【連載】モハンティ三智江の第3の眼

モハンティ三智江 短編小説編:椅子と骨(1)

モハンティ三智江

【モハンティ三智江のフィクションワールド=2023年11月10日】序章黒革の椅子の主はある日、忽然と消えた。雲隠れとしか言いようのない突然な消え方で、私がいる次元から外れてひょいと飛んだのだ。

私のいる世界では、この世から影形もなくなる消失を、「死」と呼んでいた。が、私は知っていた。彼が死んでいないことを。

最初は彼が、私に内緒で巡礼の旅に出たのだと思った。あるいは、私の陰でこっそり愛人を作っていて、私との生活に嫌気がさしたため、行方不明者として愛人との生活に逃げたのだと。

果ては、どこかに隠れているんじゃないかと、ソファの後ろまで探し回った。

しかし、私の前には彼の肉体が消滅したあとの証とも言うべき物的証拠があった。小さな巾着のような袋にくるまれた中に収められた「遺灰」だ。触ると、布のざらっとした感触越しに、柔らかな重みを感じた。きつくくるまれた袋の中身が本当に彼が消失したあとの名残りなのか、私には確かめるすべもなかった。

ただ、現地の習慣で毎朝禊(みそぎ)のあと、花びらを浸した聖水をかけて、線香を焚き、合掌するように彼の親族に言われ、素直に従うしかなかった。

小太りでがっしりした体格だった人が、私の両掌に収まるくらいのサイズに縮んでしまった不条理が納得できず、こんなに小さくなってしまってと思うと、涙が湧きあげてきた。

が、自国に一時帰国していて、彼のいわゆる亡き骸を面と向かって確認したわけでない私はやはり、彼が完全に消滅したとは信じられなかった。どこかで生きている、多分次元の違うどこかで今も生きているとの思いは、夢の中での交信が度重なるにつれ、確信に近いものに変わっていった。

私は仮死状態のこの世の肉体がない夢の次元でしか彼に逢えず、しかも望めばいつでも逢えるわけでなかったから、この現実世界で未来永劫にまみえることが叶わなくなった伴侶にじれて、目の届くそばで確かな肉体に触れられるように蘇って欲しいと、切望することもあったが、彼に生き返って欲しいと望むことは、酷だったろう。どうすることもできない、不可抗力なのだから。

ある日、人は忽然とこの世から消えなくてはならない、逃げ場のない定めを課されている。彼を憐れむ必要はない。誰しもが逃れられない、ある意味酷な運命なのだ。遅いか早いだけの違いで、誰しもが時期が来れば、この世にさよならをしなければならない。

しかし、この世とはなんだろう。その正体とは。時折、彼を亡くしたことはすべて夢、イリュージョンでないかと思うことがある。この世は仮想現実、限りなく現実に近い夢で、夢の世界で思いっ切り泣き笑い遊びした挙句、本来の現実へと戻る、つまり死によって目覚める、覚醒して本来の世界、源へと還っていくのだと。

いかなる悲劇的な運命に翻弄されようとも、最期には目が覚める、残酷さから解放されて安らぎへと向かう(死はそういう意味では、慰藉=いしゃ=だ)。自作自演のドラマは終結したのだ、いや、終焉へと追い込まれる筋書きになっている。それが、この世の人生ドラマの仕組み、種明かしだ。

だから、私は極力ドラマに入り込まないようにし、俯瞰(ふかん)した高みから自分を、世間を観察していた。が、冷静に人生劇を客観視しているかに見えて、時折我を忘れてドラマの渦中でもがいていることがあり、はっと我に返らされることもある。

たとえば、三回忌が過ぎても、私はふとした折に伴侶の再生、リーインカーネーションを本気で願っている節がある。荒唐無稽な祈願に我ながら苦笑させられる始末だ。私が望んでいるのは生まれ変わり、別の誰かとして新たに誕生することではない。前のままで、できれば健康を害す前の頑健だった頃の肉体で蘇って欲しいとの、無体な願望だ。

(「フィクションワールド」はモハンティ三智江さんがインドで隔離生活を送る中、創作活動にも広げている続きで、「インドからの帰国記」とは別に、短編など小説に限定して掲載します。本人の希望で画像は使いません)

「モハンティ_ 椅子と骨(短編小説編1) | 銀座新聞ニュース」の転載になります。

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モハンティ三智江 モハンティ三智江

作家・エッセイスト、俳人。1987年インド移住、現地男性と結婚後ホテルオープン、文筆業の傍ら宿経営。著書には「お気をつけてよい旅を!」、「車の荒木鬼」、「インド人にはご用心!」、「涅槃ホテル」等。

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