停戦を遠ざける史上最悪の偏向報道、 ロシア〝悪玉〞一色報道の犯罪
メディア批評&事件検証ロシア軍のウクライナ侵攻が続いている。プーチン大統領が歴史的、文化的に一心同体である隣国で本格的な戦争を起こす事態を専門家も予測していなかった。
米国と並ぶ核大国で、連合国(UN、「国連」は誤訳)の安全保障理事会常任理事国メンバーであるロシアが始めた戦争。国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)は3月16日、「国際法に照らして重大な問題」としてロシアに対して直ちに軍事行動をやめるよう命じる暫定的な命令を出したが、法的拘束力はない。ロシアに拒否権があるから安保理は機能しない。
ウクライナでは、ソ連時代の1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の教訓から学ばず、原発の新規開発が進められてきたが、これは欧米資本への隷従の結果といえる。ロシア軍が侵攻直後に、チェルノブイリ原発を占拠し、欧州最大のザポリージャ原発も制圧するなど、4カ所・15基の原発を抱える国が戦場になった。
ウクライナのゼレンスキー大統領(2019年9月就任)は「国を解放するまで戦い続ける」と強調し、徹底抗戦を表明。北大西洋条約機構(NATO)諸国はウクライナに武器供与と資金援助を続け、ロシアを国際銀行間の送金・決済システムのSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除するなどロシア対欧米日の全面対立になっている。
日本は憲法によって国際紛争のための武力による威嚇・行使を放棄した国なのに、政府は対ロ制裁を決め、ウクライナ軍に防弾チョッキやヘルメットなどの自衛隊が保有する物資を提供した。これらは自衛隊と米軍機で運ばれている。紛争当事国に自衛隊装備品を運ぶのは明らかな憲法違反だ。
国会では、「当院はウクライナ、ウクライナ国民と共にある」とするロシア非難決議が採択(れいわ新選組は反対)された。ロシアから見ると日本は参戦していると見えるだろう。
ロシア政府は3月7日、日本などを「非友好的な国と地域」に指定。また21日には、日本との北方領土問題を含む「平和条約交渉」を中断すると発表した。
私はウクライナに2013年と2019年の2度、「食品と暮らしの安全基金」(小若順一代表)のチェルノブイリ原発事故による放射能汚染調査で行ったことがある。地方にも訪れたが、住民たちが家庭料理を振る舞ってくれた。学校では児童・教職員と交流した。
小若氏らは3月2日、現地の人たちの声を世界に届けるために安全基金のフェイスブック上に「ウクライナ通信」グループを設けた。私たちと繋がりのある学校の校長やテレビ局ディレクターから、「空爆と砲撃に遭い、30戸の民家が壊れ、学校のすべての窓が爆風で吹き飛ばされた」といったメールが届いている。ザポリージャ原発の生々しい報告も動画付きで届いた。
戦争で最も苦しむのは子ども、女性たちだ。この戦闘を止めるにはどうしたらいいか、ずっと考えてきた。
・NHKから消えたロシア史の権威
日本のキシャクラブ報道は「ウクライナ=善、ロシア=悪」の構図で一貫している。テレビでは、「専門家」を自称する大学教授らが、「ウクライナがんばれ、 ロシア軍は撤退しろ」「プーチンを潰せ」と叫んでいる。私がフェイスブックでロシア側の言い分を聞くべきではないかと書くと、「革新」派から「アホがいる」「ヒトラーの主張も聞くべきなのか」などという罵詈雑言が飛んで来る。すぐに募金活動などが拡大した動きも異様だ。
メディアはゼレンスキー大統領を絶賛し、小国ウクライナが核大国のロシアとの戦争で「善戦」と繰り返す。一方、プーチン大統領を悪魔のように報じ、米国の情報をもとに「精神疾患ではないか」「正気か」などと論評している。朝日新聞などのゼレンスキー大統領賛美も度を越している。
