナチスドイツの全体主義国家や戦前の天皇制軍国主義国家日本に瓜二つです。しかし繰り返しになりますが、以上のような事情を欧米や日本のメディアはいっさい報道してきませんでした。

だからこそ、オンライン署名のように、 「(5)彼らロシア軍は交戦規則に違反し、非伝統的な武器を使用し、民間人や負傷した兵士を攻撃し、倒れた兵士の遺体に毎回、意図的に暴行を加えています」という叙述のようになったのでしょう。

しかし、これも事実は正反対でした。プーチン大統領はマリウポリ市の製鉄所に拉致された民間人を保護するため、ロシア国防省の総攻撃をかけたいという要求を抑えて、 何度も総攻撃を延期して「投降の呼びかけ」を繰り返してきたのです。

米軍が、結婚式を行っている教会や死者を弔うための葬列に対して爆撃を浴びせるという、イラク、シリア、アフガニスタンでおこなってきたような攻撃をロシア軍がマリウポリ市のキエフ軍に加えれば、数日のうちに戦闘は終わっていたでしょう。

ポール・クレイグ・ロバーツ元財務次官は、 「ロシアの優れた軍事力をもってすれば3日で終わっていたはずの戦闘に、プーチンが人道的配慮をしたために40日かか っても作戦完了しない」と嘆いていたほどでした。

それどころかロバーツ元財務次官は、以前にも紹介したように、プーチン大統領を「おめでたいロシア人」と揶揄すら、していたのです。

これには幸い翻訳があります。次の記事を御覧ください。原文タイトルは「ロシア人は能なしか?(Dumbshit Russians?)」となっていましたが、翻訳タイトルは「おめでたいロシア人—プーチン大統領」となっています。

Dumbshit Russians?「おめでたいロシア人―プーチン大統領」( 『翻訳NEWS』2022/03/21)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-835.html

ところが、これと同じ事実をNewsweek(May 22, 2022)が書いているのを発見して驚きました。欧米のメディアは今まで権力に迎合する記事を書いてきたのですが、マリウポリ市の製鉄所が完全解放された日の記事にNewsweekは次のような題名を付けていたからです。

Putin’s Bombers Could Devastate Ukraine But He’s Holding Back. Here’s Why「プーチン大統領の爆撃はウクライナを廃墟にもできたはずだ。しかしそれを控えたのは何故か」( 『翻訳NEWS』2022/06/05)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog.entry-933.html

この記事を読むと、 「プーチン大統領はロシアの軍事力をもってすればウクライナを廃墟にもできたはずだが、民間人の保護を優先したため、爆撃目標は軍事施設に限られていた。だから制圧に時間がかかったが、それはキエフ側に出口を用意したかったからだ」と書いてあったのです。

欧米のメディアはロシアとプーチン大統領を悪魔化する記事ばかりを書いてきたのに、これは何という変わりようでしょう。それは多分、マリウポリ市が解放され、そこに拉致されていた人たちが次々と事実を語り始めたからでしょう。製鉄所が完全解放されたのですから、もっと新しい事実が出てくるに違いありません。

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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