【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(14) 「リアルな戦争」について:だまされないための視角(下)

塩原俊彦

 

 

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国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への批判
この論文には、国連パレスチナ難民救済事業機関(United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East, UNRWA)に対する厳しい批判が書かれている。国連広報センターによれば、UNRWAは、第一次中東戦争によるパレスチナ難民を直接救済する目的で1949年に国連総会に基づいて設立された機関で、その活動は1950年5月に始まった(とはいえ、ヨーロッパで避難民キャンプを運営していた国際連合救済事業庁[UNRRA]を前身としている)。UNRWAは、中東に住む500万人を超える登録パレスチナ難民に必要不可欠のサービスを提供している。そのなかには、ヨルダン、レバノン、シリアの58の難民キャンプやガザ地区と東エルサレムを含む西岸に住むおよそ150万人以上の難民も含まれる。UNRWAは、2000年以降、進行中の危機がガザやヨルダン川西岸に住むもっとも脆弱な難民に与える影響を軽減するために、緊急人道援助を行っている。

ルトワックはこのUNRWAに対して、つぎのような批判を率直にのべている。

1.レバノン、シリア、ヨルダン、ヨルダン川西岸、ガザ地区のUNRWAキャンプは、全体として、それまで多くのアラブ人村民が以前に享受していたよりも高い生活水準を供与し、学校、優れた医療、石で覆われた地帯での骨の折れる仕事のない状況を組織した。それゆえ、これらのキャンプは逆効果となり、熱心に放棄されるトランジット・キャンプではなく、望ましい住居となった。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、アラブ諸国の後押しで、逃亡した民間人を生涯難民とし、生涯難民は難民の子どもを産み、その子どもたちは、今度は自らの難民の子どもを産んだ。

2.こうしてUNRWAは、半世紀にわたる活動の間、パレスチナ難民国家を永続させ、その憤りを1948年当時と同じ新鮮な状態に保ち、報復主義的感情の最初の花をそのまま咲かせてきた。INRWAはその存在そのものが、地域社会への統合を阻害し、移住を抑制している。さらに、パレスチナ人がキャンプに集中することで、難民の若者たちがイスラエルと互いに戦う武装組織に自発的に、あるいは強制的に入隊することが容易になった。UNRWAは、半世紀にわたるアラブ・イスラエル間の暴力の一因となり、いまだに平和の到来を遅らせている。

おそらくルトワックの主張を100%否定することはできないだろう。一部の論点について論駁することは可能だが、UNRWAが「純粋な善」であるとは言い切れそうもない。

NGOへの批判
ルトワックは非政府組織(NGO)についても批判している。NGOは自分たちを永続させることに関心があり、「知名度の高い状況で活動しているようにみえることで、慈善寄付を集めることを第一に考えている」と書いている。もっとも劇的な自然災害だけがマスメディアの注目を集め、それもほんの短い間だけである。対照的に、戦争難民は、適度にアクセスしやすいキャンプに集中していれば、持続的な報道を獲得することができる。「先進国間で定期的に戦争が起こることは稀であり、そのようなNGOにチャンスはほとんどないため、彼らは世界のもっとも貧しい地域の難民支援に力を注いでいる」という。

それだけではない。もっと手厳しい指摘もある。「難民国家をそのままにし、彼らの恨みを永遠に持ち続けることは十分に悪いことだが、現在進行中の紛争に物質的援助を挿入することはさらに悪いことだ」とまでのべている。「神聖な匂いのなかで活動するNGOの多くは、日常的に現役の戦闘員を供給している」のであり、「無防備な彼らは、給食所、診療所、避難所から武装した戦士を排除することはできない」と主張している。極端な例として、ソマリアをあげ、そこではNGOが地元の戦争組織に保護費を支払い、その資金で武器を購入することさえあったという。そのため、「NGOは、表向きは被害を軽減しようとしている戦乱を長引かせる手助けをしていることになる」というのが彼の見解だ。

