【特集】終わらない占領との決別

米国隷属国家日本を問う(前)

与那覇恵子

1.米国隷属国家日本の姿

・改憲論議

「日本は米国隷属国家である」と言われて、論理的に反論できる日本人はどれだけいるだろうか? 大学でディベートを教えてきたが、この論題においては、肯定側が圧倒的に有利だろう。論を支える証拠が豊富だからだ。

米国隷属国家日本というイメージは、国際的にも今や定着している。それは、世界で唯一の被爆国日本が、核兵器禁止条約に批准しない米国に追従する例をはじめ、国際舞台で米国に逆らう決定をしたことが殆ど無く例外を探すことが困難である日本の戦後史によって定着したと言える。肯定側の論拠としても、ただシンプルに次のことを挙げれば良いだけなのである。「日本では、日本国憲法より日米地位協定が上位にあり、国会より日米合同委員会が上位である」と。

昨年10月末の衆議院総選挙は立憲民主党など野党の躍進が期待されたが、終わってみれば、自民党261議席、公明党32議席、日本維新の会41議席、国民民主党11議席と全体の4分の3が改憲勢力となった。改憲に対する日本国民の意見も、昨年5月のNHK世論調査で「改憲の必要あり」が33%「必要無し」が20%で賛成が上回った。

There are many hurdles to carry out the constitutional amendment that requires the consensus of the people. However, due to the influence of the COVID-19, there is also a movement to include a clause that restricts the rights of the people in the constitution, and further discussions will be watched.

 

意識の変遷では、1992年の必要(35%)不要(42%)が、2017年に必要(43%)不要(34%)となって逆転している。安倍政権以降の自民党改憲案の焦点は、9条に自衛隊の根拠条項を追加し、さらに緊急事態に関する条項を新設するという、いわゆる「戦争のできる国」体制の総仕上げにある。9条改正については2017年:必要(25%)不要(57%)、2002年:必要(30%)不要(52%)と不要とする意見が多いものの、2021年の昨年は「必要あり」が28%「必要無し」が32%とその差は縮まっている。国民の意識も9条を含めた改憲に向かって行きつつある。安倍政権以降の長年の自民党による改憲に向けた広報の成果が徐々に表れてきたものと考える。

すでに昨年6月に憲法改正の手続きを進める国民投票法改正案が通過しており、改憲に向けた動きは政界から始まっていた。改憲論議も不十分なまま改憲を前提とした手段が決定されたわけで、すでに改憲ありきの状況である。その改正案も内容不十分で論議が必要だが、改憲や投票法で論議されるとしているものの、中途半端なまま押し切られる恐れが大きい。

改憲理由の一つに、安倍晋三元総理も主張した、米国に押しつけられた憲法だからといういわゆる「押しつけ憲法論」がある。しかしながら、憲法押しつけ論を理由に改憲に賛成する人達こそ、意識的か無意識か、米国の意のままに繰られる人達であり、押しつけ論で改憲を主張した安倍晋三元総理ほど米国追随の政治家は他にいないということになる。憲法こそ、戦後日本が米国の対日政策のままに翻弄されてきたことを示す具体例だからだ。日本が米国隷属である証拠資料の一つとして、憲法を例に挙げる。

・改憲も米国隷属

「押しつけ憲法論」に関しては、無理に引き受けさせるという「押しつけ」に相当するかどうかがまず問われるべきだろう。当時、日本国憲法に反対する勢力も無く、敗戦の苦難にあえぐ殆どの日本人は戦争嫌悪の気分にあり、世論は平和憲法を歓迎していた。逆に現在の改憲目的である9条の改正については上記で示したように今も反対が賛成を上回るので、「押しつけ」との表現も許される。国民にとってどちらが押しつけであるかは明瞭なのだ。

日本国憲法は確かに「非軍事化」という戦後初期対日政策(1)により米国主導で成立した憲法であると言える。が、日本の独自政策ではなく米国の影響下で成立したから改憲すべきとする人達は、平和憲法改正もまた、初期の対日政策を変更し日本「再軍備」政策(2)のもと警察予備軍(自衛隊)を設置して以来の米国の要求であることを知るべきだ。

