【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(31)「デジタル帝国」をめぐる地政学(上)

塩原俊彦

 

最近読んだ本のなかで、もっとも優れていると感じたのは、Anu Bradford著Digital Empires: The Global Battle to Regulate Technology(Oxford University Press, 2023)である。高く評価できるのは、その視角のあり方にある。

第一の視角

三つの視角がポイントだ。第一は、アメリカも、中国も、欧州連合(EU)もみな、「帝国」(empire)であるという視角である。ここでいう「デジタル帝国」とは、「かつての領土帝国ではなく、国境を越えて経済的、軍事的、文化的パワーを投影し、権力の非対称性を生み出して外国社会に影響力をもつようになった20世紀のさまざまな非公式の帝国に、そのもっとも近い類似点を見出すことができる」と説明されている。「今日のデジタル帝国は、主に、その影響下にあって形づくっている国や個人を、それらが逸している規範や価値観に向けて輸出している」と書かれている。つまり、各帝国はその規範や価値観を輸出することで自国の影響力を広げ、権力の拡大につなげ、自国やその個人に有利な状況をつくり出そうとしているというわけだ。

なお、ローマ帝国に代表される、いわゆる「帝国」は国家形成の理論と関連して理解されてきた。まず、国家形成は都市の形成と切り離せない。都市は交易の場であるとともに、それを外敵である海賊や山賊から守るべき城壁都市、すなわち武装した国家でもあった。この多数の都市国家の抗争を通じて領域国家が形成され、さらに、それらの抗争を経て、「帝国」が誕生する。その帝国を可能にしたのは、①自発的な服従を促す交易の制度化(道路整備、通貨や度量衡の統一)、②文化・言語を通じた統一性の確保、③法の支配、④王の一層の神格化――などである

もちろん、暴力も重要な役割を果たしたが、①から④もきわめて重要であった。宗教について言えば、④は超越的な神という観念を生み出し、皇帝がそうした超越神と結びつくことで帝国支配をより安定化するのに役立ったのである。

 

第二の視角

第二の重要な視角は、国家規制を市場、国家、個人と集団の権力の関係に基づいて特徴づける際、米国を市場主導型モデル、中国を国家主導型モデル、EUを権利主導型モデルと位置づけている点である。米国が明確なヘゲモニー(合意に基づく世界統治)を掌握していた段階では、市場主導規制が世界全体で優位に立っていた。デジタル空間という新しいテクノロジー(科学技術)をめぐる権力闘争のなかで、その形勢は揺らいでいる。

アメリカでは、ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマの各大統領時代には、政府はハイテク企業をパートナーとして扱っていた。しかし、ドナルド・トランプ大統領の下で、アメリカの外交政策は、中国との貿易戦争や技術戦争を戦い、国際的な同盟関係や関与からアメリカを切り離すことに焦点を絞るようになる。ジョー・バイデン政権下では、露骨な補助金を使った産業政策による国家主導が顕在化し、市場主導規制は大きく後退するようになっている。

 

第三の視角

第三は、紹介した三つの規制モデルが垂直的と水平的という二つの方向において闘争を展開しているという視角である。デジタル経済を支配する規範と価値をめぐる米国、中国、EUの対立は、異なる政府間の水平的な闘争とみなすことができる。ただし、このような政府間の水平的な闘争は、政府と、これらの政府が規制しようとしているテック企業との間の垂直的な闘争によって各国において形成され、しばしばそれを通じてなされる。こうした垂直的闘争は、三つの規制モデルの違いと一致するように、それぞれの司法管轄区で異なる展開をみせている。

アメリカの場合には、連邦政府と州との水平的競合という現象もある。各州が個別のテック企業規制に乗り出しており、それが連邦レベルでの市場主導の規制を困難にしている。

 

米司法省によるアップル提訴

ここで紹介した三つの視角を前提に、いまアメリカで何が起きているのかを説明したい。

米司法省は、2024年3月21日、16の州とコロンビア特別区とともに、アップルの影響力に対する訴訟に踏み切った。88ページにおよぶ訴訟のなかで、アップルは顧客をiPhoneに依存させ、競合端末に乗り換えにくくすることを意図した慣行で独占禁止法に違反していると主張している。

