【特集】終わらない占領との決別

米製兵器爆買いの果てに─米中新冷戦に組み込まれる日本─(後)

望月衣塑子

7.中国の台頭と「ゲームチェンジャー」

安全保障の分野で、戦闘の優劣を一変しうる革新技術のことを「ゲームチェンジャー」と呼ぶ。その一つとされ、米国・中国・ロシアが近年、開発を競っているのが「極超音速ミサイル」だ。マッハ5(秒1700メートル)以上の極超音速で飛翔するミサイルで、中国の新型はマッハ6程度とされる。低い軌道で長時間飛び、途中で高さや方向も操作できるため、レーダーでの探知やミサイルによる迎撃は困難だ。

実用化されれば、「イージス・アショア」のようにレーダーで探知して追尾し、イージス艦から出すミサイルで迎撃するとともに、撃ち漏らした場合は地上配備型の迎撃ミサイル「PAC3」で迎撃するという二段階防御網は無力化される。

それゆえ、この分野は各国とも開発に力を入れている。米国は10年4月、ファルコン「HTV-2」の飛翔実験を成功させるなど、極超音速兵器開発で先行していたが、このときは核弾頭を搭載していなかったと言われる。その後、ロシア、中国も相次いで発射実験を成功させた。北朝鮮も21年9月、国営メディアが極超音速ミサイル「火星8」の発射実験に初めて成功したと発表した。

各国が警戒しているのが中国だ。中国国防省は21年11月、「東風17」を既に相当数配備していると発表し、対艦弾道ミサイル「東風26」の配備も明らかにした。

米軍制服組トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長は、21年10月のテレビのインタビューで、旧ソ連に人工衛星の打ち上げを先んじられた「スプートニク・ショック」を引き合いに出し、「極めて重大な出来事。結果へ非常に注意を向けている」と発言。国防総省のジョン・カービー報道官は、中国が極超音速兵器実験を5年で数百回実施する一方、米軍は9回の実験にとどまるとし、25年ごろまでの実戦配備へ研究や開発を急ぐ必要性を強調した。「中国の行動と目的は、米国の国防戦略の見直しにも盛り込まれる」と述べた。

中国は19年10月の建国70周年記念の軍事パレードで「東風17」を披露した。射程は水平距離で2500キロ。米領グアムにも到達しない。しかし英紙は、中国のミサイルが地球を一周した後に下降し、標的から約40キロ外れた場所に着弾させる実験に成功したと報じており、かなり先行技術を有している可能性がある。

中国側は報道について「兵器実験でなく、宇宙船の再利用の技術検証試験で、世界の企業が同様の実験をやっておりミサイルではない」と否定。また、外務省の汪文斌副報道局長は会見で「中国を仮想敵とする冷戦思考はやめるべきだ」とミリー氏の発言についても批判した。もし中国のミサイルが地球を周回できるなら、世界中が射程範囲に入り、欧米にとっては大きな脅威だ。

米国防総省の21年度の極超音速兵器開発の予算要求は、極超音速ミサイル防衛計画の2億680万ドルを含め、20年度要求の26億ドル(3620億円)から6億ドル(680億円)増の32億ドル(4300億円)と一挙に増やされた。一方の中国の21年の国防予算は1兆3553億4300万元(約24兆円)。個別の兵器開発への予算は発表せず、極超音速技術の開発にどれだけ予算を割いているかは不明だ。

ゲームチェンジャーとなる極超音速技術の開発競争で、太平洋地域の緊張が増している。本来であれば、米ロでこれまで歴史的に行われてきた戦略的対話の仕組みが米中間でも必要だが、中国は軍縮に強い抵抗を示し、歯止めがかからない状況だ。

8.爆買いからの転換

日本が武器輸出を計画する東南アジアでは現在、軍事的・経済的に南シナ海や太平洋の島嶼国への影響力を強める中国と、これを警戒する西側勢力の緊張が高まりつつある。21年11月の米議会年次報告書によると、1999年の時点で米国は西太平洋で空母1隻と強襲揚力艦を4隻保持し、戦力的に優位にあった。ところが現在は、中国は空母2隻を保有し、潜水艦や強襲揚力艦の数は米国を上回る。

前米インド太平洋軍司令官・フィリップ・デービッドソン氏は21年3月、米議会で「中国が野望を加速するのを懸念する。台湾は野望の一つで、6年以内に脅威が明白になる」と中国の台湾への軍事侵攻の可能性に言及した。驚きが広がった。米国防総省は21年11月、インド太平洋地域を「最重要地域」とし、中国との競争に備える方針を強調した。台湾ではほぼ毎日、台湾の防空識別圏に中国軍機が確認され、台湾空軍は人手が足りず、軍関連の任務が急増しているという。

英国やドイツはインド太平洋地域に軍艦を派遣。仏領ポリネシアやニューカレドニアを抱えるフランスも、21年5月に陸上自衛隊霧島演習場であった日米の離島防衛訓練「アーク21」に陸軍部隊60人が初参加。フランス海軍の戦術艦隊「ジャンヌ・ダルク」も加わった。

3年後には中国の影響力は西太平洋全域に広がるとみられ、この地域での米国の地位は相対的に低下。米中の勢力バランスが変化していく。さらに日本は「失われた30年」による経済停滞が追い打ちとなり、円の価値が低下している現状が続けば、爆買いを続けることも難しくなる。

日本がこれまで取ってきた、米国一強体制を前提とした防衛戦略は早晩、行き詰まるだろう。米国の対中戦略に組み込まれるだけでは、経済的・軍事的リスクの解消につながらないのだ。これまでの爆買いや東南アジアへの武器輸出のような、積極的な武器取引から転換し、最小の負担で最大の利益につなげるための冷静な議論と知恵が必要だ。

日本が今後、経済力で中国を追い抜くことは難しいだろう。だが、将来にわたり中国に絶対に負けない「武器」がある。第2次世界大戦後、先人の努力で培ってきた憲法九条を柱にした「戦争をしない国」「核兵器を持たない国」という国際的な信用力だ。米製兵器の爆買や米仏などとの軍事演習に邁進するのではなく、西側諸国や環太平洋の国家と連携しつつ、対話をベースにした独自の外交戦略を磨くことが求められている。

※「米製兵器爆買いの果てに─米中新冷戦に組み込まれる日本─(前)」はこちらから

https://isfweb.org/post-2505/

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望月衣塑子 望月衣塑子

東京新聞社会部記者。経済部時代、武器輸出、軍学共同をテーマに取材。モリカケ疑惑では菅義偉官房長官会見で質問し続けた。現在、入管法や外国人、ジェンダー格差などを取材。17年、平和・協同ジャーナリスト奨励賞。

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