【特集】沖縄の日本復帰50周年を問い直す

沖縄「名護版モリカケ事件」と 米国下僕・トモダチ優遇政治

横田一

米軍辺野古新基地建設(埋立)について「国と県の係争を見守る」と繰り返す推進派(黙認派)の渡具知武豊市長(自公推薦。右写真)と中止を求める新人・岸本洋平前市議(立憲・共産・れいわ・社民などが推薦)が激突した「沖縄県名護市長選」が1月23日に投開票された。

2期目を目指す現職市長が自公の支援を受けて優勢だったが、オミクロン株(第6波)の急拡大で「告示日(1月16日)には両者がほぼ横一線に並ぶ激戦となった」(地元記者)と情勢が激変。しかし、投票率は前回より8.6%減と過去最低で、組織力に勝る渡具知氏の再選に終わった。

最大の争点は、これまで通り辺野古新基地建設の是非だ。防衛省は予定地北側に軟弱地盤が見つかったことを隠蔽し、工事が容易な南側(浅瀬)の埋立で既成事実を積み重ねる一方、大規模な地盤改良を行なう設計変更を県に申請した。

しかし莫大な工費と工期を要することに加えて国内外屈指のサンゴ群落が絶滅の危機に瀕することなどから、玉城デニー知事は昨年11月に不承認を発表、これを岸本候補も支持した。これで岸田政権と県の対立はより決定的となり、名護市長選における与野党対立の構図がさらに強まり、辺野古問題は争点であり続けたのだ。

ただし昨年秋の総選挙では、名護市を含む沖縄3区は元参院議員で自民党公認・公明党推薦の島尻安伊子候補が埋立中止を訴えるオール沖縄の屋良朝博・前衆院議員(立憲民主党)に勝利、有権者数約五万人の名護市でも約1500票ほど上回った。

「この余勢をかって、名護市長選でも自公支援の現職市長が優位で、野党系候補は劣勢だった」(前出の地元記者)。

しかし米軍基地発祥とみられる新型コロナの感染拡大で選挙情勢は急変した。12月17日に米軍基地キャンプハンセン(金武町)でオミクロン株集団感染(クラスター)が確認され、基地従業員の日本人男性の感染も判明。その直後から急速に県内に感染が拡大し、年明けには1月9日のまん延防止措置の適用にまで至った。

このことが自公推薦の現職を直撃した。「米基地感染 選挙戦に影」「辺野古移設反対の新人攻勢」(毎日新聞1月15日付)、「名護市長選16日告示 自民系候補、コロナで逆風か」(同日付産経新聞)と銘打った報道が相次ぎ、先の地元記者も「告示前後には1~2ポイントの僅差になった」というのだ。

そこで感染震源地となった米軍基地を訪ねると、水際対策の抜け穴をすぐに実感することができた。と同時に、「水際対策の強化」と訴える一方で、抜け穴をふさごうとしない岸田文雄首相の言行不一致にも唖然とした。自公政権の危機管理能力の欠如が露わになり、自公推薦の現職市長への逆風となった地元民意の変化は至極当然と納得したのである。

・沖縄米軍からの感染拡大

ヒット映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」の続編「香川1区」が公開中の小川淳也・立民政調会長に注目していた私は12月18日、立民沖縄県連大会への出席と、那覇市内での対話集会、および名護市長選の取材を兼ねて沖縄入りした。地元紙の琉球新報と沖縄タイムスは当然、前日の米軍基地での集団感染判明を大きく採り上げ、小川氏も県庁前広場での対話集会で、こう訴えた。

「彼ら(米軍基地関係者)はワクチンを接種しているのか。その後の外出制限を含めた行動制限はどうなっているのか」「日本政府としてアメリカと時折厳しい姿勢できちんと交渉することを求めていきたい」。

的確な問題提起だった。地元紙二紙は、ともに米軍基地キャンプハンセンの関係者が繁華街に繰り出す写真を掲載。「それでもマスクなし『禁止されてない』:クラスター発表の夜、街を歩く米兵たち」(琉球新報18日付)、「基地周辺の社交街人出 感染対策徹底求める声」(同日の沖縄タイムス)という見出しをつけていた。

