【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(17) 市民殺害を顧みない覇権国アメリカの実態:ユダヤ系富豪の抜きがたい影響力(下)

塩原俊彦

 

 

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ペニー・プリツカーの登場

2013年から2017年までオバマ政権下で国商務長官を務め、2023年9月からは、ウクライナ経済復興担当米国特別代表の職に就いているペニー・プリツカーについても語らなければならない。シカゴ生まれの彼女は、裕福で影響力のあるユダヤ系ビジネス一家であるシカゴのプリツカー家の一員だ。ペニーには2人の弟がおり、J・B・プリツカー(1965年生まれ)は現職のイリノイ州知事である。

2008年と2012年には、ヴァレリー・ジャレットとともに、ペニーはオバマのイリノイ州での大統領選キャンペーンの資金調達を管理した。さらに、プリツカー夫妻はシカゴ・オリンピックのプロジェクトに関与し、有利な契約の分け前を得ていた(2016年夏季オリンピックの開催権を争ったシカゴは第一回投票で落選し、多額の資金を無駄遣いした)。ペニー・プリツカーはハイアット・チェーンの後継者として、労働組合との衝突で有名になった。

ロシア語の情報によると、彼女は商務長官時代、先祖が商店主であったキーウ地方のボルシエ・プリツキー村を訪れたという。彼女の親戚は1800年代後半に皇帝に迫害され、米国に移住したという。

19世紀から20世紀にかけてロシア帝国内(主に入植地圏)で起こったユダヤ人に対する攻撃を説明する言葉として「ポグロム」というロシア語がある。いまでは、英語でもそのまま表現されるようになった言葉だが、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』では、「1821年のオデッサ(オデーサ)におけるユダヤ人に対する暴動のほか、ワルシャワのポグロム(1881)、現モルドバの首都キシナウのポグロム(1903)、キエフ(キーウ)のポグロム(1905)などがある」と書いておいた。このようなポグロムの一種によって、ペニーの一族も米国に移住したのだろう。

その結果、プリツカー家がロシアにどんな恨みをいだいたかはわからない。ロシアへの復讐心が代々受け継がれてきたかも不明だが、彼女がロシアの弱体化に率先して賛成してきたことだけは確実だろう。

 

特定の利害関係人に左右されてきた米国外交

アイルランド系カトリックのバイデン大統領は、イスラエル訪問中にベンヤミン・ネタニヤフ首相とその戦争内閣と会談した際、「私は、シオニストであるためにユダヤ人である必要はないと思う。そして、私はシオニストである」(I don‘t believe you have to be a Jew to be a Zionist, and I am a Zionist.)とのべた(2023年10月21日付のロイター電)。おそらく、バイデンはユダヤ系アメリカ人との太いパイプを築くことで、自らの権力の淵源としたかったのだろう。『オープン・シークレット』のデータベースによれば、バイデンは上院での36年間、親イスラエル団体から史上最大の献金、420万ドルを受け取っている。まさに、バイデンはユダヤ系の富豪とカネで結びついている可能性が高い。

 

反ユダヤ主義を疑われる怖さ

パレスチナ人市民の生命を軽視し、イスラエル軍による彼らの殺害を座視するバイデン政権は、ウクライナでは、ウクライナ支援と銘打ちながら、実際には国内の軍需産業への「投資」を継続し、ウクライナの兵士や市民の死傷者が増えることに頓着していない。これこそ、バイデン政権の実態だ。これが民主国家の姿なのか。カネを出して支援してくれる者の利害を代弁して、彼らの利益になるように外交や政治を行う。これこそ、米国流の「民主主義」であり、そこには、「全体の奉仕者」という「公民」思想は微塵もない。

いやそれどころか、いまの米国は民意さえ厳しく抑えつけつつある。まず、大学キャンパス内の言論の自由が風前の灯火となっている。三つのエリート大学の学長が12月5日の議会公聴会で、「ユダヤ人の大量虐殺を呼びかける」ことが校則違反になるかどうかという質問に答えるのに苦慮した。学長の一人であるペンシルバニア大学のM・エリザベス・マギルは、「スピーチが行為に発展すれば、ハラスメントになりうる 」と答えた。質問者のエリス・ステファニック下院議員(共和党)は、ユダヤ人の大量虐殺を呼びかけることは 「いじめや嫌がらせ」にあたるのかと質問した。マギルはまず、ハラスメントと認定されるには、その行為が「指示され、深刻で、または蔓延している 」必要があるといった(12月10日付WPを参照)。

