【特集】終わらない占領との決別

占領管理法体系から安保法体系+密約体系へ(後)

吉田敏浩

5.米軍に対する特別扱いは続く

行政協定の第25条では、米軍駐留の経費負担について、「日本国が負担すべきもの」を除いてアメリカ側が負担すると定められた。日本国の負担は、①米軍に提供する基地の土地の借り上げ料と補償費②米軍の輸送業務などの役務(労務)と米軍が必要とする需品(物資)の調達費用として年額1億5500万ドル相当の日本国通貨であった。

つまり、「占領管理法体系」の連合国最高司令官の命令「占領軍の資金に関する覚書」などによって占領経費をすべて日本側に負担させていた仕組みから、「安保法体系」の行政協定第25条により、駐留経費の全額ではないが、かなりの部分を日本側に負担させる仕組みへと、方式を変えながら米軍の特権は実質的に確保されたのである。

この②の規定は、1960年の安保改定にともなう行政協定から地位協定への移行の際になくなった。しかし、1978年度から自民党政権により「思いやり予算」と称して、在日米軍基地の従業員の雇用経費や施設整備費などを日本側が負担する特別協定を結んで提供する仕組みがつくられた。米軍の特権が復活したのだ。このように方式を変えて、占領時代の米軍特権が実質的に確保される構造が続いている。

行政協定の第9条では、米軍人は日本の出入国管理や外国人登録に関する法令の適用除外と定められた。米軍人・米軍部隊は占領時代と同じように、基地を通じて日本の国境にとらわれず自由に出入りする特権を保つことになった。

米軍航空機の飛行についても、やはり特権が継続された。占領が終わり、日本政府が管轄する外国航空機の入国、退去、通過、国内飛行に関する許可などの規定は、航空法に盛り込まれた。だが、行政協定(現地位協定)の実施に伴う航空法特例法が制定され、米軍機と国連軍機に対しては航空法の第126条(外国航空機の航行)、第127条(外国航空機の国内使用)などは適用除外とされた。

そのため米軍機は、占領時代に前出の「航空機の日本入国・退去・通過及び飛行の取締緩和に関する覚書」と「航空機の出入国等に関する政令」で、日本政府による許可など取り締まりの適用除外にされていたのと同じ扱いとなった。

航空法特例法で米軍機と国連軍機に対し適用除外になった航空法第131条(証明書等の承認)は、外国航空機が日本で飛行する場合、「耐空証明書」や「騒音基準適合証明書」や「航空従事者技能証明書」の承認を受けなければならないと定めている。しかし、そもそも米軍機は日本国内での飛行に日本政府の許可は不要という特例扱いなので、これらの証明書が必要な外国航空機には当てはまらず、適用除外とされたのである。

6.日米合同委員会の密室の合意

このように「安保法体系」は占領時代の米軍特権を実質的に継続させるための仕組みである。「安保法体系」の要となる地位協定(旧行政協定)は、米軍に基地の運営などに「必要なすべての措置をとれる」強力な排他的管理権、国有地の無償提供、民有地の日本政府負担(賃貸借)による提供、基地返還時の原状回復・補償義務の免除、米軍部隊の自由な出入国、日本の港や空港への入港料や着陸料なしの出入り、国税と地方税の免除、電気や水道など公益事業と公共の役務の利用優先権など、米軍に有利な数々の特別扱いを保障している。

基地からの環境汚染や流れ弾の事故などが起きても、日本側当局は米軍の許可なしには立ち入れない。米軍人・軍属の公務中の犯罪(過失致死傷など)の第一次裁判権は米軍側にあり、日本側に第一次裁判権のある公務外の犯罪でも、被疑者の身柄が米軍側にあるときは、日本側が起訴するまでは身柄の引き渡しをしないなど、米軍に有利だ。

この米軍優位の地位協定をより強固なものにするのが、日米合同委員会の密室の合意である。日米合同委員会は地位協定の運用に関する協議機関で、日本の高級官僚と在日米軍の高級軍人から成る。

日本側代表は外務省北米局長、代表代理は法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米局参事官、財務省大臣官房審議官。アメリカ側代表は在日米軍司令部副司令官で、代表代理は在日米大使館公使、在日米軍司令部第五部長、在日米陸軍司令部参謀長、在日米空軍司令部副司令官、在日米海軍司令部参謀長、在日米海兵隊基地司令部参謀長。

本会議をこの13名で構成し、その下に施設・財務・労務・出入国・通信・民間航空・刑事裁判管轄権・環境など各種分科委員会がある。分科委員会は、各部門を管轄する日本政府省庁の高級官僚と在日米軍司令部の高級将校から成り、実務的な協議をする。そこで合意した事項が本会議に提出され、承認される。

協議は基地の提供、各種施設の建設、駐留関係経費、航空管制、電波の周波数、訓練飛行や騒音問題、米軍関係者の犯罪の捜査や裁判権、基地の環境汚染、基地の従業員の雇用など多方面にわたる。

安保条約にも、地位協定にも、基地の場所や使用期間を限定する条文はない。米軍は日本国内のどこにでも基地の設置を要求できる。「全土基地方式」という。しかも、基地の提供は日米合同委員会で決定する。その後の閣議決定も形式的なものでしかない。国会での承認は必要とされない。国土を外国軍隊に基地として提供するという主権に関わる重大事項に、国権の最高機関の国会が関与できないのである。米軍にとって実に都合のいい仕組みだ。

日米合同委員会の日本側はすべて文官だが、アメリカ側は大使館公使を除きすべて軍人である。合意の要旨は一部、公開されるが、議事録や合意文書は原則非公開だ。国会議員にさえも公開せず、秘密態勢は徹底している。

そのため、外務省や法務省や最高裁などの秘密文書・部外秘資料、アメリカ政府の解禁秘密文書、在日米軍の内部文書などを調べて実態を探るしかない。そして、関係者以外は立ち入れない密室協議を通じて、米軍特権を認める秘密の合意すなわち密約が結ばれてきたことがわかった。

たとえば、米軍機墜落事故などの被害者が損害賠償を求める裁判に米軍側は「合衆国の利益を害する」情報などは提供しなくてもいい「民事裁判権密約」、米軍人・軍属の犯罪で日本にとっていちじるしく重要な事件以外は裁判権を行使しない「裁判権放棄密約」、米軍人・軍属の犯罪で公務中かどうか明らかでなくても被疑者の身柄を米軍側に引き渡す「身柄引き渡し密約」、基地の日本人警備員に銃刀法上は認められない銃の携帯をさせてもいい「日本人武装警備員密約」、首都圏の上空を覆う横田空域での航空管制を航空法に違反して法的根拠もなく米軍に事実上委任する「航空管制委任密約」、米軍機の飛行計画など飛行活動に関する情報は日米両政府の合意なしには公表しない「米軍機情報隠蔽密約」などである。

密約の全貌は定かでないが、「密約体系」といえるほどの規模であろう。それは「安保法体系」を裏側から支え、米軍特権を保障する構造をかたちづくっている。

なお、「 」中の密約名は、その秘密合意の本質を端的に表すために私がつけたものである。それぞれの密約が記された合意文書には、ごく事務的な名称がつけられている。たとえば「航空管制委任密約」の場合は、「航空交通管制に関する合意」というようにだ。

 

1 2
吉田敏浩 吉田敏浩

1957年生まれ。ジャーナリスト。著書に『「日米合同委員会」の研究』『追跡!謎の日米合同委員会』『横田空域』『密約・日米地位協定と米兵犯罪』『日米戦争同盟』『日米安保と砂川判決の黒い霧』など。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