【書評】嶋崎史崇(MLA+研究所研究員)上:森永卓郎『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』 ―ジャニーズ問題、「ザイム真理教」、日航123便事故に共通する権力とメディアの闇
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はじめに:森永氏の命懸けの告発と鈍い反応
経済学者であり、テレビ番組のコメンテーターとしても広く知られた森永卓郎氏。2023年に三五館シンシャから刊行された『ザイム真理教 それは信者8000万人の巨大カルト』は、宗教的ともいえる信念をもって緊縮財政を行い、政治家とメディアも従わせて日本を支配する財務省の問題を暴き出しました。同書は24年1月現在、16刷を数えるベストセラーとなりました。その後ステージ4のがんを告知された著者が、まさに命懸けで日本社会の三大タブーに挑んだのが、今年3月に同じ出版社から出た『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』です。同書が発売前に予約でアマゾン総合1位に輝いたことは、『スポニチ』が伝えました。にもかかわらず、全国紙等の主要メディアが―広告を例外として―取り上げる機会は3月末現在で極めて少ない、という奇妙な事態になっています。『東京新聞』が3月30日付書評欄で、「寸評」として申し訳程度に紹介していたのを、確認しました。
スポニチ:「森永卓郎氏 がん闘病中に病床で書き上げた新著 刊行前にアマゾン総合ランク1位『初めての経験』」、2024年3月6日。
森永氏は、本書が論じる現代日本の三大タブーであるジャニーズ事務所問題、ザイム真理教の問題、日本航空123便墜落事件の共通項として、次の4点を挙げます(10頁)。
①絶対的権力者が、人権や人命や財産に関して深刻な侵害を行なう。
②その事実をメディアが報道せず、被害が拡大、長期化していく。
③そうした事態について、警察も検察も見て見ぬふりをする。
④残酷な事態が社会に構造的に組み込まれていく。
第1章 ジャニーズ事務所
これらのタブーの中で、ジャニーズ事務所問題については唯一、被害者らの告発と、BBC報道という外圧により国内メディアも報道し始め、深刻な性加害の実態が明らかになりました。この問題については既存の報道でよく知られているので、詳細は割愛します。自ら四半世紀にわたりメディアの仕事をしてきた森永氏は、「一番変わっていないものこそ日本の大手メディア」(10頁)と告発します。2003年の東京高裁判決が『週刊文春』によるジャニー氏の「セクハラ」報道の真実性を認めたにもかかわらず、刑事事件として警察が動かなかったのは、マスコミがほとんど報道しなかったからだ、という見方を森永氏は示します(20頁以下)。特にバラエティー番組やドラマ番組などを通じてジャニーズ事務所と密接に協力していたテレビ局において、「なんとなく怖い」「拘わるのは面倒」という意識が醸成され、悪名高いマスメディアの沈黙がもたらされたとされます(59頁以下)。
第2章 ザイム真理教
前著『ザイム真理教』に続き、緊縮財政・財政均衡主義等、財務省の問題点が再論されます。著者は「カルト教団」との視点から、旧統一教会と財務省を比較します。文部科学省が請求した「解散命令」の3要件が全てあてはまると指摘されます。即ち被害が数十年にわたる「継続性」、「世界最大の借金」による「財政破綻」で脅して税金を上げる「組織性」、1980年度から2022度にかけて負担率を17㌽も上昇させ70兆円も負担を増やした「悪質性」です(66頁以下)。財務省による政治家やメディアへの「ご説明」という熱心な「布教活動」もカルトの証しだと論じられます(72頁)。こうした布教活動は強力であり、当初増税反対派だった政治家すら、次々と信念を変えていきます。
森永氏は、日本は借金まみれであるから緊縮財政をしなければならない、というザイム真理教の中心教義に真っ向から反論します。緊縮派はしきりに20年度末で「1661兆円の負債」を強調しますが、著者は1121兆円という莫大な資産を差し引いた540兆円が本当の政府負債で、GDPと同程度のため決して大きくない、と反論します。さら政府が日銀に国債を買わせることで得る「通貨発行益」が、23年3月末時点で576兆円あり、差し引きで日本は事実上借金ゼロに近い状態にあるとされます。日銀に国債を借り換え続けてもらうことで元本の返済は不要であり、利子もわずかな経費を除いて国庫納付金として戻る、と論じられます(69頁以下)。
このあたりの議論は、前著『ザイム真理教』70頁以下でも言及された「現代貨幣理論」(MMT)に近いものです。MMTは、日本のように自国独自の通貨を持つ国は、借金で財政破綻することはないので財政均衡は不要であり、注意すべきはむしろ貨幣の過剰発行による高いインフレ率である、という理論です。MMTについては、ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生』(早川書房、2020年)、井上智洋『MMT 現代貨幣理論とは何か』(講談社、2019年)等の解説書がお薦めです。この自国通貨を持つ国は財政破綻しないという主張は、実は財務省自身が、日本国債の格付けを引き下げた外国の格付け会社に2002年4月に抗議した際、「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」という形で、事実上認めているように私には思われます。デフォルトとは債務不履行のことであり、以下で引用する会計検査院の資料は財政破綻と同一視しています。森永氏に従って宗教の比喩を使えば、対外的には「密教」の真相を語り、大衆向けには、財政破綻という神話、即ち「顕教」を語る、という使い分けがあるのかもしれません。ただしMMTに対しては、インフレ率を都合よく制御できるかという批判があり、論争があります。