1951年の吉田ダレス会談で吉田茂首相は「米国の軍事上の要求にはいかようにでも応じる」とし、米国が要求したのは「国防省設置」「日本の地上部隊の規模拡大」そして「憲法改正の可能性」だった(3)。平和憲法改正は当時の国民世論にそぐわぬものであり、また、できたばかりの憲法を突然変えるのは米国としても米国主導や介入があからさまなので、「ゆくゆくは平和憲法を改正せよ」との指示となったと思われる。そして、それは日米安全保障条約締結前からの米国の要求により実施を迫られてきたと言える。

敗戦国日本が平和憲法に独自性を発揮できたかを問うのならば、米国隷属の現在の日本が自民党改憲案に独自性を発揮できているかも問うべきである。自民党改憲案は独自性という点でどうなのか?

国民の権利や自由を制限し、政権の権力を強化する事項については、約8年の安倍政権、及び管政権の諸問題(モリカケ問題、公文書偽造、学術街義人事介入など)や制定してきた法律(安全保障関連法案、共謀罪、土地規制法など)に見る特徴と共通しており、日本政府の独自性が発揮されていると言える。

しかしながら、軍事事項の自衛隊明記については、吉田首相の「米国の軍事上の要求にはいかようにでも応じる」姿勢が今も堅持されていると見るべきだろう。

前述した、憲法より日米安全保障条約が上位の司法、全てが秘密裏に討議され、米国政治家ではなく米国軍人が出席、諸事を決定する日米合同委員会が国会より上位である政治が何よりの証拠である。安倍政権による集団的自衛権認可の流れと自衛隊明記からして、9条改正は、日本防衛より米国主導の同盟国の戦争のため米兵よりも自衛隊を使いたい米国の意向を反映させたものと考えるのが筋である。1951年以降の米国の意向を実現する時期がついに到来したわけだ。

つまり「押しつけ憲法論」を理由にした改憲論は、それ自体に矛盾を含んでおり崩壊するのである。戦後日本国憲法の歴史もまた、戦後日本の米国隷属を示す具体例であり、改憲は戦後日本の米国隷属の継続を憲法で公に承認するか否かを国民に問うものでもあるのだ。そのことをどれだけの日本人が認識しているだろうか。

・米国隷属の根源

吉田敏浩氏著『日米合同委員会の研究』が出版され、最近では知る人も増えた日米合同委員会は、日米地位協定ともども米国隷属国家日本を示す有力な証拠となっている。1952年に発足し、日米地位協定を具体的にどう運用するかを決定する月2回の実務者会議である(4)。「米国隷属国家日本」と称されるものの、支配者は米国ではなく米軍であり、実質は「米軍隷属国家日本」であると筆者が思う理由は本委員会の存在にあり、日本側は省庁から選ばれた官僚、米国側は在日米軍トップという構成メンバーにある。

Japanese Border with Flag of Japan and barbed Wire

 

確かに実務者達だが、日本の政治は官僚政治と言われてきたし、軍産共同体の支配下にあると言われる米国はCIA(米国中央情報局)を含め軍関係者の政治への影響力が強い。ミルズ(C. W. Mills,1969)は第二次世界大戦後、政治的、経済的な事柄を決定する際の軍人の政治的役割が増強したと指摘している。外交や国際関係に軍人の抽象的論議が強い影響を与えるようになった。そしてパワーエリートが軍人の考えを受け入れるようになっていき、外交の専門家が意見を主張する力を失ってしまったと言う(5)。これは、対話を基盤とする平和外交よりも戦争を前提とした武力外交が主流となったことを意味しており、日本にとっても人類にとっても不幸なことである。

一環として諜報機関が沖縄の運命決定に関わった例を挙げたい。戦後、沖縄の処遇について、日本の領土として非軍事化し返還すべきとする国務省(SWNCC59/1,1946/6/24)と米国の軍事基地とすべきとする軍部(JCS1619/8,1946/9/27)とで意見が分かれていた。1948年8月5日にCIAがアジアの基地としての沖縄の重要性についての報告書を出し、陸軍、海軍、空軍、国務省の諜報機関が賛同した。琉球列島(沖縄)はアジア地域で米軍が防衛、攻撃する際の地理的優位性を持つとし、戦後初期対日政策で非軍事化された日本やフィリピン、太平洋諸島の米軍基地を防衛、ソ連の力を弱め日本の再軍備をくじくとした。

