【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第36回 ロシア軍の新しい「部分的動員」が意味するもの①

寺島隆吉

ドンバス4カ国の住民投票が終わり、その結果、住民の圧倒的多数がロシア編入を希望していることが世界に示されました。この住民投票には100人を越える国際監視団が参加しました。

しかし、この住民投票でドンバ ス4カ国のロシア編入が決まったわけではありません。正式に編入が決まるには、 4カ国大統領とプーチン大統領の署名が必要ですし、その署名をロシア憲法裁判所が承認することも必要でした。

そのうえ、憲法裁判所が承認した書類をロシア議会の下院(The State Duma)が可決し、それが上院(The Federation Council)に送られ、それを上院が可決しなければ正式にロシア編入は認められません。

私は、ドンバス4カ国のロシア編入が、国際監視団の下で行われた住民投票だけでなく、このようなロシア国内における正式な手順を踏まえて行われていることを全く知りませんでした。

欧米の大手メデ ィアも日本の大手メデ ィアも、ドンバス4カ国のロシア編入は独裁者プーチンが勝手に行っているかのような報道を垂れ流してきたからです。

日本では様々なことが、国会でほとんど議論されずに、 「閣議決定」されれば、あっという間に法律となって施行されるのですから、こちらのほうが、はるかに独裁国家に近いように私には見えます。

それはともかく、ドンバス4カ国のロシア編入は、ルガンスク共和国、ドネツク共和国だけでなく、ザポリージャ州とヘ ルソン州を、ロシアの上院が10月4日に可決したことにより、正式に認められました。

ドンバスの人たちにとっては、苦難に満ちた長い長い道のりでした。ところが、欧米や日本の左翼・リベラルの人たちの目には、このようなドンバスのひとたちの8年以上にもわたる苦難の日々が全く目に入っていません。

だからこそ、いわゆる「左翼」の人たちすら、 「侵略者プーチン!プーチンはウクライナから手を引け」と叫ぶだけで、この8年間に殺され続けてきた1万3,000~4,000人もの命については、何一つ言及しないのです。

もしドンバス2カ国の独立承認と、その2カ国の要請によるロシア軍のウクライナ進攻がなければ、今もなお(また将来も)ドンバス住民の血が流され続けていたでしょう。なぜならミンスク合意が決定されても、休戦が合意されても、そのたびにアメリカやNATOの横やりが入り、ドンバスへの砲撃が続けられてきたからです。

私は『ウクライナ問題の正体1・2』で次のように述べてきました。

「キエフ政権がミンスク合意を守っていれば、ルガンスクとドネツクの2カ国を、ウクライナ内の特別区として領土を維持できる。にもかかわらず攻撃を続ければ、それを失う危険性がある」。

しかし結果としてはどうだったでしょう。ウクライナは、ルガンスクとドネツクの2カ国どころか、ザポリージャ州とヘルソン州だった2カ国も含めて、 4カ国もの領土を失うことになったのです。

ゼレンスキー大統領は、「この4カ国およびクリミアを取り戻すために戦いを続ける」と絶叫していますが、多分それは不可能でしょう。

取り戻す前に、ウクライナから徴兵すべき兵士がいなくなっている可能性があります。

なぜなら、金持ちの子弟はすでに国外に脱出していますし、残るのは貧乏人の子弟か牢屋のなかにいる犯罪者だけになるからです。

だからこそ、残虐さで名高いアゾフ大隊ですら顔負けの行為で、牢屋に閉じ込めなければならなかったトルネード大隊を、 再び刑務所から釈放して、使わざるを得ない事態に陥っているのです。

*“These are animals, not people”Zelensky frees convicted child rapists, torturers to reinforce depleted military(『翻訳NEWS』2022/09/01)
「こいつらはケダモノだ、人間じゃない!!ゼレンスキーは、刑務所にいた児童レイプ犯・拷問犯を解放し、 枯渇した軍隊を補強する」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1005.html

