【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(9)ウクライナの軍需産業を育てる欧米諸国の政策:イスラエルと同じ構図(下)

塩原俊彦

 

 

「知られざる地政学」連載(9)ウクライナの軍需産業を育てる欧米諸国の政策:イスラエルと同じ構図(上)はこちら

 

中国の民生用無人機が焦点
中国製の民生用無人機は世界の市場を圧倒していることはよく知られている。NYTによれば、DJI、EHang、Autelといった中国企業は、10年以上前からドローンの生産規模を拡大してきた。調査団体DroneAnalystによると、中国最大のドローンメーカーであるDJIは、世界の消費者向けドローン市場で90%以上のシェアを占めている。なお、2022年4月、DJIはロシアとウクライナでの事業を中止すると発表した。同社はこれらの国の旗艦店を閉鎖し、ほとんどの直接販売を停止した。その代わりに、オンライン募金に支えられたボランティアが、ウクライナに何千機ものコプターを持ち込んだ。ロシアは友好的な隣国を通じて新たなルートを見つける一方、中国の輸出業者を通じてドローンを受け取り続けた。

ウクライナはこれまで、中国製民生用無人機を改造し、ロシア軍への攻撃に利用してきた。しかし、2023年9月1日から、中国政府はドローン部品の輸出を制限する新しい規則を施行した。その結果、「ニューヨーク・タイムズ紙の分析によると、ここ数カ月、中国企業はウクライナ人へのドローンや部品の販売を減らしている」という。

同じNYTの報道では、「英国の安全保障シンクタンク、王立合同サービス研究所によると、ウクライナは月に推定1万機の無人機を失っている」。貿易データによると、中国企業がウクライナに直接出荷したドローンは、今年6月までの累計で20万ドル強に過ぎないが、同じ期間に、ロシアは中国の貿易会社から少なくとも1450万ドルのドローンの直接出荷を受けているという気になる話もある。ウクライナは依然として数百万ドルの中国製ドローンや部品を入手しているが、そのほとんどはヨーロッパの仲介業者から入手したものだとみられている。ウクライナは、無人機の新興企業を支援するプログラムや、その他のドローン取得の取り組みに10億ドルを計上しており、資金だけは潤沢だ。

ウクライナの軍需企業
『ウクライナを知るための65章』なる本で、私は「ウクライナの軍需産業」という項目を担当したことがある。そこでは、「一説にはソ連崩壊で、ソ連全体の「国防産業コンプレクス(複合体)の3分の1がウクライナに「相続」されたと言われている」と書いておいた。とくに重要なのは、ミサイル部品、輸送機、ジェットエンジン、船舶用ガスタービン、装甲車など、比較的重要な兵器の製造工場がウクライナに残されたことである。

別の情報では、ソ連崩壊直後のウクライナには、205の工場と130の研究開発拠点を含む700の軍事企業があり、約150万人のウクライナ人が働いていた。ウクライナの第2代大統領レオニード・クチマは、ソ連時代にドニプロ市で世界最大のロケット工場を経営していた。ハリコフの主力工場では年間900輌の戦車を生産していた。

これは、ソ連が狭義の軍産複合体をソ連経済において優先的に位置づけてきたことを反映したもので、ソ連崩壊後になっても、この軍事優先の経済体制はその後継国であるロシアにもウクライナにも影響をおよぼした。いわゆる市場経済化を推進する際、軍民転換をどう進めるのかとか、武器輸出による外貨収入をどう位置づければいいかなど、重大な経済問題の要となってきたのである。

ウクライナの場合、ロシアの軍産複合体との協力関係を維持することで、すでに旧式となった製品の命脈を何とか守ってきた。しかし、2014年のロシアによるクリミア併合以降、両国の協力関係は頓挫した。それ以降、ウクライナの軍産複合体は深刻な経営状態に陥ってきた。その意味で、前述した欧米企業との協力関係の強化はウクライナにとって渡りに船の歓迎すべき政策といえる。

新しい段階にあるウクライナの軍産複合体
2023年3月、ゼレンスキー大統領は、2021年8月から2023年2月まで国営のウクライナ鉄道のCEOを務めていたオレクサンドル・カミシンを、2020年7月に設置されていた戦略産業省の大臣に任命した。同省は、国の持ち株会社ウクルオボロンプロムを再編し、その傘下の軍産複合体の改革を担っていた。

カミシンは、ウクライナの鉄道の責任者として、空爆や停電、鉄道網の大部分が占領されたにもかかわらず、鉄道の運行維持に貢献し、国民的な名声を得た。彼が行った改革は、中間業者の一掃である。さらに、若い管理職の登用や、線路を知り尽くした熟練のエンジニアへの権限移譲であった。

つぎの課題と彼に与えられたのは、腐敗の跋扈するウクルオボロンプロムの改革だ。2023年7月、ブルームバーグとのインタビューで、6月の迫撃砲と大砲の砲弾の生産量は昨年1年間の生産量を上回ったと語り、わずかな期間での成果を誇示した。
たしかに、その改革は迅速で、6月末、ゼレンスキー大統領は、ウクルオボロンプロムの最高経営責任者(政治家)を、31歳のマリシェフ戦車工場長、ヘルマン・スメタニンに交代させた。その数日後、カミシンはウクルオボロンプロムを清算・解散させ、株式会社に変更した。新しい会社名は、ウクライナ防衛産業だ。

さらに、7月、カミシンはゼレンスキーとともにチェコとスロバキアを訪問し、協力協定を結んだ。たとえば、スロバキアとは、NATO標準の遠距離攻撃機と弾薬の共同生産を取り決めた。

興味深いのは、2023年9月に新しい国防相に就任したルステム・ウメロフが、ウクライナの防衛産業と兵士の能力を高め、欧米の同盟国がウクライナを常に援助を乞う依存国としてではなく、自国の運勢を切り開くことのできるパートナーとしてみなすようにすることが自分の使命だと語っていることだ。就任後2週間で、7人の次官のうち6人を交代させた彼は波風が立つことを恐れてはいない。ウメロフは、「国産化できるものはすべて国産化しなければならない」と主張している。このウメロフとカミシンがうまく連携すれば、ウクライナの軍需産業がまったく新たに勃興する可能性さえ感じる。

10月9日、ゼレンスキーは、2024年のGDPの21%以上を国防に充てるという国家安全保障・国防評議会の決定を承認した。その赤字を埋めるために、約420億ドルもの財政支援が必要になるとデニス・シュミハリ首相は説明している。日本円換算で6兆円を超す金額を金額の一部は日本からの資金支援になるだろうが、それは回りまわってウクライナの軍需産業のために振り向けられる。こんな愚かな政策に日本国民の税金を使う理由は何なのか、説明してほしい。

戦争長期化や和平後をにらんだ布石?
ウクライナの軍需産業化はすでに指摘したように、「質的抑止力バランス」をにらんだ動きであろう。それは、和平後への布石といえないこともない。だが、戦争の長期化による武器調達の安定化をねらって、国内の軍需産業の再建を急いでいるとみることもできる。

いずれにしても、ウクライナ経済の今後は、こうした軍需産業の帰趨にかかっている。平和産業ではない軍需産業に頼らざるをえないウクライナの歪んだ現実を知らなくてはならない。それは、たとえウクライナに平和が訪れたとしても、ウクライナが軍事国家として生き残ることを意味している。そんな未来を欧米諸国が後押ししているのが実態なのである。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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