ビッグモーター事件で露呈した日本社会の劣化

片岡亮

相次ぐ企業不祥事が意味するもの
「日本人は悪いことを平気でするようになった」

36年間、日本に住んだマレーシア人の大学講師が口にした言葉だ。

「2015年に東芝で2千億円超の不正会計問題が起きたとき、あんなトップ企業でも見せかけの利益を作るようになったのかと驚いたものです。最近では米やアサリの産地偽装、東京オリンピックでは汚職、新型コロナウイルスでの給付金詐欺など不正が次々と明らかになっています。そして今度はビッグモーターと損保ジャパンの事件。これが日本とは思えない劣悪な話ばかりです」

マレーシアでは1982年に、当時のマハティール・ビン・モハマド首相が「ルック・イースト政策」を提唱、日本人の勤勉さや倫理・道徳観などを社会発展の手本にした。筆者が拠点とする首都・クアラルンプールでも、いまだ多くの人々が、日本人に「誠実で勤勉」の好印象を持っている。それだけに、最近の企業不正問題のニュースには「日本人らしくない」との声が聞かれた。

日本政府も出資して後押ししてきたマレーシア人の日本留学は、確実に現地社会に息づいている。たとえばクアラルンプールの中心街で、カフェ「マグマグ」を営む中華系マレーシア人のトン・ワンハーさんは、9年間の日本での留学・就労経験を活かし、店員の接客態度や店内の清潔感、労働倫理などに日本流を取り入れて、わずか2年で3店舗目の出店に成功した。

「日本から学んだことは本当に大きいです。お金儲けだけを考えるのではなく、働く人々にとっての幸せ、お客さんにとっての心地よさも含めた誠実な経営をしたいと思えるようになったんです」

しかし、いまや逆転現象も起きている。いわゆるコロナ禍では、マレーシアの方が国からの給付金や専用アプリなどで日本よりずっとスムーズな対応がなされていた。混乱や不正を最小限にとどめたことが、欧州のメディアでも絶賛されている。

日本は現金給付だけでも混乱を引き起こし、IDも、マイナンバーカードに代表されるように、満足に制度作りができていない。そんな行政のお粗末さに加え、個人の側でも給付金詐欺などの犯罪行為が全国的に広がったのは、日本人が隙あらば悪行に走るマインドに陥っているということだ。もはやお手本の先進国とは、とてもいえないのである。

中古車販売の大手ビッグモーターの保険金不正請求事件は、まさに「悪いことを平気でするようになった日本人」の典型例だ。顧客から預かった車を傷つけて修理代を水増しし、損保会社に保険金を不正請求、それが全国的な規模で発生していた。7月25日に創業者の兼重宏行社長が会見して辞任を表明したものの、罪悪感すらみられない態度に終始し、不正は社員が独断で行なったこととした。結局、社内からの無数の告発を抑えきれず、企業主導の巨大詐欺事件であることが明るみになった。

さらにこの詐欺に加担したのが、息子の前副社長・宏一氏が過去に在籍していた損保ジャパンで、共犯関係にあったことから、いまや中古車業界の問題で終わらなくなっているのだ。

ビッグモーターでは保険金不正請求のみならず、とても大手企業とは思えないモラル無視の悪行を日常的に行なっていたことがわかっている。後述するように社内の空気も超ブラック企業といえる有様で、あまりの醜態に、中古車検索サイトの「カーセンサー」や「グーネット」が商品の掲載を停止、もはや会社は死に体だ。

兼重氏の後任となった和泉伸二社長は「信頼回復に努める」と語ったものの、1%の株も持っていないまま創業者一族の支配下から出ておらず、泥船を漕いでいるようにしか見えない。

「3.9兆円市場」への波及
 恐ろしいのはこの泥船が沈むことではなく、沈んでからの悪影響だ。いま中古車業界は「ビッグモーターの在庫車が市場に流出して中古車価格が下落する」と予測し、戦々恐々としている。業界全体で3兆9千億円もの市場規模で、同社は昨年度トップの15%を占める最大手だからだ。

首都圏に6店舗を持つ中古車販売店オーナーに話を聞いた。

「中古車市場は東日本大震災の後、需要が増え続けていました。新車の納車遅れや価格の値上げが相次いだので、格安で即時納車できる中古車の人気が高まっていたんです。でも、今回のビッグモーター事件で生じた不信感から中古車人気は急降下し始めています」

ほかでもないビッグモーターの現役社員A氏も、「この問題は長期化する」と断言している。その理由は「全国的に不正の手口が広がっていくから」だというから恐ろしい。

「なぜならビッグモーターは、トップだけが悪党という会社ではないからです。新社長が会見で涙を流しながら、良い社員もいっぱいいるとか言っていましたが、この会社に3年以上いれば、みんな何かしらの不正に関わっているか、不正を知っている人ばかり。悪いことに慣れた社員たちが、辞めて他社へ散らばったらどうなるか。急に品行方正になるとは思えません。もともと中古車業は大なり小なり不正やごまかしが多い業界。不況になるほど、さらに不正が拡散していくと思います」