日本メディアによるウクライナ戦争報道は、ジャーナリズム史上、最悪と言えるだろう。米国の事実上の植民地である日本の報道機関が、いかに米国の見方に引きずられるかがよくわかった。米国とNATOが朝鮮半島・ベトナム・リビア・アフガン・イラク・コソボなどで行なった侵略戦争で、被害国で命を失った子どもたちを含む民衆に心を寄せて報道したことはない。
彼らは欧米のメディアが制作・報道した映像を流して人道への罪と糾弾し、日本の人民の反ロ感情は頂点に達している。ウクライナが流した動画にフェイク疑惑があっても問題にせず、ロシアの報道管制だけを非難する。
ロシアの侵攻が始まった2月24日、NHKの「ニュース7」に、下斗米伸夫法政大学法学部名誉教授がスタジオ出演した。ロシア史の第一人者である下斗米氏はアナウンサーの問いに、「ウクライナのゼレンスキー大統領は政治経験に乏しく、適切な政治判断ができず、ロシアとの外交交渉に失敗した。米国・NATO諸国などとの関係でも的確な判断ができず国を混乱させ、今回のロシアの武力介入を招いた」などと的確にコメントした。
私が見た限り、その後、下斗米氏はNHKニュースに出演していない。ウェブサイトでも、彼の解説は全く文字になっていない。
現在、ウクライナ情勢で出演しているのは、防衛省防衛研究所の高橋杉雄室長および兵頭慎治政策研究部長、河野克俊・元自衛隊統合幕僚長、廣瀬陽子慶應義塾大学総合政策学部教授、東野篤子筑波大学准教授、日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男明海大学教授らである。
特に廣瀬氏の出番が多い。3月15日の「ニュース7」 では、 ついに「プーチン」と呼び捨てにして、政権崩壊は必至と予言した。コメントの中身はほとんどが米国バイデン政権・産軍複合体・ネオコンと日本政府の代弁だ。廣瀬氏は開戦前、「ロシア軍の侵攻はない」と断言していた。
慶大のHPを見ると、廣瀬氏は対米隷従の御用学者である北岡伸一、細谷雄一両氏らと共著がある。慶大藤沢キャンパスにある総合政策学部は、加藤寛経済学部教授が初代学部長を務め、竹中平蔵氏を教授に招いた学部だ。彼女の経歴に「2018年から国家安全保障委員会顧問」とあるが、日本に「国家安全保障委員会」という機関は存在しない。国家安全保障局の間違いではないか。ほか、経済産業省産業構造審議会、資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会の臨時委員、日本国際問題研究所の委員などを歴任している。まぎれもない御用学者だ。
廣瀬氏は3月15日のテレビ朝日系「モーニングショー」では、ロシア軍が病院や原発を攻撃しているとして、「プーチン大統領が正気でやっているとすれば、怖いことだ」「彼の妄想だ」「精神的に大丈夫か」などと語った。9日の同番組では、「中国は合理的に考える国で、台湾侵攻のことも考える」「このままでは中国からも見放される恐れが高まる」とも発言した。廣瀬氏こそ妄想していないか。
私は3月8日、NHK広報局広報部へ、下斗米氏がウクライナ侵攻報道でコメントしたのは2月24日の1回だけか、日本政府内の防衛研究所所員が識者として解説するのは公共放送として不適切ではないか、これまで出演した有識者・専門家の氏名を教えてほしい――という取材依頼書を送った。広報局から9日に来た回答は、〈有識者の方のコメントの内容や出演回数、それに出演実績の有無などの問い合わせについては、回答を控えさせていただきます〉というものだった。
ウクライナの戦争を「明日は我が身」として、中国と朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)を敵視し、日本も核武装をという火事場泥棒的な動きが出ている。その中心が、安倍晋三元首相だ。安倍氏は2月27日のフジテレビ系の番組で、NATO加盟国の一部が採用している、米国の核兵器を自国領土内に配備して共同運用する「核共有」政策について日本でも議論すべきだとの考えを示した。