報告書は諜報機関がいかに政治に直接的な影響力を及ぼしてきたかを示す証拠であり、それは現在に続く。異なる点は、米国の対日政策転換により再軍備させられた日本は軍事力を強め、フィリピンの米軍基地はフィリピン人の意志により退去させられ、米国の敵国はソ連ではなく中国となったことだ。冷戦終了後に解体されかかったCIAは「日本を見よ。俺達の傑作だ」と豪語したとされ、影響力は今も健在だ。安倍内閣で7年8か月内閣情報官を務め、特定秘密保護法、共謀罪、デジタル庁を生み出してきた北村滋氏は内閣直属の日本版CIA設置を目指す。彼への2020年の米国国防総省からの特別功労賞授与は、まさに米国隷属国家日本とCIAの日本への影響力の一端を示すものであると言える。

現在の日本の米国隷属の根源には、政治に大きな影響力を持つ軍人主体の日米合同委員会の存在がある。米軍の特権を維持するための多くの密約がここで生み出され、憲法を空洞化し日本の国内法を無視した治外法権を米軍に与えている。

白井聡が『永続敗戦論』を書かなければならなかった背景がここにある。サンフランシスコ講話条約とともに締結された日米安全保障条約、それを維持するための国としての尊厳を踏みにじる日米地位協定、さらに、それを維持するための民主主義を無視した軍人主導の日米合同委員会、これが現在の米国隷属国家日本を駆動する基本構成要素である。

まさに日本が米国の敗戦国であり続けるためのシステムとして機能している。同じ敗戦国でも、ドイツやイタリアでは日本で許されている米軍の特権が許されないという事実は、これらの国に日米合同委員会なる存在がないことを示すと同時に、米国の日本(アジア)に対する人種差別を物語るものでもある(6)。

今や日本は、官僚人事を握る安倍・麻生政治で、平和外交の努力よりも隣国脅威をあおり軍事力拡大を主張する軍人的思考のもと「戦争のできる国」づくりに邁進しており、日米合同委員会の米軍の思惑と一体化している。長期安倍政権は、その終焉も国民の意志(選挙)によるものではなくコロナ対策批判にやる気が失せた自主退席であった。

日本の独自性や自主性を保とうと努力した政治家は排除され続け、米軍におもねる政治家が長期政権を獲得する。誰が長期政権にあったかを見れば、誰が米軍や米国におもねり、日本の利より米国の利を優先してきた政治家かがわかる仕組みになっている。

対米従属路線を貫いた政治家としては、吉田茂・池田勇人・中曽根康弘・小泉純一郎・安倍晋三が挙げられ、自主路線を貫こうとした政治家としては、鳩山一郎・石橋湛山・重光葵・芦田均・岸信介・佐藤栄作・田中角栄・竹下登・梶山清六・橋本龍太郎・小沢一郎・鳩山由紀夫が挙げられている(7)。米国の援助で巣鴨刑務所A級戦犯から日本の総理となった岸氏を、安保条約の改定をダレス国務長官に迫ったということで自主路線政治家とすることには疑問が残るが、結論として言えることは、長期政権は国民の人気を測る物差しでは決して無い、それが米国隷属国家の特徴であるということだ。

 

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与那覇恵子 与那覇恵子

独立言論フォーラム・理事。沖縄県那覇市生まれ。2019年に名桜大学(語学教育専攻)を退官、専門は英語科教育。現在は非常勤講師の傍ら通訳・翻訳を副業とする。著書は「沖縄の怒り」(評論集)井上摩耶詩集「Small World」(英訳本)など。「沖縄から見えるもの」(詩集)で第33回「福田正夫賞」受賞。日本ペンクラブ会員。文芸誌「南瞑」会員。東アジア共同体琉球・沖縄研究会共同代表。

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