【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(30) 宇宙戦争をめぐる地政学(下)

塩原俊彦

 

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宇宙への核兵器配備問題

ここで紹介したThe Economistの記事は、「1967年に締結された宇宙条約は、天体の領有権主張や核兵器の宇宙への配備を禁止しているが、通常兵器については沈黙している」と書いている。たしかに、宇宙条約第4条は、核兵器やその他の大量破壊兵器(WMD)を搭載した物体を地球の周回軌道に乗せることを禁止している。また、月やその他の天体にいかなる種類の兵器を実験・配備することも禁止している。 だからこそ、ここまでの記述は、宇宙戦争をあくまで通常兵器の延長線上で戦うという想定のもとに展開されている話ということになる。
ところが、このところ注目を集めているのは、「ロシアが宇宙に核兵器を配備しようとしている」という話題である。

そもそものきっかけは、ロシアの侵略に対抗するウクライナへの援助を承認することでバイデン大統領と連携してきた米下院情報委員会委員長のマイケル・R・ターナー下院議員(共和党、オハイオ州選出)が突然、バイデン政権に資料の機密解除を求める不可解な声明を発表したことであった。同委員会は2月12日、この情報を全議員に公開するという異例の措置をとったが、この措置は一部の政府関係者を憂慮させた。その情報は、防衛や市民インフラにとって重要な米国の衛星ネットワークをダウンさせるために設計された、宇宙ベースの核兵器に関するものだとされている。どうやら、新たな情報は深刻なものであるが、その能力はまだ開発中であり、ロシアはそれを配備していないという(2月14日付のNYTを参照)。

2024年2月29日に行われた年次教書演説のなかで、ウラジーミル・プーチンは「最近、ロシアに対して、核兵器を宇宙に配備するのではないかという根拠のない非難が増えている」とのべた。加えて、アメリカの主張を「デマゴギー」であるとして、ロシアが2008年に作成した「宇宙空間への兵器配備の防止に関する条約案」を、アメリカが妨害してきたと非難した。

 

宇宙空間における軍備競争の防止

ジュネーブ軍縮会議(DC)において、1985~1994年に「宇宙空間における軍備競争の防止」(PAROS)に関する特別委員会が設置された。宇宙条約を補完する新しい条約の作成の必要性、衛星攻撃兵器、対弾道ミサイル・システムの評価などが議論された。2004年10月、国連総会第59会期の第1委員会において、ロシアは宇宙空間における最初の兵器(NSA)を配備しないという政治的約束を一方的に行った。さらに、2008年になって、ロシアと中国は、「宇宙空間への武器の設置、宇宙物体に対する武力による威嚇または武力の行使の防止」(PPWT)に関する条約案をDCに提出する。

DCは長年にわたって、軍縮条約の交渉を行うための作業計画を採択できずにいた。しかし、前年の中国による衛生破壊がもたらしたデブリ問題の深刻化もあって、2008年の提案を契機に、2009年、12年ぶりに採択された作業計画では、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)交渉のための作業部会の設置が合意されるとともに、PAROSについては実質的議論を行うための作業部会の設置が合意された。だが、採択された作業計画を実施するための作業日程などについての合意が見られず、結局進展はなかった。

2014年6月、ロシアと中国は、PPWT提出以来の関係国による提案を考慮した最新のPPWT草案をDCに提示した。しかし、この議論も進まなかった。ただ、まず、宇宙空間における兵器の配備を防止するという課題については、2019年12月、国連総会で、宇宙空間における軍拡競争の防止に関する国連総会決議(A/RES/74/32)が賛成183票[米国とイスラエルは反対]で承認された。さらに、38カ国が共同提案した、宇宙空間への武器の先行配置を認めないとする国連総会決議(A/RES/74/33)が128票を獲得し、採択された。14カ国(アルバニア、オーストラリア、エストニア、フランス、グルジア、ハイチ、英国、イスラエル、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、ウクライナ、英国、米国)が反対した。