こうしたルトワックの見方もまた、頭から全否定することはできない。少なくとも、私を含めた多くの部外者は本当の意味での「リアル」を知らないからだ。

平和のために戦争をする
ルトワックは、「現在、あまりにも多くの戦争が、決定的な勝利と疲弊の両方がもたらす変革的効果が外部からの介入によって阻まれ、終わることのない根強い対立となっている」と指摘する。彼にとっては、「利害関係のない介入によってその弊害が増幅されることは、新たな悪行であり、抑制されるべきもの」なのだ。ゆえに、「政策エリートは、他国民の戦争に介入する感情的な衝動に積極的に抵抗すべきである」と、ルトワックは断言する。「それは、人間の苦しみに無関心だからではなく、まさにその苦しみに関心をもち、平和の到来を促進したいからである」というわけだ。

こうして、ルトワックの具体的な提言はつぎのような内容になっている。

1. 米国は多国間介入を主導するのではなく、阻止すべきである。

2. 国連の難民救済活動については、恒久的な難民キャンプを設置することなく、早急な救済とそれに続く送還、現地での吸収、移住を確実に行うための新たなルールを設けるべきである。

3. 介入主義的なNGOを規制することは不可能かもしれないが、少なくとも公式に奨励したり、資金を提供したりすべきではない。

いずれも、「小さな戦争は燃え尽きるのを待つのが最善かもしれない」という信念を実現するための手段ということになる。

この主張に従えば、ウクライナ戦争については、覇権国アメリカはウクライナ政府への武器供与を継続し、米国主導の欧州や日本の支援によって、ロシアを圧倒するまで戦争を継続すべきだということになるのかもしれない。イスラエル・パレスチナの戦争については、ハマス壊滅まで戦争をすべきだということになるだろう。しかし、ロシアについてもパレスチナについても、全戦闘員を殲滅することはできない。戦争が長引けば、一般市民の死者が増え、復讐の連鎖が長くつづくだけだ。一方だけの勝者によってしか平和が到来しないというのは「神話」にすぎない。ゆえに、ルトワックの提言は受け入れられない。

弱肉強食という論理への強い懸念
ここで紹介したルトワックの論理は弱肉強食の論理に貫かれている。覇権国アメリカの論理である。この論理は否定されるべきものだが、決して全否定できない強靭さをもち合わせている。なぜなら「リアルな戦争」には、マスメディアの報道では理解できない複雑な実相があり、それを一刀両断に割り切ることはできないからだ。
ウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナの「戦争」を対照してみると、侵略を受けたり、攻撃されたりしたウクライナとイスラエルの立場は似ている。ゆえに、ウクライナのゼレンスキー大統領はイスラエル政府を全面的に支持し、パレスチナへの猛攻さえ是認しているようにみえる。その結果として、パレスチナの市民が殺害されても、それは必要悪であるかのような立場をとっている。

自国民を平然と盾として使い、学校や病院へのロシア軍の攻撃を引き起こしてきたウクライナ政府にとって、市民の命よりも軍人の命のほうが大切なのだろう。そんなゼレンスキー政権だからこそ、「パレスチナの市民の命など、どうでもいい」というのが本音といったところか。しかしそれは、返す刀で、彼が戦争をあくまで継続することでウクライナの一般市民を死に追いやっても仕方ないと考えている証であるといえまいか。
覇権国アメリカもまた、イスラエルの自衛権を最優先する立場をとり、イスラエル軍のよるパレスチナの市民殺害を事実上、容認している。米国もまた、「リアルな戦争」において、市民の生命が蔑ろにされることを肯定している。どうやら、ウクライナ、イスラエル、米国ともに「弱肉強食」という論理に従っているようにみえる。しかも、主権国家のために国民が死ぬことをまったく軽視している。

「これが戦争だ」と、開き直られると、「リアルな戦争」にたじろがざるをえない。それでも、大切なことは、一定の距離をとりつつ、なお、その「リアルさ」に目を凝らすことだと思う。決して、一方だけの戦争当事者の言い分に従ってはならない。ウクライナ、イスラエル、米国の主張は、主権国家の勝手な主張にすぎない。ルトワックの主張はこれらの国々を後押ししている。主権国家も大切だが、そこに住む人間はもっとずっと大切なのではないか。