安倍氏は「かつてウクライナは『ブダペスト覚書』(1994年)で、核兵器保有を放棄する代わりに米国とロシア、英国が主権と安全保障を約束したが役に立たなかった。あのとき一部戦術核を残していれば、どうだったかの議論がある」と指摘。レギュラー出演者の橋下徹氏も「日本も核シェアリングの議論は絶対に必要だ」と同調した。
安倍氏の「核共有」発言は非核三原則を無視した妄言だが、自民党の高市早苗政調会長、福田達夫総務会長らが賛同。日本維新の会は3月3日、政府に「核保有」の議論を進めるよう求める緊急提言を行なった。
毎日新聞の世論調査(19日)では「核共有」について「議論すべきだ」が57%で、「議論すべきではない」の32%を上回った。「わからない」は10%。ロシアの侵攻で、日本の安全保障が脅かされる不安を感じるかと尋ねたところ、「強い不安を感じる」は46%、「ある程度の不安は感じる」は41%で、合わせて87%。安倍・維新の作戦が成功している。
・ゼレンスキー演説を絶賛する翼賛国会
ゼレンスキー大統領は18~60歳の男性の国外脱出を禁止する国民総動員令を出している。
3月20日付ロシア国営「RT」によると、ゼレンスキー大統領は同日、国家安全保障・防衛評議会(NSDC)で、政府に批判的、ロシアに親和的な政党はすべて活動を認めないと決定した。 議会第二党の「 野党プラットフォーム・生活のため」のほか、政権批判者であるブロガーのアナトリー・シャリイ氏が設立したシャリイ党、1月に英国外務省が「クレムリンがゼレンスキーの代わりにウクライナを担当させたがっている」と発表したエフゲニー・ムラエフ氏が代表を務めるナシ党などがブラックリストに載り、活動期間停止は「戒厳令の期間中」、つまり「ロシアとの紛争が続く限り」だ。
この決定は、今回の戦争の背景に、ウクライナ内部に「東西」で深刻な内部分裂、社会文化的対立があることを示している。
日本のメディアは、ロシアとの関係を重視する政党など11政党の活動を禁止するこの決定を批判しない。ウクライナ政権による「戦時」を理由にした政治弾圧、ロシア系市民のクレンジング(絶滅)政策である。
ゼレンスキー大統領は3月23日、「日本の憲政史上初のオンライン形式での外国首脳の国会演説」(NHK)を行なった。憲法の前文で戦争を起こす権利を放棄し、軍隊を持たないと規定している国で、戦争の一方の当事者の元首が515人の国会議員に拍手で迎えられた。「侵略国家に制裁強化を」と訴える演説が終わるとスタンディングオベーションで賛辞が送られた。
衆議院第一議員会館にある国際会議室などで行なわれた演説会は、日本国憲法に違反した国会イベントだった。これは戦後日本の大きな曲がり角だ。
大統領は自国の惨状を訴え、「アジアで初めてロシアに対する圧力をかけ始めたのが日本」「ロシアへの制裁の継続を」と11分間の演説を行なった。「ザポリージャ原発が攻撃を受けている」「サリンなどの化学兵器攻撃もロシアが準備している」と訴えた。
細田博之衆院議長は演説前の挨拶で、亡くなった人たちに哀悼の意を表したうえで、「わが国の議会はウクライナとウクライナ国民と共にある」と語り、演説後には山東昭子参院議長が「閣下が先頭に立ち、また貴国の人々が命をも顧みず、祖国のために戦っている姿を拝見して、その勇気に感動しております」と述べた。国会が、「日本は応援するから、生命の危険があっても、今後も勇敢に戦え」と鼓舞したのだ。
日本のメディアでは、原発の危険性を語る人がほとんどいなかった。米仏、IAEAの言いなりになっている。原発があることで、安全保障上の危険があることをどう考えてきたのか。
翌24日の新聞各紙はゼレンスキー演説を絶賛した。日本共産党の機関紙しんぶん赤旗も1面トップで高く評価。共産党の前のめりの「祖国防衛」ナショナリズム礼賛は異常だ。
「市民への武装呼び掛けはやってはいけないこと」。
1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。