【連載】モハンティ三智江の第3の眼

第9回 G20ニューデリー・サミットを成功に導いたインド首相の野心〜次期総選挙を睨んで

モハンティ三智江

 

*議長国インドによるG20サミットが9月に開催、グローバルサウスの盟主国を狙う

9月9・10日、インドの首都ニューデリーで第18回20カ国・地域首脳会合(別称は2023年G20ニューデリー・サミット、参加国の詳細は末尾※1)が開催された。
今回のG20サミットでは、「一つの地球、一つの家族、一つの未来(One Earth, One Family, One Future)」をテーマに、食料安全保障、気候・エネルギー、開発、保健、デジタルといった重要課題について議論が行われた。

議長国として、インドのモディ(Narendra Modi、1950-)首相は参加国の意見をまとめ、首脳宣言採択に漕ぎ着ける手腕を発揮、来年の総選挙に向けて外交成果をアピールする意図だ。
しかし、中ロが出席を見送った今回のG20の首脳宣言(詳細は末尾※2)において、ウクライナ侵攻に関しては当該国を名指しで非難することはなく、あくまで中立の立場を貫き、ロシアに経済制裁を課す強硬派の主要先進国とは距離を置いた。ほかのグローバルサウス国(南半球中心の新興国・途上国)とともに、どちらにもくみしない中立の姿勢を維持したわけだ。

今後、対立を深める中ロと欧米先進国で、インドはじめのグローバルサウス国の取り合い、自国の陣地に引き込もうとする動きも見られそうで、新興国・途上国へのシフトで、G20が形骸化する可能性も高まってきた。
インドは、その盟主国としての座を狙っており、一帯一路構想の世界制覇を目論む中国に大胆に対抗すべく、野心的な動きを見せている。
後進カースト出身の叩き上げでしたたかなモディ首相は、対外的には全方位外交でバランスを取りながら、国内ではイスラム教徒や対立派への迫害などの人権問題の批判をかわし、26党による野党新連合(インド国家発展包括的連合=INDIA)の脅威を退け、三期目の続投に向けて抜け目ない戦略で臨んでいる。

今回のニューデリー・サミットで、主要先進国と新興国・途上国を繋ぐ橋渡しとしての盟主の座を狙う姿勢を見せたインド、世界一の人口(14億2860万人)を擁し、30歳未満が約半数という若いパワーが炸裂する、世界最大の民主主義国家かつ経済大国、その強大パワーはまさしく、巨象のごとくドラゴン中国を押しつぶさんと、虎視眈々と王座を狙っている。

インドが世界に果たす重要な役割、国際社会における発言力の高まりをアピールすることは、若い世代の国民に受け、そういう意味でも、ニューデリー・サミットは成功を収めたとの見解だ。現地メディアもこぞって、国際的会合を成功裏に終えたモディ首相を讃え、次期総選挙の追い風になる外交上の勝利と持ち上げた。グローバルメディアからの脚光みならず、アメリカからも絶賛されたホスト役モディにとっては、国際舞台で華やかなスポットライトを浴びた2日間だったといえよう。

なお、会期中モディ首相は日本の岸田文雄総理とも首脳会談を催し、3月の訪印で日本政府が表明したインドへの5兆円融資(5年間)の目標達成のための投資環境改善の要請に対して尽力すると応じ、さらなる両国の関係強化に向けて協力していくことで一致した。

 

*「モディ劇場」の演出成功を、次期総選挙の追い風に

ニューデリー・サミットで、各国首脳の面々を賓客席に、「モディ劇場」を巧みに演出したインド首相は、来年5月の総選挙に向けて、内外共に、インド力をアピール、世界を牽引する経済パワーたる輝かしい未来像で、国民を発揚させ、意欲満々に三期目を目指す。
野党が26党も束になってかかってくると、さすがの一強モディもたじろがないわけはなかろうし、野党新連合の有力首相候補と目されるニティシュ・クマール(Nitish Kumar、1951-、長年ビハール州首相を務めるクリーンなイメージの辣腕ベテラン政治家/Janata Dal(United)=ジャナタ・ダル統一派)はなかなかの強敵だ。ニティシュ州首相はBJPと連携を結んだ過去もあり、生き残るためには手段を辞さない老練政治家、モディ首相の手の内はある程度読めている強みもあり、軽視できない手強い対抗馬といえよう。

毎年ミッドサマーに行われるインド総選挙、苛烈な太陽とともにヒートしそうだ。「ヒンドゥー至上主義」を党是とするBJP政権の長期化に危機や焦りを覚える野党が大結集して、自由と世俗主義(多宗教共存)の旗印のもとに、果たしてモディ3連覇を砕けるか。
世界最大の民主主義国家の5年に1度のお祭り騒ぎ、次期総選挙の行方が早くも注目される。

〇脚注(ウィキペディアから一部抜粋)

※1.G20(ジートゥエンティ)は、”Group of Twenty”の略で、G7に参加する7か国、EUおよび新興国12か国の計20の国々と地域から成る国際会議である。 構成国・地域連合は、G7構成国(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカ)・地域連合、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の5国、アルゼンチン、オーストラリア、インドネシア、メキシコ、韓国、サウジアラビア、トルコである。

※2.首脳宣言では、最大の懸念材料だったロシアによるウクライナ侵攻を巡ってロシアを名指しはせず、武力による領土取得、核兵器の使用やその威嚇は許されないという原則論をうたう表現にとどまった。他方、ロシアやウクライナからの穀物や食料品などの安全な輸送確保に関しては、関係国に確実な実施を求めた(対外的に食糧危機を懸念するイニシアチブを見せながら、世界一のコメ輸出国でもあるインドは7月20日、一部輸出禁止措置を取り、自国優先の保護主義政策に出ている)。
なお、宣言には、アフリカ連合(AU)をEUと同様にG20の常任メンバーとして迎えることや、2030年までの持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取組み強化を図ることなども盛り込まれた。