対話集会取材後、現地に足を運ぶと、信じられない光景を目の当たりにした。クリスマスツリーのイルミネーションが眩い基地入口のゲートを人も車も自由に出入りし、基地前にある繁華街「新開地」にマスクなしで繰り出す米兵もいたのだ。

ノーマスクで闊歩するキャンプハンセンの米兵たち

 

長い碁盤の目状の路地を歩きながら左右の店を覗いていくと、大音量の音楽が流れるなかで、米兵たちがグラスを傾けている。繁華街内の公園ではロックバンド大会が開かれていて、演奏に合わせてダンスをする家族連れで賑わっていた。壁に女性の絵が描かれたガールズバーのような店も盛況で、基地内の集団感染などどこ吹く風で、どんちゃん騒ぎをしていたのだ。

地元記者は「ここ数日で感染状況が激変する恐れがある」と心配していたが、危機感のカケラさえ感じられない基地関係者の喧噪ぶりに接し、米軍基地発祥の感染拡大を私も確信した。とにかく悪条件が重なっていた。

不平等な日米地位協定のせいで、来日する米軍関係者には国内法が適用されず、彼らは空港での検疫も外出制限も免れることができる。基地従業員の日本人感染者が確認されたことで、感染者の隔離状態が完璧ではないことは明白だったが、基地関係者に行動制限がかかることはなかった。

本来なら繁華街への外出をすぐに禁止、飲食店への休業要請と補償もあわせて進めることが緊急課題であったのに、岸田政権はすぐに動こうとはしなかった。玉城知事が行動制限を含む感染大防止策を繰り返し要望したのに対して、松野博一官房長官は12月19日にキャンプハンセンを視察して近隣の町村長とも意見交換。「感染者の隔離措置の徹底や濃厚接触者の早期特定などを米国側に強く要請」「今後も米国に対し感染拡大の防止措置を徹底するように求めていく」と述べてはいた。しかし米国に聞き流されていたことは、沖縄再訪ですぐに確認できた。

12月24日と25日に金武町を再び訪ねると、町立体育館では無料PCR検査が行なわれ、隣接する陸上競技場には「マスクを着けよう」というのぼり旗がたなびいていたが、キャンプハンセン前の繁華街での賑わいは変わらなかった。マスクなしで買物に出かけていた二人組が基地前で信号待ちをしていたかと思えば、バーベキュー店の前ではマスクなしの客が店員と会話をしてもいた。25日には近くで花火が打ち上げられ、マスクなしの見物客が並んで眺めていた。路地沿いの店内の盛況ぶりも続いていた。

感染震源地の実態を記録しておこうと動画を撮影していると、「ヘイ、ヘイ!」と大声を出して店員が追いかけてきて、肩をつかまれたこともあった。

松野官房長官の米国側への要請は、空念仏のようなもので、実効性はまるでなかったのだ。政府と沖縄県が連携した感染対策の強化で一致したのは年が明けた1月4日だったが、それでも松野官房長官は沖縄での感染拡大が米軍由来であることについて「コメントは控えたい」と曖昧な回答に終始した。

日米両政府が米軍関係者の外出制限で合意したのは、5日後の9日。「米軍基地が一つの要因と考えられる」と茂木敏充幹事長が会見で述べたのは7日後の11日だった。

この間に人口10万人あたりの新規感染者数は沖縄県が全国一となり、岸田政権のあまりに遅すぎる対応が際立つことになったのだ。しかも感染拡大の元凶である不平等な日米地位協定の改定も「考えていない」と否定。米国(米軍)にモノが言えない弱腰も、露わになったのである。

 

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横田一 横田一

1957年山口県生まれ。選挙取材に定評をもつ。著書に『亡国の首相 安倍晋三』(七つ森書館)他。最新刊『仮面 虚飾の女帝・小池百合子』(扶桑社)。

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