【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(9)ウクライナの軍需産業を育てる欧米諸国の政策:イスラエルと同じ構図(上)

塩原俊彦

 

 

 

拙著『知られざる地政学』〈上巻〉において、「イスラエルの安全保障への米国のコミットメントは「質的軍事的優位性」(Qualitative Military Edge, QME) によって守られているのだ」と書いた。そのうえで、QMEについて詳しく論じた(296~298頁)。米国政府は、ウクライナの安全保障のために、このイスラエル方式をウクライナにそのまま適用することを考えているわけではない。イスラエルは核兵器を所有する国家であり、ウクライナとは根本的に異なっているからだ。

それに代わって、米国や欧州諸国のウクライナの安全保障へのコミットメントとして浮上しているのが「質的抑止力バランス」(qualitative deterrent balance)という概念である。これについても、拙著のなかで説明しておいた(298頁)。ウクライナの安全保障にコミットする諸国が優れた装備、訓練、情報、および欧米の技術企業との協力といった官民のソリューションの組み合わせにより、ウクライナがロシアの戦場での優位性に対抗または相殺できるようにすることをイメージしていることになる。

その一環として、ウクライナでの軍需産業の育成が本格化しようとしている。日本のマスコミ報道ではほとんど考察されることのない問題だが、ウクライナ戦争の今後を予測するうえでも重大な問題なので、ここで論じることにしたい。

ウクライナと米国は共同で武器生産へ
2023年9月21日付の米ホワイトハウスの発表によると、この日、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領はジョー・バイデン大統領とホワイトハウスで会談した。興味深いのは、発表文に、「米国は、ウクライナの防衛産業基盤との連携を含め、長期的にウクライナの防衛力を強化することにコミットしている」と記されている点だ。その記述のあとに、「そのため、米国政府は今秋、米国の防衛産業、ウクライナのビジネスリーダー、両政府の高官を集めた会議を主催し、合弁事業や共同生産の選択肢を探る」と書かれている。

どうやら、米国政府はウクライナにおける米国の軍需産業とウクライナの軍需産業の共同武器生産を後押しすることを明確に打ち出したことになる。このため、9月22日未明、ゼレンスキー大統領は、「前日にワシントンでバイデン大統領と会談した際、米国との間で兵器の共同生産に関する「長期協定」を結んだと発表した」とNYTは報じている。

実は、ワシントンに滞在中の9月21日、ゼレンスキー大統領は駐米ウクライナ大使館において、米国のアリゾナ州とユタ州にある防衛産業機関とウクライナ戦略産業省との間で覚書が署名されるのを見守った。アリゾナ防衛産業連合(Arizona Defense and Industry Coalition)が結んだのは協定で、ウクライナとアリゾナ州をはじめとする米国の対象州の防衛・鉱業事業体とのつながりを構築し、合弁事業や生産機会の開発を支援することを目的としている(資料を参照)。ユタ航空宇宙防衛協会(Utah Aerospace and Defense Association)は、ウクライナとユタの航空宇宙・防衛・安全保障関連企業との協力関係を促進するための覚書を締結した(ニュースリリースを参照)。

とくに、アリゾナ州内には、1200社を超える防衛関連企業および非防衛関連企業のネットワークがあり、調印式には、アリゾナ州選出のマーク・ケリー上院議員(民主党)も出席し、カーステン・シネマ上院議員(共和党)の事務所の上級スタッフとともに、ゼレンスキーと短い会談を行った。いわば、米国の軍産複合体はウクライナ戦争で一儲けをもくろんでいるのだ。

ドイツや英国の軍需企業もウクライナへ
同じく、ドイツや英国の軍需企業もウクライナへの進出を計画している。ドイツ・デュッセルドルフを拠点とするヨーロッパ最大級の兵器メーカー、ラインメタルは2023年5月、ウクライナの国営企業ウクルオボロンプロムとの戦略的協力協定の締結を発表した。第一段階として、戦闘車両の修理とメンテナンスが計画されており、その後、装甲輸送車両、歩兵戦闘車両、主力戦車などの装甲車両のウクライナでの生産が予定されている。

