【連載】コロナ渦の起源についての検証(矢吹普)

第4回 武漢ウィルス研漏洩説デッチ上げの細部(完)

矢吹 晋

米『ヴァニティ・フェア(Vanity Fair)』誌(2021年6月号)がコロナウィルスを特集し、21年夏のコロナウィルス起源論争、あるいは陰謀論の細部が浮かび上がった。発端はピーター・ダスザク博士(米NGO、エコヘルス同盟代表)が呼びかけた医学専門誌『ランセット(Lancet)』(2020年2月18日付)への投稿であった。

これは世界的に著名な27名の感染症専門家たちが署名して、武漢ウィルス研からの「コロナウィルス漏洩説」(事故による漏洩と故意の漏洩、双方を含む)を否定したものだ。しかしながら、専門家たちの否定声明にもかかわらず、折からの米中新冷戦の隠れたテーマの一つとして、武漢ウィルス研漏洩説は、繰り返し語られた。

ついには、トランプ前大統領が自ら「武漢ウィルス」を連呼しつつ、対中非難によって米国ナショナリズムを結集させようと図ったが、あえなく大統領選挙に敗れる一幕もあった。とはいえ、後継のバイデン新政権もトランプの負の遺産は継承し、中国非難は続けたので、武漢ウィルス研漏洩説が消えることはなかった。

『ヴァニティ・フェア』誌の特集は、『ランセット』誌上の専門家声明の舞台裏も抉り出した。専門家声明の起草者で、かつ署名のまとめ役を演じたダスザク博士(56)は、WHOが派遣した「武漢調査チームの一員」でもあった。

武漢研漏洩説を強く批判していたダスザク博士は、実は「米エコヘルス同盟」というNGO組織を通じて武漢研に研究資金の提供を行い、米中合作のコロナウィルス共同研究を組織していた。ダスザク博士は共同研究の中国側パートナーの名誉を守るために、虚偽のキャンペーンを『ランセット』やWHOの武漢調査チームの活動を通じて行った。これが『ヴァニティ・フェア』特集号の結論であった。

Negative test result by using rapid test device for COVID-19, novel coronavirus 2019 found in Wuhan, China

 

ダスザク博士は❶米医学アカデミー会員であり、❷WHOの常任顧問を務め、❸武漢調査チームの一員でもあり、<地球環境や感染症研究の最前線の研究者>として、知名度は高く、この分野を代表する権威者だ。そのような専門家が実は「敵国中国に米国の税金を流して」、武漢ウィルス漏洩説を否定することは、「中国の陰謀に加担するもの」とする非難が声高に語られた。

ダスザク博士の米中共同研究の中国側パートナーこそ武漢ウィルス研の石正麗研究員である。彼女は数年前にSARSウィルスが中国で大流行した当時から、その中間宿主が菊頭蝙蝠であることをつきとめた研究者として名高い。今回のコロナウィルスについても、菊頭蝙蝠あるいは穿山甲を宿主とする可能性が強いことを実証した[1] 。

米中蜜月の時代には、米国が資金を提供し、武漢ウィルス研が素材と労力を提供する共同研究は、国際協力の好例として評価されてきたが、両国が敵対関係に陥ると、敵国のスパイ扱いされ、やれ生物兵器作りに貢献するもの等々、悪罵の標的にされる。米中新冷戦が続くかぎり、石正麗やダスザクの努力は、敵国を利するものと非難の的にされた。

要するに、武漢ウィルス研漏洩説という陰謀論もどき20年初春の大流行と同じだが、陰謀論としてまことしやかに語られる細部について、いくつかの事実が明らかになったわけだ。バイデン大統領やブリンケン国務長官等々民主党政権の幹部たちも、トランプ政権に負けず劣らず、中国批判に熱中した21年夏、オーストラリアの科学者が武漢ウィルス研究所の実態について重要な証言を行なった[2]。

オーストラリア人のウィルス学者、ダニエル・アンダーソン女史(42)は、中国中部で新型コロナウィルスが世界で初めて確認されるわずか数週間前まで武漢ウィルス研究所に勤務していた。コロナの発生源と疑われ、世界で最も悪名高い施設となった同研究所に関するアンダーソン女史の証言はメディアで伝えられた研究所イメージとはかなり異なるものだ。

アンダーソン女史はコウモリ由来のウィルス専門家で、同研究所の「バイオセーフティーレベル(BSL)4」4施設で研究に従事していた唯一の外国人である。武漢ウィルス研は、地球上で最も危険な病原体を扱う設備を備えた中国本土の施設では最初のものだった。アンダーソン女史は19年11月まで勤務し、パンデミックにつながったコロナウィルスを流出させた疑いを持たれている同施設を内部者の視点で目にする機会を持った。

Blood sample tube for SARS-Cov-2 Test, COVID-19 virus or novel coronavirus 2019 found in Wuhan, China

 

コロナウィルスは武漢市で出現したため、感染したスタッフあるいは汚染された物体を通じて「同研究所から流出したとの疑惑」が推測された。コロナ感染拡大の初期段階からの中国当局の透明性を欠く報道がそうした思惑を煽る結果となった。当時のトランプ米政権は同研究所からのウィルス流出説を繰り返し語った。

アンダーソン女史の同僚で、洞窟のコウモリを分析したSARSウィルス起源の研究から「バットウーマン(コウモリ女)」と呼ばれる同研究所の石正麗女史の研究内容も論争の的となった。米国は同研究所の安全性に疑問を呈し、ウィルスの危険性がさらに増大しかねない「機能獲得」研究を行っていたのではないかと指摘している。

しかしアンダーソン女史は『ブルームバーグ・ニュース』とのインタビューで、ゆがめられた情報が、同研究所の機能・活動を正確に把握しにくくしたと指摘し、メディアで描かれたものより日常の研究管理はしっかりしたものだったと回顧した。アンダーソン女史は現在、メルボルンのピーター・ドハーティ感染免疫研究所に務める。

シンガポールのデュークNUSメディカルスクールのバイオセーフティー研究室の科学ディレクターを務めていた16年に武漢研究所の研究員らとの協力を始めた。彼女は18年に正式に開設される前に同研究所を最初に訪れた時から感銘を受けたと振り返る。

バイオセーフティーで最高指定を受け、外部に出る前に空気や水、廃棄物のろ過・滅菌を義務付けている。研究対象の病原体を封じ込めるための厳しい手順・義務を設け、同研究所で独立して作業する研究員は45時間の訓練を受けなければならない。

アンダーソン女史は、「罹患者がいたのなら私も罹患していたはずだが、罹患していない」とし、「ワクチン接種を受ける前にシンガポールでコロナ検査を受けており、感染したことはない」と語った。また、アンダーソン女史の武漢研究所の同僚の多くが体調を崩しているとの話はなかった。当時の会話では、同研究所で何かが起きていると思わせるようなものは一切なかったと証言した。

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矢吹 晋 矢吹 晋

1938年生まれ。東大経済学部卒業。在学中、駒場寮総代会議長を務め、ブントには中国革命の評価をめぐる対立から参加しなかったものの、西部邁らは親友。安保闘争で亡くなった樺美智子とその盟友林紘義とは終生不即不離の関係を保つ。東洋経済新報記者、アジア経済研究所研究員、横浜市大教授などを歴任。著書に『文化大革命』、『毛沢東と周恩来』(以上、講談社現代新書)、『鄧小平』(講談社学術文庫)など。著作選『チャイナウオッチ(全5巻)』を年内に刊行予定。

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