こうした現実を思い起こすと、宇宙戦争をやりたがっているのは、米国のようにみえてくる。先に紹介したハリス副大統領による、対衛星ミサイル実験の廃止という約束も、先行してASATミサイル実験を繰り返してきた米国が他国による実験を封じ込めようとする身勝手なやり口にしかみえない。

 

気になる二つの報道

今後の宇宙開発を考えるとき、最近あった二つの報道が気にかかる。第一は、国家コーポレーション、ロスコスモスのトップ、ユーリ・ボリソフが「今日、私たちは2033年から2035年にかけて、中国の仲間とともに月面にエネルギープラントを建設するプロジェクトを真剣に検討している」と語った、とRIAノーヴォスチが報じたことである。この「エネルギープラント」とは核発電所を指している。

2023年11月末、ロシア政府は国際科学月面ステーションの建設協力に関する中ロ協定を承認した。これはステーションの建設だけでなく、月の共同探査に関するものでもある。第一段階では、ロシアと中国の月探査ミッションが地球の自然衛星を探査し、国際ステーションの位置を決定し、月面に安全かつ高精度に軟着陸するための技術を検証する。第二段階では、月ステーションの制御センターを設立し、衛星への貨物の配送を組織し、電力供給、通信、輸送サービスのための軌道モジュールを作成する計画である。第三段階では、月探査、月ステーションモジュールの機能拡張、有人月面着陸における国際パートナーの支援が想定されている。

2022年12月下旬、ロスコスモスは11月に中国国家宇宙局(CNSA)との間で、2023年から2027年までの宇宙活動における協力関係を発展させるためのプログラムに調印したと発表済みだ。その発表時、2022年9月には、ロシア版衛星測位システムであるGLONASSと、中国版の北斗衛星導航系統(BeiDou)の地上局の相互配備に関する契約が締結され、中国の長春市、ウルムチ市、上海市にロシアの測定局を、ロシアのオブニンスク、イルクーツク、ペトロパブロフスク・カムチャツカに中国の測定局を建設することも決まった。どうやら、本気で中ロが協調して宇宙開発、とくに月面開発に乗り出すようだ。

 

衛星によるプライバシー侵害と軍事利用

もう一つの気になる報道は、2024年2月20日付のNYTである。「空の目があなたを見始めるとき 地球を超低高度で周回する新しい衛星によって、立ち入り禁止のものは何もない世界が実現するかもしれない」という見出しの記事である。

2020年に設立され、デンバーに拠点を置くアルベド・スペース社は、50人の従業員を抱え、およそ1億ドルを調達している。同社へは、ビル・ゲイツの投資会社ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズが投資している。同社の戦略的諮問委員会には、中央情報局(CIA)や国防総省の一部門である国家地理空間情報局の元局長らが名を連ねている。アルベドが開発しているのは、今日、もっとも高性能な民生用画像衛星が識別可能な地上の物体(直径30センチ)よりも小さな10センチの物体を画像化できる衛星で、2025年初頭に最初の衛星を打ち上げる予定だ。

アルベドは2021年12月、10センチの解像度を持つ画像衛星を打ち上げるための規制当局の承認を獲得済みだ。2022年には、同社は空軍と125万ドルの契約を結び、同社の機材が画像の解釈可能性を測定する標準評価尺度を満たせるかどうかを確認した。2023年4月、同社はさらに125万ドルの契約を獲得した。これは、外国の脅威を評価する国立航空宇宙情報センターとの契約で、2023年末には、国のスパイ衛星を管理する国家偵察局(National Reconnaissance Office)が同社の技術を評価する契約を結んでいる。

このように、ときどき宇宙開発をめぐる最新の動向に目配りしなければ、あっという間に、新しい変化に追いつけなくなってしまいかねない。それは、宇宙をめぐる規制についてもいえる。地政学はこうした最先端の変化に敏感に対応しなければならない。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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