【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第45回 こんな低能力の鑑定機関でいいのか!科警研による旧鑑定とその後の訂正は全て誤り

梶山天

足利事件の犯人として千葉刑務所に服役中の菅家利和さんの血液と口腔粘膜を無事採取してきた筑波大学の本田克也教授は翌日(2008年1月30日)、まだ熱があったにもかかわらず、早朝から大学で検査を始めた。警察庁の科学警察研究所(科警研)が行った鑑定が本当に正しかったのか、どうか。確かめるチャンスが目の前に来ようとしている。高鳴る鼓動を抑えながら、早く結果を知りたかった。

菅家さんの血液と口腔粘膜からDNAを抽出してYファイラーを行い、6日前に検査済みの被害者肌着由来の精液との比較を息を呑んで行ったのだ。その後は、今では再現が難しいとされるMCT118法による結果の確定だ。そうすればこの再鑑定の重要な目的はクリアできると思い、実験をただただ続けた。

数時間後、コンピューターの画面に電気泳動図が表示された。その結果を、肌着の精液の結果と突き合わせた。バンドがずれている。目にした瞬間、本田教授に戦慄が走った。菅家さんの試料から検出したDNA型は、肌着遺留精液といくつも異なっていた。もしかしたら、菅家さんは、本当に無実なのか。驚くべき結果に驚愕した。

電気泳動法を組み込んだ最新の機器でMCT118法を行ったのだ。極めて高感度の機器で、小さなバンドも確実に拾い上げる。その結果、菅家さんの試料からは18‐29型が出た。押田鑑定と同じ数値だ。一方、肌着の試料からは18型の他に、やや低いバンド「24型」を認めた。科警研の結果によるのであれば18‐29型のはずだが、28~30の付近にバンドは見られなかった。増幅条件を変えて挑戦してみても18と24の位置にしかバンドが出なかった。28~30付近には、ノイズやベースラインの乱れがあるだけだった。

肌着遺留精液のDNAに18型があることは、ほぼ疑う余地がない。しかし24型バンドはピークが低い。MCT118法には、高分子のバンドと低分子のバンドとのピークバランスが悪いという大きな欠陥があった。前者が出にくいのである。また、「非特異的バンド」という、本来は出てはならない位置にバンドが増幅される欠陥も抱えている。

科警研は飯塚事件のDNA鑑定で、非特異的バンドを正しいバンドと読み間違えるミスを犯していたことも、本田教授は後で知った。科警研の技官らが設置したプライマーと温度条件が適切ではなかった可能性が高い。おそらくは実験で確かめたというより、計算で設定した観念的な条件でPCRを設定したことが過ちの要因だろうと本田教授は考えていた。

ともかく、旧鑑定にない24型が出た。菅家さんが犯人ならあり得ないし、29型がないことも不自然なのだ。MCT118法を熟知していた本田教授は、さらに慎重に実験した。

汚染がないように試薬系を全部変える。プライマー位置に変異があると、遺伝子の脱落が起こりうるので、プライマーを変えてみる。また、出ているバンドが本当にMCT118部位なのかどうか確かめるために、DNAの塩基配列を全て明らかにする「ダイレクトシークエンス」を行った。それでも結果は変わらない。

次に、肌着の試料をさらに範囲を拡大して採ってみた。絞り出すように2回に分けて抽出したが結果は同じで、菅家さんと共通の29型はなかった。ややピークは低く不安定であるが、ヘテロ接合体とすれば18‐Xと判定される。最も可能性が高いのは18‐24型だ。ホモ接合体とすれば、バンドが高い18‐18型になる。

本田教授の実験は、数百回を超えた。しかし、何度実験しても、肌着の遺留精液から菅家さんと同じ上位バンドの29型は全く検出されなかった。その代わりに24型のバンドが多く検出されたが、これとてMCT118法が抱えている欠陥のため、確実に24型であると断言することはできなかった。

本田教授は、これまでの検査結果を整理してみた。菅家さんは18‐29型、肌着の精液は18‐24か18‐18型以外は考えにくい。あるいは、古い試料であるがゆえに29型以上の高分子のバンドを持っていても、DNAが壊れているため、増幅されなかった可能性も否定できない。いずれにしても、両者が一致したという旧鑑定を完全に否定できる。もちろん、科警研が論文で修正した16‐26型が18‐30型であるという読み替えも誤りだ。

また、飯塚事件の鑑定人の証言を引用した18‐29型にも対応するという拡大解釈も間違っている。つまり、旧鑑定とその後の訂正は全て誤っていた。肌着の遺留精液が菅家さん由来ではないことは明白だ。18‐18型、18‐24型、18‐31型以上の非増幅の型……真犯人の型は、この三つの可能性しか残されていない。

次に、肌着遺留精液のYファイラーを行ってみた。Y染色体由来のバンドが出ていることから、男性由来のDNAを含んでいることは明らかだ。また何度繰り返してもバンド位置の大きなずれはなく、精液は同一人物に由来すると考えられる。しかもその型は、菅家さんの型とはいくつも異なっている。

最高裁で確定判決がなされ、再審請求は却下され、17年も懲役刑に付されている人が無実なんて……。本田教授は、鑑定を重ねた。やればやるほど、菅家さんと肌着の試料との違いは明瞭になっていった。常染色体STR法も行ったが、やはり結果は異なっていた。

ただし、この方法は女性のDNAも検出する。被害者の真実ちゃんや家族のDNAを拾う可能性がある常染色体STR法の検査結果は、鑑定書へ記載しない方がよいかもしれないと思った。とはいえ、結論として、MCT118法、常染色体およびY染色体STR法の全ての結果が菅家さんと遺留精液とのDNA型が異なることを示していた。