ですから、このまま戦争が長引けば、徴兵適格者の多くは、戦死するか傷病兵になるか、捕虜になるかのいずれかになり、ウクライナ国内にいるのは外国人傭兵(あるいはアメリカやイギリスから送り込まれた特殊部隊)ばかりになる可能性もあります。

それほどロシア軍およびドンバス軍の戦い方は見事だったからです。

残虐さで名高い「トルネード大隊」隊長ルスラン・オニシェンコ(そしてゼレンスキー夫妻)
https://thegrayzone.com/2022/07/30/zelensky-militants-convicted-child-rape-torture-military/

その証拠に、大手メディアはゼレンスキー大統領を「民主主義の旗手」として持ちあげ、その「戦い方の見事さ」と「ロシア軍の敗北」ばかりを宣伝してきましたが、しばらくするとメディアから突然ウクライナのニュースが消え、再び「コロナ感染者拡大」のニュースばかりになりました。

キエフ軍は勝つと言い続けた手前、今さらキエフ軍の敗北を報道できなかったのでしょう。だから報道の焦点をコロナにせざるを得なかったのだと、私には思われました。ですからハリコフにおけるロシア軍の敗北というニュースで、再びコロナ騒ぎは消えました。

大手メディアを視聴していると、ウクライナで戦っているのは主としてロシア軍で、ドンバス軍の働きはメディアにほとんど登場しません。

しかし実態は逆で、ロシア=ドンバス連合軍の人数はウクライナ軍の半分くらいで、しかも主として戦っているのは地元の地理をよくわきまえているドンバス軍でした。ロシア軍はむしろ戦術指導の補助部隊として戦っているのです。

そのことを私は次のインタビューを読むまで知りませんでした。

Jacques Baud : Operation Z「ジャック・ボー『特別作戦Z』インタビュー」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1080.html( 『翻訳NEWS』2022/10/10)

この記事に登場するジャック・ボー(Jacques Baud)は、スイスの戦略的諜報機関の元メンバー、地政学の専門家として広く尊敬を集めている人物だそうですが、このボー氏は『特別作戦Z』という本を著したのでインタビューを受け、その中でハリコフをめぐる攻防について次のように述べています。

西側諸国は、状況をありのままに見ようとしません。 ロシア=ドンバス連合軍は、1/2対1の割合でウクライナより劣る総合力で攻勢をかけています。

多勢に無勢の状況で勝利するには、 戦場で部隊を素早く動かして局所的・ 一時的な優位を作
り出さなければならないわけです。

これがロシア人の言う 「作戦術」(operativnoe iskoustvo) です。この考え方は、西側諸国ではあまり理解されていません。

NATOで使われている「作戦」という言葉は、 ロシア語では 「operative」(最も効果的な)と 「operational」(戦闘準備完了)の2つの訳語があります。 「作戦」 とは、 チェスのように軍隊の陣形を操り、優勢な相手を打ち負かす技術です。

例えば、 ハリコフ周辺での作戦は、ウクライナ(と西側)の意図を「欺く」ためではなく、ウクライナ軍の大部隊をハリコフ周辺に維持させておき、 それによってウクライナ軍をそこに「縛り付けておく」ためのものでした。

専門用語では、これは「シェイピング作戦」と呼ばれるものです。

一部の「専門家」の分析に反して、 これは「欺瞞作戦」ではなく、 まったく異なる発想です。
欺くためには、はるかに大きな戦力が必要だったでしょう。

しかしロシア= ドンバス連合軍の目的は、ウクライナ軍がドンバスに増援部隊を派遣するのを阻止することだけでした。

 