和泉社長は謝罪会見翌日、退職者が6名だったことを「会社が生まれ変わるという期待を持っているのでは」と肯定的に捉えてみせた。しかし、A氏は「まるでバカ殿」と一笑した。

「和泉さん自身が、ブラックな社風でも自分の出世と営業成績を優先してきたような人。部下が本当はどう思っているかなんて、理解できないタイプですよ」

実際、SNSでも「もう辞めよう」とつぶやく社員が急増中で、「毎日のように、アイツも辞める、俺も辞める、そんな話ばかり聞かれるようになった」とA氏。

「みんなすぐに辞めないのは、単にしばらく様子を見ているだけ。今すぐ退社したら、いかにも不正に関わって辞めたという感じの履歴書になってしまうからです。数カ月は我慢して、会社が傾いたので辞めるしかなかったという風にした方がいいって、みんな言っていますよ。僕自身も次の準備をしてから辞めようと思っています。ただ、倒産してからでは急に転職先を探せません。給料の未払いが起きる心配もあるので、あまり時間をかけたくないのも本音。半年以内に退職者が一気に増えるのでは」

約6千人の従業員を抱えるビッグモーターは、大半が退職予備軍というわけか。

A氏が付き合いのある本社社員の動向を探ったところ、こちらも大勢が退職準備中で「収益が大幅に減れば給料にも響く。これまで出ていた手当がなくなり、人が辞めればひとり頭の業務も増え、ノルマも厳しくなる」とボヤいていたという。

退職時にもさまざまな妨害が
 新社長の楽観的な見立てとはまったく逆のビッグモーター。もともと会社に愛着を持たせるような社風ではなく、社員に高額な報酬をちらつかせ、厳しいノルマを課して急成長してきた企業だった。給料が見込めなくなれば、在職する意味がゼロになる。

多いときには年収2千万円以上を稼いでいたという、ある敏腕営業マンも、部下たちを連れて「グループ」ごと他社への移籍を交渉しているという話だ。

「仕事ができる人ならビッグモーターじゃなくてもやることは同じなので、同業者が欲しがるんです。客に言わなければ元ビッグモーターとはわかりませんし、引き抜きみたいなことも始まっています」(A氏)

しかし、退職組が増えるほど出てくる懸念が、「ビッグモーターでの不正を他社でもやらかす可能性」だ。

「他社がほしがるような、極端に成績の良い営業マンや整備士は、何かしらの不正をやっていた者が多い。同じことを、ほかでも続ける可能性がありますよ。車のダメージを増やして修理代を水増しなんてのは、実は、ほかの業者でも見られることですから」

A氏が仲間である社員について、ここまで言い切ってしまうのは、まさに罪悪感なき職場を5年以上も見てきたからだ。

「自分も不正に関わってしまいました。それでも、社員はみな何とも思っていない感じで、詐欺グループにいるような感覚さえありました。こうやればもっと金がとれるとか、普通に悪い手口を提案し合うような職場なんです」

A氏の元同僚で、2年ほど営業職に就いた後、「ブラック企業を絵に描いたような会社」と感じて騒動前に退社したというB氏にも話を聞いた。

「幹部や上司とか、長くいる人に社会常識が通用しないし、罪悪感がまったく見られない。入社時から退職時まで異常な会社でした」

B氏がビッグモーターに入るきっかけとなった求人サイトには、「最高年収4千万円、入社2年目で2千万円以上稼いだ人も。9割の社員が年収650万円以上」とあった。

仕事は「100%反響営業(宣伝等で集めた顧客への営業)」で、ネット問い合わせの客のみ対応、とあったが、実際に働いてみると違っていた。

「厳しい販売ノルマがあって、研修直後から店長が『ネット客を待ってるだけじゃ達成できねえぞ!』と言っていました。年末年始の休暇も書いてあったのに、元旦から勤務。ほとんど毎日が残業で、平均12時間勤務でも、月42時間は見なし残業といって給料に5万円追加されるだけ。結局、手取りで平均36万円ぐらい、年収にして500万円にも満たなかったです。入社3~4年ぐらいで年収650万円を超えた人なんて、1人いたかどうかぐらいでした」

このB氏が上司である店長に退職を伝えると、「ウチでは半年前に言うのが常識、最低でも4カ月前」と言われ、その日から「辞めるから手を抜いている」と言われるなどパワハラが増した。果てに「退職する人の礼儀」という理由で、自分の成績を他人の成績にされ、給与が減らされたという。

「文句を言えばパワハラがひどくなるだけなので我慢しました。退職には既定の書類が必要なんですが、それを依頼しても届くまでに1カ月かかって、結局、辞めると伝えてから5カ月も働いたんです」