他方で、国連やNGOの活動を礼賛するばかりでは「リアルな戦争」をみていないことになる。国際人道法にしても、その背後には、覇権国アメリカ主導のまったく身勝手な国際法解釈がある。卑近な例では、2003年のイラク戦争がある。拙稿「米国のイラク侵攻20年が教える米エスタブリッシュメントの「悪」」に紹介したように、「アメリカ軍、アルカイダ過激派、イラクの反乱軍、あるいはテロリスト集団「イスラム国」の手によって、約20万人の市民が死亡した。イラク軍と警察の少なくとも4万5000人、イラク反乱軍の少なくとも3万5000人も命を落とし、さらに数万人が人生を左右するような傷を負った。米国側では、約4600人の兵士と3650人の米国人請負業者がイラクで死亡し、無数の人々が生き延びたが、肉体的、精神的な傷跡を負っている」にもかかわらず、米国人はだれも責任をとっていない。国際刑事裁判制度に不参加の米国は、国際的責任をまったく果たそうとしていない。

戦争忌避
「リアルな戦争」を理解するには、その「リアルさ」を身近に感じている人による戦争忌避という問題を考えてみるのも役に立つ。2023年11月17日、BBCは、「BBCワールドサービスの調査ユニット「BBCアイ」は、ロシアがウクライナに全面侵攻した後、2万人近いウクライナ人男性が徴兵を避けるために様々なルートで国外に逃亡していることを明らかにした」と伝えた。ゼレンスキー大統領は、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻直後、18歳から60歳までのウクライナ人男性の出国を禁じた。いわば、強制的な徴兵態勢をつくり出したことになる。だが、「BBCアイはルーマニア、モルドバ、ポーランド、ハンガリー、スロバキアに不法出国に関するデータを要求し、2022年2月から2023年8月31日までの間に1万9740人の男性がウクライナの国境を不法に越えてこれらの近隣諸国に出国したことを突き止めた」のである。

ほかにも、ウクライナ当局によると、国外脱出を試みて捕まった人が2万1113人いるという。そのうち、大部分(1万4313人)は徒歩または泳いで国境を越えようとし、残りの6800人は免除を記載した不正に入手した公的書類を使おうとした。

この公的書類を得るために、ウクライナ国内には「腐敗」が蔓延した。だからこそ、2023年8月11日、ゼレンスキー大統領は同国の医療軍事委員会による「腐敗した決定」を非難し、その結果、2022年2月以降、免除が10倍に増えたとのべたのであった。戦争中の賄賂は「大逆罪」であると警告し、徴兵を担当するすべての地方公務員を解任し、30人以上が刑事責任を問われると発表した。

こうした現実を知れば、「リアルな戦争」の恐怖と、それを恐れて逃げ出そうとする人々の葛藤が少しだけわかるような気がする。

だが、日本では、こうした機微にかかわる情報がほとんど報道されない。私は、2023年5月に刊行した拙著『プーチン3.0』の「あとがき」に、「戦争忌避者を描いた丸谷才一著『笹まくら』の意外な結末を、ぼくは思い出していた」と書いた。本当は、「リアルな戦争」を間接的に理解するためには、『笹まくら』を読むことが一番適しているのかもしれない。

「リアルな世界」を知るために勉強せよ
「リアルな戦争」だけでなく、「リアルな世界」について、もっと多くの人に知ってほしい。そのためには、「ルトワック」のような極端な主張についても、目を閉ざしてはならない。「リアルな世界」に目を凝らすことではじめて新しい地政学の地平が拓かれるのではないか。だからこそ、不愉快な論理であっても、ルトワックの主張くらいは知らなければならないのだ。

無知ほど怖いものはない。そしていま、日本の政治家、官僚、学者、マスコミ関係者は無知蒙昧だらけといえる様相を呈している。どうか、「リアルな世界」を知るために、よく勉強してほしい。無知蒙昧だらけのままでは、戦争に巻き込まれてしまうからだ。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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