第9回 映像に頼るしかなかった裁判員
メディア批評&事件検証現に受刑者は、3月11日の被告人質問で「殺してごめんなさいをと50回言わされ、自分が犯人だと錯覚するようになった」などと証言している。しかも今、勝又受刑者は、犯人ではないことが筑波大法医学教室の本田克也元教授や徳島県警科捜研出身で徳島文理大学大学院人間生活研究科の藤田義彦元教授による一審で蚊帳の外におかれた布製の粘着テープのDNA型鑑定結果の検証で明らかになったのだ。
捜査当局が一審裁判で公開した取り調べの映像は、まさに裁判官たちに有罪を出させるために細工をした影像といっても過言ではない。可視化をするなら、逮捕する前の容疑を認めるまでの取り調べが一番重要なのだ。その映像なくして可視化をする意味はほとんどない。韓国では最初から容疑者が取り調べを受ける際には弁護士が同席している。
そもそもこの映像を撮り始めたのは、宇都宮地検の大友亮介検事が、商標法違反罪で勝又受刑者を宇都宮地裁に起訴する2月18日の午前中に地検の取調室で殺人を認めさせ、調書にサインをさせたことにある。可視化映像は、受刑者が殺人を認めたと主張するこの日朝の取り調べの後である午後から撮影されていたものだ。認めたから撮影する。認めなかったら撮影しない。公平感を欠いており重大だ。
3月10日の法廷では、商標法違反容疑で勾留中だった2月18日午後と21、25、27日の4日間の取り調べの映像計約110分が再生された。
その映像の一部を再現してみよう。
・2月18日の午後
検事:「今から聞くのは吉田有希ちゃん殺害事件。カメラがあって、録音・録画している。
言いたくないなら言わなくていい。殺人事件については逮捕していないので取り調べに答える義務はない。体調は大丈夫か?」
被告:「まあまあ」。
検事:「午前中の取り調べで、やりましたと話したよね」。
被告:「………」。
検事:「覚えていないの。午前中のことだよ?」
被告:「パニックになっちゃった」。
検事:「今市事件は栃木県内で有名になっていることは知っているよね」。
被告:「うん」。
検事:「君が起こしたということでいいのかな。無理なら言う必要はないが、正直にしゃべってほしい。午前中に言っていたじゃないか」。
被告 「……」
一部省略
映像の場面が変わる
検事:「午前中は置いといて、8年前の事件を聞かざるをえない。拓哉が殺しちゃったのは間違いないってことでいいんだよね」。
被告:「……」。
検事:「こっちもある程度分かっている。大変なことをやってしまったと思う。後悔しているだろう。今まで辛かったろう」。
被告:「ちょっと時間…」。
検事:「そしたら話してくれるのか」。
被告: (うなづく)
検事:「殺したか、どうかだけ聞かせてくれ」。
被告:「はー、はー」(息が荒くなる)。
一部省略
検事:「2、3日待ったらちゃんと話すか」。
被告:「うん」
検事:「分かった。今日は終わりにしよう」。
被告: (泣き始める)
・2月21日の取り調べ
検事:「8年前の事件。君が起こしたことで間違いないよね」。
被告:「ふーふー」(息が荒くなる)。
検事:「震えているけど、どうして」。
被告: (泣き始め、手で涙をぬぐう)。
検事:「2、3日前には話してくれると言ったよね」。
被告:「ふーふー」。
検事:「話せることだけでいい。やってないんだったらやってないとはっきり言ってくれ」。
被告:「思ったより気持ちの整理に時間がかかる」。
一部省略
検事:「知らない女の子だった?」
被告:「知らない」。
検事:「どうやって車に乗せた?」
被告:「声をかけた」
検事:「どうやって?」
被告:「お父さんに頼まれた。お母さんが大変だ。だから乗ってくれと」。
検事:「お父さんとお母さんは知り合いか?」
被告:「知らない」
一部省略
映像の場面が変わる
検事:「アパートに行くまで何をしゃべった。どこに行くか聞かれたか?」
被告:「した。ふーふー、病院」
検事:「何で病院と言った。母親が大変で病院ということにしたのか」。
被告:「分からない」。
(場面が変わる)
検事:「車はどこに止めた」。
被告:「アパート」。
検事:「部屋に入った?」
被告: (うなづく)
検事:「どうやって部屋に連れて行った」。
被告:「はー、ふー。」(顔を手で覆う)「途中の詳細は後にしてください」
検事:「お姉さんに言ったら詳細をしゃべるんだな?」
被告:「うん。早く、言って、本当に早く言いたい」。
検事:「やってないということはないんだな。一言でいい?」
被告:「はーふー、それも後にして」。
検事:「そこもダメなの。火曜日は殺したって言っていたじゃん」。
被告:「本当に覚えていない」。
検事:「刺した包丁はどこ?」
被告:「山」。
検事:「山?どこの山」。
被告:「はーはー、あー、これも後でお願いします」
検事:「何で言えない?」
被告:「重い、重い」。
検事:「帰るときに車の中から捨てた?山に」。
被告:「うん、うん」。
検事:「帰るってどこから?」
被告:「あー、あー、茨木」。
検事:「茨城の山に女の子の遺体を捨ててからか?」
被告:「帰り道に……」
検事:「帰り道。女の子を捨てた場所とナイフを捨てた場所は近いか?」
被告:「わかんない。帰り道に迷子になったかから」。
連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/
(梶山天)
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。