さらにこの店長は、その間にも異動の辞令を出し、B氏の自宅から通える距離ではない他県に移るよう命じた。B氏が断ると「会社に問題がない自主退職ね」と言われたというのだ。

「退職届の書類を見てビックリです。退職理由の欄には『一身上の都合』と『定年』『結婚』の3つしか選択肢がなく、退社は何が何でも社員の勝手な都合で辞めたという風に工作していたんです」

なぜこれまで問題化しなかったのか
 前出のA氏によると、問題発覚後の8月上旬には上司が「勝手にマスコミに話したら損害賠償を請求する」と脅すような話もしていたという。

 

それでも、内部事情の暴露は止まらない。そもそも今回明らかになったような不正行為も、数年前に業界専門誌で報じられたことがあった。経営計画書には、「経営方針の執行責任を持つ幹部には、目標達成に必要な部下の殺生与奪権を与える」と書かれているなど人権無視の社風も以前から漏れ伝わっていた話。今年に入って複数の店舗での不正車検で運輸局から処分されており、「罪悪感がまったく見られない」という社風はまさにそのとおり。現在もあらゆる悪行が、社員・元社員から日々暴露され続けており、創業者の「知らぬ存ぜぬ」など、誰も信じなかったのだ。

すでに国民生活センターにはビッグモーターに限らず、中古車に関する相談が急増中で、名古屋のグッドスピードにも飛び火している。さらに、国交省の通報窓口にも不正車検などの告発が届いており、自動車の整備・修理そのものの信頼性が急落、業界全体に悪影響が出ている。

バブル崩壊後の日本社会を振り返れば、「不況」からの脱却を焦るあまり、多くの企業が身の丈に合わない急成長に走った側面がある。末端労働者たちが無理なノルマに追われることで悪事や不正が増えることとなった。

この現象はビッグモーターや中古車業界のみならず、近年の日本に起き続けていることだ。冒頭のマレーシア人講師は、こうした罪悪感なき不正の環境を変えるのに「利益至上主義をやめろと言っても難しい」と語り、こう続ける。

「国家の歴史が浅いマレーシアでも政治家の汚職や企業の不正はたくさんありましたが、そこで『誠実になれ』というだけでは効果がないんです。必要なのは、不正が発覚しやすいシステムです。マレーシアでは空港や税関での不正入国を手助けする汚職が蔓延していましたが、通報システムを強化して、何100人もの悪徳職員が摘発されました」

実際、クアラルンプール空港に行くと不正通報の看板が各所に見られる。

「マレーシアでは通報者の身元や立場を完全に守るシステムがあり、ときに通報ボーナスを払うこともあるので、税関汚職を一掃できたんです」

日本でも内部告発は増えつつあるものの、いまだ「社内の情報を外部に漏らす」という負のイメージが拭いきれていない。不正を知った人がネットやマスコミに情報提供するだけでなく、行政や司法機関に通報しやすい仕組みがあれば、不正告発と摘発をセットにできる。お隣の韓国でも、内部告発に関して日本よりも、より詳細な法整備がされ、効果を上げている。

近年、「コンプライアンス遵守(法令遵守)」が奨励され、不正を早期発見するリスクマネジメントをさまざまな企業が標榜している。それでも、具体的な不正防止のシステムを持っているわけではない。東芝の不正会計、スルガ銀行の不正融資、かんぽ生命の不適切保険勧誘などの問題は、従業員のコンプライアンス意識云々よりも、ガバナンス(管理)制度が骨抜きにされて起きたことだ。「隙あらば人を騙してでも金を稼ぐ」というマインドが横行してしまえば、コンプライアンスなどと口にしても無意味なのである。

さらに、今後ビッグモーター一社が潰れても、同じマインドの人々が同種企業に散らばれば、そこでも似た不正が起きるリスクは野放しのままだ。

「誠実で勤勉な日本人」がすでに過去のものになったとすれば、事態は深刻だ。今後、新たなビジネスが生まれても、そこで人々が不正の機会や抜け道を探すオチにしかならないからだ。大手企業のみならず、模範となるべき政治を巡っても不公平な搾取ばかりが目に付くだけに、人々が真面目に働くのがバカバカしくなってしまえば、「今だけ、金だけ、自分だけ」の風潮に拍車がかかることになる。

現在、ビッグモーター問題を国民が大声で糾弾しているが、そんな正義感に溢れた社会ならば、こんなことは起きていない。この国家的異常事態こそ、着目すべきだろう。

(月刊「紙の爆弾」2023年10月号より)

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片岡亮 片岡亮

米商社マン、スポーツ紙記者を経てジャーナリストに。K‐1に出た元格闘家でもあり、マレーシアにも活動拠点を持つ。野良猫の保護活動も行う。

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