☆トピックス1/名門政治家一家ガンジー家の衰退

インド政界のファーストファミリーといったら、知る人ぞ知る、ガンジー家。が、この10年、ガンジー・ダイナスティ(王朝)の威信はゆらぎ、衰退甚だしい。
4代目のラフール(Rahul Gandi、1970-)が今ひとつの手腕で、2014年国民会議派(Congress I)がインド人民党(BJP)に政権を奪われてからというもの、古参の党の立て直しに四苦八苦している。

国民会議派議長だったジャワハルラール・ネルー(Jawaharlal Nehru Gandi、1889-1964)がインド独立後の初代首相に就任したのは、1947年。以来42年にわたり一党独裁、ガンジー・ダイナスティ(王朝)は、揺るぎない王座を保ってきた。
ガンジー家は、2代目のインディラ(Indira Gandi、1917-1984)元女性首相、3代目のラジブ(Rajiv Gandi、1944-1991)元首相と暗殺されたことで、悲劇のファーストファミリーとして、ケネディ家と比べられることが多いのだが、1991年に暗殺されたラジブ・ガンジーのイタリア出生未亡人ソニア(Sonia Gandi、1946-)が夫の死後8年目に、華麗なる政治家への転身を遂げ、2004年より2期連続で中央政権を掌握した(首相はソニア元総裁が代理指名したマンモハン・シン=Manmohan Singh、1932-)。
しかしながら、連立政権内の巨大汚職で失脚、2014年以降は、台頭してきたインド人民党(BJP, Bharatiya Janata Party)に与党の座を奪われ、以降ナレンドラ・モディがクリーンなイメージのカリスマ首相として君臨しているわけだ。

インドでは、政治家は70代からといわれるように、ガンジー家4代目のラフールはまだ40代のひよっ子、母のソニアの方がまだしもカリスマ性があり、政治家としても成熟、手腕に長けているが、今は息子に後継を譲り、引退同然、かつてのパワーはない。
ラフール前総裁を筆頭に政権奪回を目指す国民会議派だが、モディに代わるカリスマ性あるリーダーの不在が致命的だ。ラフールではカリスマ性に欠け、対抗馬としても弱く、強権モディに太刀打ちできない。
時代の流れで、古参党がかつての権勢を取り戻すことはなく、党内でも、ガンジー・ダイナスティ脱皮が囁かれている近年、一党独裁の栄華の夢やいずこ、いまや国民会議派は最大野党とはいえ、地方の小党の助けを借りずして政権奪回はありえない。

☆トピックス2/インドの国名がバーラトに変わる?

ニューデリー・サミットの晩餐席に国名としてインド(India)でなく、古語「バーラト」(Bharat、古代インドの大叙事詩・マハーバーラタに登場するバラタ族に由来)とあったことから、以前から囁かれていた国名チェンジがまた浮上している。
そもそも、INDIAとは、英植民地時代の宗主国による名称で、植民地以前の元々の国名、オリジナルに戻そうとの動きだ。

インド人民党は、「ヒンドゥー至上主義」を党是とする右翼党、モディ政権になってから、植民地時代の名残とみて表記変更を歓迎する動きは加速化し、州名・地名、次々に変わってきた。
地名変更例を2、3挙げると、西インドのボンベイ(Bombay)→ムンバイ(Mumbai)、南インドのマドラス(Madras)→チェンナイ(Chennai)、州名は私が35年暮らした東インドのオリッサ(Orissa)州がオディシャ(Odisha)州に変わったが、ほか枚挙に暇がない。
右にならえとばかり、各州で地・州名変更、ローカル読みに変更された名称は複雑で発音しにくく、たとえば、インドのシリコンバレーとして名高い南のIT都市、バンガロール(Bangalore)→ベンガルール(Bengaluru)など、北東部州西ベンガル(Bengal)州と混同しそうだ。その西ベンガル州も、州名変更を考案中と聞く。南インドのトリバンドラム(Trivandrum)→ティルバナンタプラム(Thiruvananthapuram)など、いつまでたっても覚えられない。

インド人も、頻発する名称チェンジにこだわらず、旧名のままで呼ぶ人も多い。私も移住州に関しては、オリッサの方が対外的にもスマートで発音しやすかったのだが、メディアが一斉にOdisha表記に変えたので、しかたなく以後どんくさいオディシャに変えた。
というわけで、個人的には、インドの国名を変えるのは大反対。バーラトなんて言われたひにゃぁ、インドじゃなくなってしまう、私のよく見知ったインドでなく、別物みたいで、まったくピンと来ない。対外的にも、よろしくない。インドはインド、植民地云々なんて、そんなにこだわらなくてもいいのでは。
国名を変えるとなったら、国内だけのことじゃ済まない。バーラトが経済大国と言われても、なんのことだか。

モディ首相、後生だから、それだけはやめてください。というか、許さない、そんな勝手な国名変更は。愛国心にもとると言われても、絶対嫌だ、それだけはどうぞおやめください!私のインドでなくなっちゃうから。思い入れのあるセカンドカントリー、第2の祖国の通称が変わらないことをひとえに祈るばかりだ。

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モハンティ三智江 モハンティ三智江

作家・エッセイスト、俳人。1987年インド移住、現地男性と結婚後ホテルオープン、文筆業の傍ら宿経営。著書には「お気をつけてよい旅を!」、「車の荒木鬼」、「インド人にはご用心!」、「涅槃ホテル」等。

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