【特集】終わらない占領との決別

国際情勢の変容と日本の進路(後)

末浪靖司

5.民主主義をめぐる米中の攻防

民主主義をめぐる米中間の論争が激しくなっている。

Detail of the english word “democracy” highlighted and its definition from the dictionary

 

バイデン米大統領は2021年12月に同盟国と一部の同調者を集めて「民主主義サミット」を開催し、米国など西側諸国と中国、ロシアの対立を「民主主義国家と専制主義国家の対立」と描いた。

バイデンの言う「民主主義」がどんなものかは、同サミットにフィリピンやブラジルなど「強権的な指導者たちを招待した」(朝日新聞2021年12月10日付)ことにも示されている。

米国では、民主・共和の二大政党制のもとで少数意見は政治に反映されず、軍産複合体が実質的に支配する構造がつくられている。貧富の差は拡大し、上位10%の富裕層が金融資産の90%以上を所有する(ブランコ・ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った』みすず書房、2021年)。

中国は、バイデンの攻撃に対して中国も同じ時期に国際人権フォーラムを開催し、習近平主席が「各国人民は国情に合った人権を発展させる権利がある」と述べた(「文匯報」2021年12月9日)。

また国営チャイナ・デイリーは長文の論評記事を出して、2021年12月10日付では、米国が「冷戦思考(Cold War paradigm)に戻った」と非難した。

しかしブッシュ(共和党)、オバマ(民主党)両政権下では、米中間ではこのような非難の応酬はなかったのであり、とりわけ胡錦濤政権下では、米中は戦略的パートナーシップであると確認しあった。互いに資本を投下し、活発に軍事交流をしていたのである。

しかしいま米中首脳が民主主義をめぐって激しくやりあうのは、バイデン・習近平政権になってからである。ここには国際社会における米国の地位を、中国が脅かそうとしていることが反映しているが、かつての米ソ対立のような体制をかけたものではない。双方が「競争」と言うように、互いに利益を共有していることも少なくない。習近平政権下の米中対立を絶対的なものとみることはできない。

・広がる民主主義抑圧

中国が「一国二制度」の国際公約を破って香港の自治を破壊し、新疆ウイグル自治区で少数民族抑圧を強めていることが、国際社会で問題になっている。

中国国内では、政府に異議を唱える人々は拘束され、裁判でも当局の主張通りの判決が下されている。学者、弁護士、ジャーナリストがコロナ・ウイルス感染の起源や蔓延の原因を究明してネットなどに書いただけで追放され、あるいは拘束されている。新型コロナ発生の起源を武漢市で調査した弁護士も投獄された。

さらに、民主主義を求めた人々を戦車と銃剣で殺戮した天安門事件はいまも正しいものとされ、人権抑圧と民主主義の欠如は、中国政治の深刻な問題になっている。

1953年と1982年に制定された中国の憲法には、いずれも「言論・出版・集会・結社・行進・示威の自由」が明記されたが、前者は「反右派闘争」や「文化大革命」が、後者は「天安門事件」がそれぞれ示すように、民主化を求める民衆の運動が圧殺され実行されていない。

それでも、胡錦濤政権下では一定の民主化がはかられていたのである。中国共産党の党学校新聞に同校教授が頻発する集団抗議行動について「権力の乱用と同時に庶民の権利擁護意識の成長」を指摘したほどである(王玉凱中央党学校教授『学習時報』2009年12月21日号「群衆事件に直面して政府はいかに反省思考すべきか」)。

かつてロシア革命に功績のあった人々を含め、自由と民主主義を主張した人々を徹底的に弾圧したスターリン体制とその後継者については、日本でも多くの研究がされているが、習近平政権下の中国の現状をどうみるかについては今後さらに探求する必要がある。

1948年に国連総会で採択された世界人権宣言は「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する」(第19条)とし、1966年に採択された国際人権規約は思想・良心・宗教の自由(第18条)、表現の自由(第19条)をすべての人に保障している。中国の人権・民主主義抑圧については、香港や新疆ウイグル自治区の問題とともに、日本では軍事同盟強化や軍備増強に利用されているだけに、とくに重視される必要がある。

・根本に立ち返って民主主義の探求を

国際社会では少なくない国々で軍事力を背景にした独裁政治が増えているが、中国国務院は2021年12月に発表した白書「中国の民主主義」で「各国の民主主義の形態は多種多様」としてこのような政治を含め普遍的なものとして正当化している。それは世界各地で増えている独裁政権を勇気づけており、そうした政権と中国との交流も盛んになっている。