本田教授は、次にやるべきことを考えた。正確な型判定をするには、Y染色体の量がもっと多い部分がよい。それを探すため定量PCRを行った結果、肌着のやや深部がもともと適していることが判明したのだ。表面には、女性細胞由来のDNAもわずかに混入していることもわかった。真実ちゃんのものだろう。常染色体STR検査結果を全面的に使用するのはやはり危険だ。一方、Yファイラーは型判定には影響はない。性犯罪では、大きな力を発揮する。Y‐STR法の威力を、本田教授は再確認した。後日談だが、肌着から抽出したDNAには女性細胞由来もわずかに混入していることを鑑定書に記載したところ、それから数日も経たないうちに新聞各社は「弁護側には女性由来のDNAが混入している」と特ダネであるかのようにスクープした。弁護側のDNA鑑定が誤っているかのような報道だった。混入は当たり前のことなのにと本田教授は呆れたが、これも本田鑑定つぶしを謀る検察、科警研の指摘を記者が鵜呑みにした結果であろう。このような本田教授へのバッシングはそれから延々と繰り返されることになる。

千葉刑務所で菅家さんの血液と口腔粘膜を採取後、すぐに大学で本田教授が挑戦した鑑定によって、菅家さんの無実が証明できた。菅家さん逮捕の決め手ともなったと当時、報道が褒めたたえた科警研による遺留精液と菅家さんがゴミとして捨てたティッシュペーパーのDNAが一致したという旧鑑定と、その後に科警研が123ラダーマーカーとアレリックラダーマーカーの型番号対照表なるものを添付し論文で修正した16‐26型が18‐30型であると読み替えできるという訂正もすべて誤りだった。

警察庁の科学警察研究所(千葉県柏市)

 

本田教授による鑑定によって、科警研が隠し通した誤判が証明されるまでに17年の歳月が流れた。これは、科警研技官たちの鑑定技術の能力の低さから招いた誤判を隠すことに集中し、無実の人を犯人に仕立てた「捜査機関の犯罪」と言っても過言ではない。なのに一度たりとも科警研は、謝罪したことはない。この科警研はもう解体すべきだ。そして捜査機関から独立した新たな鑑定機関を国が作ることが今一番求められていることだと思う。それなくして、捜査機関のDNA独占の現状では、ざるに水を足すのと同じで、冤罪を抑止することはゼロに等しい。

DNAは決して嘘はつかない。なぜかというと、DNAは、両親から子どもに受け継がれる遺伝子だからだ。嘘を吐くのは、そのDNAを採取し、鑑定する人間が私利私欲のために鑑定結果を変えるからだ。足利事件はその一つなのだ。鑑定人の汚染というのがあるが、それを防ぐために頭から足まで汚染防止が採られているからよほどのことでしかありえない。

誤認逮捕を隠すためにDNA型鑑定結果を改竄した事件も記憶に新しい。昨年4月1日からISF独立言論フォーラムがホームぺージ開設と同時にスクープ配信した調査報道の「今市事件」である。

犯人がいた鑑定結果を改竄された粘着テープ

 

2005年12月1日に栃木県今市(現日光)市内の小学1年の吉田有希ちゃん(当時7歳)が下校中に何者かにさらわれ、翌日に小学校から約60㌔離れた茨城県常陸大宮市内の山中で遺体が見つかった。

遺体解剖前の大宮署での検視の際に被害者頭部から5センチ四方の粘着テープが見つかり、解剖医に許可をとらずに栃木県警に持ち帰った。被害者の鼻付近から頭までぐるぐる巻きにしていたもので、犯人が暗闇の山中に遺体を捨てる前に剥がし損ねたもので、まさに犯人割り出しが期待された。

栃木県警の科捜研はこの粘着テープのDNA型鑑定を①05年12月、②13年8月、③翌14年3月――と計3回行っていた。裁判員裁判だった16年4月に宇都宮地裁で始まった一審裁判で検察側が鑑定結果について、1回目では被害者だけ、後の2回は鑑定した科捜研2技官の汚染として犯人追及はできないと説明し、裁判所はこれを認めて証拠から外した。しかし、犯人とされた肝心の勝又拓哉さんのDNAは検出されていなかったのだ。

裁判官も弁護団も鑑定結果を裏付けるエレクトロフェログラムで確認していなかったのだ。

それに気づいたISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天が弁護団を通じてエレクトロフェログラムの開示をしてもらい、昨年に本田教授と徳島県警科捜研出身の藤田義彦元徳島文理大学大学院教授にエレクトロフェログラムの検証を依頼。その結果、鑑定結果は偽造されたもので、いずれも被害者と異なる女性のDNAが存在する。この女性が犯人の可能性があるとした。

 

昨年4月にISF独立言論フォーラムのスタジオに梶山の司会で、ゲストとして本田教授と、リモートで藤田教授が出演。問題の粘着テープの栃木県警科捜研の鑑定結果の検証をエレクトロフェログラムなどで行い、検察が一審法廷で「科捜研技官2人のコンタミもあり、犯人割り出しは難しい」とした鑑定結果がでたらめで、犯人とみられる女性の存在が認められたことを国内で初めて明らかにした。

 

なぜ、検察はこの女性の存在を一審で隠したのか。被害者を解剖した本田教授が死亡推定時刻や殺害場所、目の下や首にできている傷、そして性犯罪の痕が全くないことなど解剖結果がことごとく違うことから勝又さんは犯人ではないと指摘したにもかかわらず、裁判官たちは無視した。

これって大変な事実ではありませんか。今市事件を担当した裁判官、どう思いますか?

捜査側の嘘つき大会を容認し、そしてたたえ、一審、控訴審、そして最高裁。無実の人を刑務所に送ったのは、あなたたち裁判官です。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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