まず、事実関係を確認しよう。重要なことは、バイデン政権下で、司法省の反トラスト部門を引き継いだジョナサン・カンターと、連邦取引委員会(FTC)の委員長に就任したリナ・カーンによってテック業界の力を抑制するための徹底的な法廷闘争が展開されていることである。つまり、国家と民間のテック企業との垂直的闘争がアメリカで激化しているのだ。

この闘争の端緒はまだトランプ政権であった2020年10月20日にはじまる。司法省は、グーグルがアップルのような巨大パートナーと契約を結び、独占的なビジネス契約や協定によって競争を制限しているとして訴訟を起こしたのである。グーグルがアップルや携帯電話会社、その他の携帯電話メーカーと、検索エンジンをユーザーのデフォルト・オプションにするために結んでいる契約は、検索における支配的な市場シェアのほとんどを占めており、司法省はその数字を約80%とした。

バイデン政権下の2023年1月24日、司法省と八つの州は、グーグルがオンライン広告を促進する技術を違法に独占乱用しているとして、同社を提訴した。

他方で、FTCと17州は2023年9月26日、アマゾンが加盟店から搾取し、自社サービスを優遇することで、オンライン小売の大部分を独占しているとして、アマゾンを提訴した。FTCは2021年8月19日に、フェイスブックによるInstagramとWhatsAppの買収がソーシャル・ネットワーキングにおける独占強化のために行われたとし、ソーシャル・ネットワーキングは解体されるべきであるとして、フェイスブックを提訴した。

 

風向きの変化にヨーロッパの影響

デジタル帝国間の権力闘争という視角がなければ、アメリカ政府とテック企業をめぐる法廷闘争の意味合いを理解することはできない。市場主導のもとで、その自由な活動を謳歌し、急成長した米系テック企業だが、その活動に対するヨーロッパの権利主導型規制が影響をおよぼし、アメリカ政府も規制強化の流れに抵抗できなくなりつつあるという構図が浮かび上がってくる。

ヨーロッパの権利主導規制モデルは、基本的権利、公正さ、民主主義といった一連の価値観と結びついているが、これらはハイテク大手によってしばしば損なわれているとして、テック企業への規制強化を特徴としている。拙著『知られざる地政学』〈上巻〉では、有名な「一般データ保護規則」(GDPR)についてつぎのように書いておいた。

「GDPRは、個人データの保護にかかわっている。EU域内では、「EUデータ保護指令」(Data Protection Directive 95/46/EC)が1995年以降適用されてきたが、2018年5月25日から「一般データ保護規則」(General Data Protection Regulation, GDPR)が適用されるようになった(刑事データ以外の「一般」データを対象とし、匿名性が確保されているデータについては保護対象とはしていない)。2016年4月14日にEU議会が承認してから、2年間の周知期間を設けたのである。「指令」はEU加盟国ごとの法制化を要するわけだが、「規則」はメンバー国に直接効力を発揮するので、2018年5月25日からEU加盟国の市民のデータのプライバシー保護がより徹底されることになった。」

GDPRには、「同等の」データ・プライバシー保護を提供できない非EU諸国への欧州データの移転を禁止する規定がある。このため、EUは「妥当性体制」を維持しているかどうかを判断する。妥当性体制はGDPRより以前からあり、GDPRの前身であるEUの1995年データ保護指令に照らして、外国のデータ・プライバシー法の同等性を評価するためにすでに利用されていた。しかし、アメリカのデータ・プライバシー法が脆弱であることから、アメリカとEUの双方は、大西洋を越えてデータの流れを維持する方法を見つける必要性に迫られることになる。

さらに、 2020年12月15日、欧州連合(EU)の欧州委員会によって、「欧州デジタル戦略」の一環として、「デジタルサービス法」(DSA)と「デジタル市場法」(DMA)にかかわる二つの立法イニシアチブが提案されたことが重要である。立法イニシアチブは、「デジタルサービス法および2000年電子商取引指令の改正のための提案」「デジタル分野における競争可能で公正な市場に関する欧州義気と欧州理事会の規制(デジタル市場法)のための提案」からなっていた。