このため、民主主義とは何かということを、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言など、人類が歴史的発展の中で確立してきた根本に立ち返って探求することが重要な課題になっている。

ミャンマーでは、クーデターで権力を握った軍部の弾圧による犠牲者が増え、2021年末には1300人を超えた。同国の憲法は2008年に軍部が制定したもので、第417条はクーデター条項と呼ばれ、軍部以外の政党が選挙で多数の支持を得ても、国軍が国家の全権を掌握できる仕組みになっている。

ミャンマーでは、それにもかかわらず、多くの青年が撃たれる危険を冒してでも抗議の声をあげている。凶暴な軍人支配に対する怒りと民主主義への渇望がそこにある。

中国は1962年いらい約半世紀にわたり、ミャンマー軍事政権と関係を結んできた。2021年2月の軍事クーデターの後も、「国際社会は内政に干渉するな」(華春瑩外務省報道官)と事実上、軍部を擁護している。人権抑圧は重大な国際問題であることをあらためて明確にする必要がある。

・台湾海峡紛争は戦争になるか

台湾有事ということが大きな問題になっている。中国軍は台湾海峡で実戦さながらの演習を繰り返し、中国の爆撃機や戦闘機が台湾に接近しており、中国軍が台湾に攻め込めば、米軍が台湾軍を支援して出動し、米中戦争になるといわれている。

Taiwan strait map close up in an small world globe (this picture has been shot with a High Definition Hasselblad H3D II 31 megapixels camera and 120 mm f4H Hasselblad macro lens)

 

台湾海峡の緊迫した状況は、中国革命で1949年に人民解放軍が大陸を制覇していらいずっと続いている。1950年6月に朝鮮戦争が始まると、トルーマン米大統領は米第七艦隊を台湾海峡に出動させ、大陸のほとんどを制圧した人民解放軍は福建省の最前線で進撃を阻まれた。その後も、中国軍は今日まで台湾に進攻していない。

台湾有事が国際社会で大きな問題になっている背景には、台湾を威嚇する習近平政権が国内で人権・民主主義を抑圧している一方で、現在の台湾では選挙によって政権が交代するなど、民主主義が機能している事情がある。そこから、リトアニアのように、北京政府と国交関係をもちながらも、台湾に代表部設置を認める国も出てきた。習近平政権が台湾の葵英文政権に軍事的圧力をかければかけるほど、民心は離れ、西側軍事同盟強化に利用されるだけである。

一方、米国は台湾にF16戦闘機など最新兵器を売り、最近では米軍人が台湾に駐留し、台湾軍を訓練するなど、台湾海峡の紛争をみずからの覇権主義に利用している。

台湾海峡の問題は国際社会の平和と安全にかかわる問題であるとともに、日本ではこの問題が日米軍事同盟とその下での米軍駐留、日本の戦争態勢強化に利用されている。この問題は日本の進路との関係で改めて見る。

・米中対立の実態をリアルにみる

2021年11月24日に行われたバイデン大統領と習近平主席のオンライン会談では、ホワイトハウス報道官の説明によれば、双方の見解は分かれたが、緊張緩和に努めることで一致したという。当局の監督下にある中国メディアによれば、習近平は米中関係を、嵐の中を行く巨船にたとえ、「針路をそれたり失速したり衝突したりしないよう運行することが必要だ」(文匯報)と述べ、バイデン政権との関係発展へ期待を述べた。

バイデン大統領は、かつてオバマ政権の副大統領として何度も訪中してきた。2011年には当時胡錦濤政権の副主席だった習近平と約7時間にわたり歓談するほど中国首脳部と緊密な関係にあった。オバマ政権下では胡錦濤政権下の中国と450億ドルにおよぶ商談を成立させるなど、米中は緊密な関係にあった。

米中両国のこのような関係からみて、日本のマスコミなどでいわれる、台湾問題で米中が偶発的戦争になる可能性は小さいとみてよい。バイデンと習近平のもとで、米中は激しくやりあっているが、ともに大国として利害を共通する底流にある現実をみる必要がある。

 

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末浪靖司 末浪靖司

1939年 京都市生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。著書:「対米従属の正体」「機密解禁文書にみる日米同盟」(以上、高文研)、「日米指揮権密約の研究」(創元社)など。共著:「検証・法治国家崩壊」(創元社)。米国立公文書館、ルーズベルト図書館、国家安全保障公文書館で日米関係を研究。現在、日本平和学会会員、日本平和委員会常任理事、非核の政府を求める会専門委員。日本中国友好協会参与。

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