ほかにも、2023年8月19日付のウクライナの情報によると、ウクライナとスウェーデンは、スウェーデン製歩兵戦闘車CV-90を共同で生産・整備する意向表明書に署名した。ウクライナ大統領府によると、「本意向表明は、7月12日にヴィリニュスで開催されたNATO首脳会議においてウクライナとスウェーデンの間で署名された、機密情報の保護と防衛調達支援に関する協定に照らしても、ウクライナをより広範な文脈で支援するというスウェーデンの長期的なコミットメントを象徴するものである」という。

その後、同月、英国の軍需企業BAEシステムズはウクライナ政府と二つの合意に達した(プレスリリースを参照)。第一は、BAEシステムズのウクライナ支援を強化するもので、ウクライナの産業基盤の活性化を支援する。第二は、この支援に基づいて、BAEシステムズがウクライナと直接協力し、潜在的なパートナーを探り、最終的にウクライナでの105mm軽砲の生産を促進するための枠組みを構築するものだ。BAEシステムズは、こうした支援のための現地法人をすでに設立した。

フランスもウクライナ側と契約
2023年9月29日付でフランス国防省のサイトに公表された情報によると、9月28日、フランス国防相は防衛産業代表や国会議員を伴ってキーウを訪問した。その際、装甲車、大砲、無人機、サイバーシステム、地雷除去などの軍事装備の生産を専門とする約20のフランス企業の代表者は、ウクライナの製造業者と約10件の合意書や意向書に署名したという。これは、「フランスの援助を長期的に定着させる」目的で締結されたもので、フランス政府もウクライナの軍産複合体との連携を強化することで、支援の長期化をはかろうとしていることがわかる。今回の訪問は、ウクライナが9月29日に開催した第1回国際防衛産業フォーラムの一環であった。フォーラムにはNATO全域から20カ国以上の主要防衛企業が参加した。その後、この訪問時に、ウクライナ国営のアントノフとフランスのTurgis & Gaillard社がAarok MALEドローンの共同生産に関する協定に調印したこともわかった。両社は2024年に共同生産ドローンを発表する予定だ。

10月1日には、ウクライナのドミトロ・クレバ外相は、Xにおいて、「私たちは国内生産を強化し、NATO内外のパートナーとの共同生産を行っている」とツイートしている。

DXによる軍事プロジェクトの展開
注目すべきは、2023年4月に明らかになった防衛技術産業発展のための単一の調整プラットフォーム、「Brave1」の創設である。デジタル・トランスフォーメーション(DX)省、国防省、ウクライナ軍参謀本部、経済省、戦略産業省が、デジタル・トランスフォーメーション省が管理するイノベーション開発基金に基づいて設立した。国際的なパートナー、投資家、企業の参加も歓迎している。

その活動は五つの主要分野に集中している。①投資(安全保障・国防軍のニーズを満たす開発者に助成金を提供する)、②発明(安全保障・国防軍がウクライナの開発者の中から効果的な技術的解決策を見つけるのを支援する)、③プラットフォーム(業界関係者が一堂に会するプラットフォームを構築する)、④ショーケース(国防軍と交流し、開発品のデモンストレーションを行い、その使用に関するフィードバックを受ける)、⑤後押し(安全保障・国防軍のニーズを満たすプロジェクトに包括的な支援を提供する)――というのがそれである。

8月12日の情報によると、Brave1の結果、15のプロジェクトが22万5000ドルの資金提供を受けた。その段階で、別の15件が23万5000ドルの契約締結段階にあった。とくに、無人機開発において、Brave1が大いに貢献している。ウクライナ議会は2023年5月、国内の無人機メーカー向けの優遇税制を立法化した。すでに、ウクライナ国内には、300社を超す無人機メーカーが存在する(Wired, Issue 31.10, 2023, p. 15)。

(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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