このように、ロシア=ドンバス連合軍は少数でウクライナ軍と対峙していたのです。ボー氏は上の論考で、その比率を1/2対1つまり「1対2」としていました。

が、ペペ・エスコバル(Pepe Escobar)の論考は、次のように、その比率を「1対5」として
いました。

これらの地域にはロシア軍は駐留していなかった。駐留していたのはロシア国家親衛隊だけだったが、この親衛隊は、軍事的訓練を施されていなかった。

ウクライナ軍は、 数で行くと対敵側と約5対1という有利な状況だった。ロシア=ドンバス
連合軍が陣を撤退させたのは、 包囲されることを避けるためだった。

ロシア軍には損失はなかった。というのも、 この地域にはロシア軍が駐留していなかったか
らだ。

*The Kharkov Game-Changer「ハリコフは落ちたが、 本当の戦いはこれから」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1050.html( 『翻訳NEWS』2022/09/27)

しかし最近、 大手メデ ィアでは、ハリコフからロシア軍が撤退したことを受けて、 「ロシア軍は弱かった。やはりウクライナ軍は強かったのだ」という言説が、 復活することになりました。

ところが事態は全く逆だったのです。この事情をボー氏は最近(10月1日)書いた新しい論文で次のように説明しています。

ウクライナ軍にとって9月初旬のハリコフ地方の奪還は成功であるかのように見える。 我々西側のメディアは、ウクライナのプロパガンダを歓呼し、これを世界中に中継して、全く正確ではないイメージを我々に与えている。

しかし作戦をよく観察すれば、ウクライナはもっと慎重になるべきであったかもしれない。軍事的観点からは、この作戦はウクライナ側にとっては「戦術的勝利」 であり、 ロシア連合側
にとっては「作戦的・戦略的勝利」である。 (中略)

ウクライナ軍の攻撃開始のかなり前に、ロシア軍はこの地域から撤退する予定かもしれないとの情報もあった。その予測どおり8月には、ロシア軍は、報復の対象となる可能性のあった市民も一緒に、順当に撤退した。

だからバラクラヤの巨大な弾薬庫は、ウクライナ軍が発見したときには空っぽで、ロシア軍が数日前にすべての機密人員と装備を整然と避難させていたことがわかる。それどころかロシア軍はウクライナが攻撃していない地域からさえも撤退していた。

*Kharkov and Mobilization「ジャック ・ボー:ハリコフからの撤退とロシア軍の新動員について考える」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1077.html( 『翻訳NEWS』2022/10/06)

このウクライナ軍が勝利したとされる作戦を、ボー氏は次のように﹁ピュ ロス の勝利﹂
だと揶揄しています。

なぜなら彼らは何の抵抗も受けずにハリコフに進攻し、ほとんど戦闘はなかった。にもかかわらず、 この地域は巨大な「殺戮地帯」となり、 ロシアの砲撃は推定4,000~5,000人のウクライナ軍(約2個旅団) を破壊した。

これは、ウクライナ側にとっては、 「ピュロスの勝利」である。

つまりウクライナ側の損失は、 ヘルソン攻防戦での損失に輪をかけたものとなった。 一方、ロシア連合は戦闘がなかったため僅かな損失を被っただけだった。

ちなみに、ここで言われている「ピュロスの勝利」とは、エピラス(古代ギリシア)の王ピュ
ロスがローマ軍と戦って得た「割に合わない勝利」を指あいます。

つまりウクライナ軍の得たものは、 「犠牲が多くて引き合わない勝利」 「損害が大きく、得るものが少ない勝利」に過ぎなかったのです。

この勝利について、ボー氏は次のような見事な要約を書いていて、感心しました。

言い換えれば、 ウクライナは領土のために戦い、 ロシアは脅威の可能性をなくすことを目指
した。

ある意味、領土を守ることでウクライナ側は、 ロシア側の仕事をやりやすくしていたのであ
る。領土はいつでも取り戻せるが、 人命は取り戻せないからである。

(寺島隆吉著『ウクライナ問題の正体3—8年後にやっと叶えられたドンバス住民の願い—』の第10章から転載)

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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