このDSAとDMAはともに、米国の巨大プラットフォーマー企業(フェイスブック、アマゾン、アップル、グーグル[アルファベート傘下]など)への規制とかかわっている。EUは、プラットフォーム企業のオンライン・プラットフォームにおける事業者の公正さと透明性を促進するために、2020年7月12日から「オンライン仲介サービスのビジネスユーザーのための公正さと透明性の促進に関するEU規則」の適用をはじめていた。2019年6月14日、欧州理事会が採択したもので、オンライン・プラットフォームのビジネスユーザーのための透明な条件、およびこれらの条件が尊重されない場合の救済のための効果的な可能性を保証する法的枠組みがすでに確立されていた点に留意しなければならない。

 

DSA

デジタルサービスには、ウェブサイトからインターネット・インフラ・サービスやオンライン・プラットフォームに至るまでさまざまある。DSAは、主にオンライン仲介者とプラットフォームに関係する規制である。たとえば、オンライン・マーケット・プレイス、ソーシャルネットワーク、コンテンツ共有プラットフォーム、アプリストアだけでなく、オンライン旅行や宿泊施設のプラットフォームも対象となる。

DSAの背景には、オンライン上での違法な商品・サービス・コンテンツの取引と交換に対する懸念がある。オンライン・サービスがアルゴリズムを操作するシステムによって悪用され、誤報の拡散を増幅させている現状を改めるのがねらいだ。このため、DSAは、オンライン・プラットフォームがホストするコンテンツに関して、包括的で法的拘束力のある透明性と説明責任体制を確立することで、EUの権利主導の規制アジェンダに法的効力と大きな政治的勢いを加えるものである。

DSAでは、グーグルやメタのような「超大型オンライン・プラットフォーム」と認定されたプラットフォームに対して、そのサービスを利用しているトレーダーに関する情報を受け取り、保存し、部分的に検証し、公表する義務を課すことで、消費者にとってより安全で透明性の高いオンライン環境を確保しようとしている。そうしたプラットフォームのプロバイダー(プラットフォーマー)がどのようにコンテンツを調整しているか、広告やアルゴリズムのプロセスについて、より高い透明性と説明責任の基準を設定している。また、サービスの完全性を守るための適切なリスク管理ツールを開発するために、そのシステムがもたらすリスクを評価する義務を定めている。これらの義務の範囲に含まれるサービス提供者として、サービスの受信者数(6カ月平均)が4500万人を超えるプラットフォーマー(およびEU域内に設立された年間1万人以上のアクティブなビジネスユーザーに対してコア・プラットフォーム・サービス[デジタルサービスを提供する大規模なオンライン・プラットフォーム・サービス]を提供している場合)が想定されている。

罰則については、52条で、「罰則の最高額が、当該仲介サービス提供者の前年会計年度における全世界の年間売上高の6%であることを保証する」と規定された。さらに、加盟国は、不正確、不完全または誤解を招くような情報の提供、不正確、不完全または誤解を招くような情報の不回答または不修正、および検査への不提出に対して課される罰金の最高額が、「仲介サービスの提供者または関係者の前会計年度における年間所得または全世界売上高の1%であることを保証するものとする」ことも定められている。

DSAは2022年11月16日に正式に署名され、発効した。DSAの一般的な適用日は2024年2月17日だ。ただし、DSAは、超大規模オンライン・プラットフォーム(VLOP)および超大規模オンライン検索エンジン(VLOSE)に指定されたオンライン・プラットフォームおよびオンライン検索エンジンのプロバイダーに対しては、これらのサービスを指定する決定の通知から4カ月後から適用される。2023年4月25日、欧州委員会は17のオンライン・プラットフォームをVLOPに、二つのオンライン検索エンジンをVLOSEに指定した。その結果、欧州委員会が監督および執行の権限を有するこれらのVLOPおよびVLOSEのプロバイダーには、すでにDSAが適用されている。

 

「知られざる地政学」連載(31)「デジタル帝国」をめぐる地政学(下)へ続く

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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