財務省:「外国格付け会社宛意見書要旨について」
https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430cov.htm
伊藤隆敏・コロンビア大学教授「国の財政破綻を防ぐ手段について」(会計検査院資料)、特に6頁を参照。
https://www.jbaudit.go.jp/koryu/study/mag/pdf/j51d01.pdf
中野剛志:「MMT『インフレ制御不能』批判がありえない理由 『自民党の一部」』が支持の動き、国会でも論議」、『東洋経済』、2019年5月29日。
https://toyokeizai.net/articles/-/283186
前著『ザイム真理教』からは、第6章「教祖と幹部の豪華な生活」も言及しておくに値するでしょう。財務省キャリア官僚が、非正規雇用が増えた民間平均全体よりも遥かに高い給与を受け取り、しかも退職後は外郭団体への天下りの「わたり」で退職金を何度も得ていることが指摘されています。
著者が天下りと同じく問題視するのは、財務省の外局である国税庁の恣意的な権力行使です。企業の申告のうち何を経費として認定するかは、国税調査官の裁量によるところが大きいとされ、1%でも私的な部分があれば否認できる、とのことです。例えば事務所から一度でも私的な電話をかけたら、電話代を経費として認めないことができる、というように。こうした恣意的な税務調査で、莫大な追徴課税を課すことができるので、出版社、新聞社、そして学者・フリージャーナリストら個人も財務省批判には及び腰である、と森永氏は実例を挙げながら指摘します(97頁以下)。
参考記事:Litera:「『深く反省』は大嘘! 安倍政権が“忖度官僚”佐川理財局長を国税庁長官に抜擢、税務調査で批判マスコミに報復」、2017年7月4日。
https://lite-ra.com/2017/07/post-3292.html
かくして森永氏は、予算配分を通して、財務省は「司法・立法の上」に位置する「絶対君主」になっている、と告発します(110頁以下)。こういった事情から、著者が提案するのは、天下りの斡旋禁止と、国税庁の財務省からの分離です(115頁)。
第2章で最後に触れておきたいのは、故安倍晋三元首相への評価です。森永氏は集団的自衛権の限定容認を憲法違反と断じており(115頁)、是々非々で論じる方針だと思われますが、安倍氏を「歴代総理のなかで唯一『反財務省』」と認定しています(104頁)。実際に彼は、2度にわたって消費税増税を延期する等の抵抗をしました。「日銀は政府の子会社」発言したこともあります。「日銀の独立性を侵害」という批判の趣旨はもちろん理解しますが、中央銀行と政府を一体のものとみる「統合政府論」の考え方からすれば正当な認識であるともいえます。
参考記事:山崎元:「安倍元首相『日銀子会社』発言の本音と建前」、『ダイヤモンド・オンライン』、2022年5月18日。
https://diamond.jp/articles/-/303337
かつて私は寺島隆吉氏の著書の書評で、プーチン大統領と頻繁に会談してロシアとの関係を保ちつつ、中国との貿易協定RCEPを推進し、習近平国家主席の国賓待遇での招待を模索する等、安倍氏の対米従属の印象を裏切る強かな政治家としての側面について論じました。だからといって、特定秘密保護法や集団的自衛権解禁等を推進した安倍氏を全体として支持する、というわけではもちろんありません。財務官僚に対抗するために経済産業官僚を重用した弊害もあったでしょうが(『ザイム真理教』106頁参照)、公平な再評価が必要であると考えられます。
「【書評】寺島隆吉『コロナとウクライナをむすぶ黒い太縄』全4巻の調査力と批判精神に学ぶ(下)」、2024年01月23日。
https://isfweb.org/post-32456/
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しまざき・ふみたか 1984年生まれ。MLA+研究所研究員。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科修士課程(哲学専門分野)修了。ISF独立言論フォーラム会員。著書に『ウクライナ・ コロナワクチン報道にみるメディア危機』(本の泉社、2023年6月)。記事内容は全て私個人の見解。主な論文は、以下を参照。https://researchmap.jp/fshimazaki 記事へのご意見、ご感想は、以下までお寄せください。 mla-fshimazaki@alumni.u-tokyo.ac.jp