ほぼ同じ質問をされたハーバード大学のクローディン・ゲイ学長は、そのような言動は「ハーバードの価値観と相反する」ものであり、「言論が行為に及べば、それは私たちのポリシーに違反する」とのべた。マサチューセッツ工科大学のサリー・コーンブルース学長は、ユダヤ人の大量虐殺を呼びかけることは校則に違反するとした。

マギルは6日の夕方、自分の証言について謝罪した。だが、ペンシルバニア大学では、パレスチナ文学会議の開催をめぐって寄付者との大学との間で一悶着あったばかりであった。同会議は開催されたが、ハマスによるイスラエル攻撃を機に、アポロ・グローバル・マネジメントのマーク・ローワン代表を筆頭とする大学の大口後援者たちは、攻撃を非難する声明を出すのに時間を要したマギル女史の対応の遅さに激怒していた。

こうしたわだかまりもあって、ローワンは寄付者に寄付を引き上げるよう呼びかけた。大口寄付者のなかには、化粧品業界の大富豪ロナルド・S・ローダー(2007年より世界ユダヤ人会議会長)や、ジョン・ハンツマン・ジュニア元ユタ州知事とその家族もいた。大学の管理委員会は当初、ローワンの解任要求を無視してマギルを支持していたが、マギルの議会証言は圧倒的な反響を呼び、7日日の朝までに、1万1000人以上が彼女の指導に反対する請願書に署名したという(12月9日付NYTを参照)。その結果、12月9日になって、マギルは学長を辞任した。

民主党のニューヨーク州知事は、「反ユダヤ主義やユダヤ人虐殺の呼びかけを明確かつ明白に糾弾しない」学校に対して、資金提供の停止を含む措置を取ることを約束する書簡を、12月9日に州の大学学長宛に発表した。公立大学は憲法修正第1条(表現の自由、報道の自由などを規定)に拘束されているが、私立大学はそうではない。だが、私立大学には、寄付提供者という巨大な権力者がおり、大学に圧力をかけることが可能だ。他方で、米国政府は、反ユダヤ主義やイスラム恐怖症の苦情を受け、コロンビア大学、コーネル大学、ハーバード大学など数校に対する調査を開始した。

 

ハーバード大学におけるユダヤ系の寄付提供者の動き

ハーバード大学では、ユダヤ系の富豪、ウィリアム・A・アックマンがハマスによるイスラエル攻撃のあった10月7日以降、前述のゲイ学長への批判を強めた。大学側がハマスの攻撃を強硬に非難するのが遅すぎたとし、ユダヤ人学生に対する脅迫的な暴力行為に関しても毅然たる大学側の姿勢を求めていた。

投資家として知られるアックマンは、100万人近いフォロワーをもち、ハーバード大学への著名な寄付者のなかで、事実上ただ一人、ハーバード大学の敵対者とされる。このため、ゲイ解任を求めるアックマンに対して、同大理事会のメンバーたちは、11日に夜通し審議した後、最終的に同大学初の黒人学長であるゲイ博士を解任しないことを12日に発表した。NYTによれば、アックマンの推定資産は38億ドルで、彼はハーバード大学に長年にわたって数千万ドルを寄付している。ただし、9桁の寄付を数多く獲得している同校のトップドナーにはランクされていない。彼の最大の寄付は2014年で、経済学部の拡張と三つの教授職の寄付のために、前夫人とともに2500万ドルの寄付を発表した。

なお、前述のペニー・プリツカーはハーバード・コーポレーションのシニア・フェローに就任しており、理事会の指導的立場にある。どうやら、大きな権力をもつユダヤ系のなかにも、さまざまな意見が混在するらしい。確実なのは、ユダヤ系富豪が政界や教育界に大きな影響力をもっているということだ。

 

少数者のユダヤ系富豪の恐ろしさ

紹介したペンシルバニア大学の出来事は、いまの覇権国アメリカの内実を明確に示している。「寄付者が学校の権力者であり、学識経験者でもなく、管理者でもないというのは、本当に悪い前例だ」というペンシルバニア大学の学生の発言は、「ユダヤ系の富豪が米国政府の権力者であり、官僚や政治家でもなく、大統領でもないという本当に悪い歴史が覇権国アメリカに刻み込まれている」と言い換えることが可能なのではないか。大統領であっても、国民の声ではなく、ユダヤ系の大富豪の考えだけには少なくとも耳を傾けなければならないのだ。

そんな「民主国家」が武器供与をつづけるウクライナ戦争やガザ戦争をつづけようとしている。そこには、多数決に基づく民意が反映しているとはとても思えない。こうしたユダヤ系大富豪の利害に基づいた、いまのバイデン政権の内実を知れば、欧州諸国でも日本でも、大多数の人々はウクライナ戦争やガザ戦争において米国に追従する理由を見出せないだろう。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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