【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(32)米共和党を論じる(下)

塩原俊彦

 

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聖ヨハネはラッセル・ヴォートか

トランプ政権が再登場するとき、首席補佐官に任じられる可能性が高いとみられているのは、ラッセル・ヴォートである。いわば、神に定められたトランプに寄り添う聖ヨハネといったところか。ヴォ―トは、トランプ政権下で行政管理予算局長(OMB)を務めた人物だ。バイデンが大統領に選出された後、バイデン次期政権幹部がOMBスタッフと面会することを拒否し、次期政権への移行を妨げたことで「名をあげた」。

2021年1月、ヴォ―トは、ハイテク、国家安全保障、予算、移民などの政策課題に焦点を当てたさまざまな専門家を集めた「アメリカ再生センター」(CRA)を設立する。CRAは「欧州から休眠NATOへと米国の軸足を移す」といった論文も公表している。
他方で、ヘリテージ財団が主導する連邦政府の行政部門を再編成する保守派の計画「プロジェクト2025」に関与している。

 

ロバート・ケーガン説

トランプが乗っ取ったかにみえる、いまの共和党を理解するために、ここでは、ロバート・ケーガンが2024年3月28日付でWPに公開した長文の記事を取り上げたい(ケーガンについては、このサイトの「ネオコンの理論家ロバート・ケーガンの論考を斬る」を参照してほしい)。記事のなかで、ケーガンは1930年代の共和党の保守的な考え方と、それが生み出したアメリカ・ファースト運動について論じている。共和党の歴史的変遷を論じることで、現在の共和党を厳しく批判している。そこで、ケーガンの主張を紹介するなかで、現在の共和党について考えたい。

ケーガンは、「トランプの反ウクライナ観は1930年代にさかのぼる」と論じている。まず、トランプのいう「Make America Great Again」(MAGA)の源流となった「アメリカ・ファースト委員会」は1940年9月に設立されたという話が紹介されている。同委員会は、1940年の最初の数カ月で、ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オランダを侵略し占領したヒトラーがヒトラーはイギリスをねらうなかで、同年9月、イギリスへの米国の援助を阻止する目的で結成されたのである。これは、共和党の「反介入主義」ないし「孤立主義」によるものであったが、この主張は、アメリカは無敵であり、アジアやヨーロッパでの出来事がアメリカの安全保障を脅かすはずがないという奇妙な「現実主義」とかみ合ったものであった。

①当時、プラハのアメリカ大使館に勤務していた反リベラル保守派のジョージ・F・ケナンは、ミュンヘン和解を称賛し、「屈辱的だが真に英雄的な現実主義」を優先して「ロマンチック」な抵抗の道を選んだチェコ人を賞賛していた、②飛行家チャールズ・リンドバーグは、「有能で活力のある国家(すなわちナチス・ドイツ)が拡大する権利」をあまり歌人は尊重しなければならないと主張していた――と、ケーガンは紹介している。

重要なことは、共和党保守派が心配したのはファシズムではなかった点である。彼らが恐れたのは共産主義であった。彼らにとって、「戦間期の外交政策の戦いは、フランクリン・D・ルーズベルト(FDR)とニューディールに対するより大きな戦いの一部でしかなかった」と、ケーガンは主張している。米英両国の保守派は、ヒトラーとムッソリーニを、ドイツやその他の地域における共産主義の蔓延に対する防波堤とみなしてきたのだという。

 

共産主義よりも権威主義的軍国主義に立ち向かった米国

アメリカは、日本による1941年12月8日の真珠湾攻撃を機に第二次世界大戦に参戦することになったが、この奇襲攻撃以前から、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)に後押しされたアメリカ人の大多数は、「ヨーロッパのファシズムと日本の権威主義的軍国主義の勢力の拡大を、アメリカの安全保障だけでなく、自由民主主義全般に対する脅威とみなすようになっていた」――こう、ケーガンは説明する。つまり、ケーガンにいわせれば、「アメリカの第二次世界大戦への参戦は、保守的な反リベラリズムに根ざした反介入主義に対するリベラルな世界観の勝利であった」ことになる。

ケーガンの意見では、「この勝利は、冷戦時代もその後もほぼそのまま維持された」であり、ドワイト・D・アイゼンハワーからリチャード・M・ニクソン、ロナルド・レーガン、そして2人のブッシュに至るまで、「共和党の大統領を導いたのはFDRの世界観であった」という。それは、アメリカには自由民主主義、資本主義秩序を支持する利益と義務があり、同盟にコミットし、アメリカの海岸から何千マイルも離れた場所に何十万人もの兵士を派遣することによって、それを実現するという信念であったというのだ。

このリベラルな世界観は、ヨーロッパがリベラルな民主主義であることを前提として、ヨーロッパの平和と安全保障に関心をもつというアメリカ人の視線を生み出す。その結果、ヨーロッパの動向に関心をもつのであれば、ウクライナの動向にも関心をもたなければならないという見方につながっているという。ウクライナがロシアの支配下に落ちれば、ロシアとNATOの対立軸は西に移動し、プーチンは東欧と中欧でモスクワの覇権を復活させるという隠しきれない野望を追求することができるようになるからだ、とケーガンはのべている。

ケーガンの見立てでは、トランプのMAGAは、反共重視の「アメリカ・ファースト委員会」の流れのなかに位置しており、中国脅威に傾きすぎるあまり、米国内にも敵を見出そうとしている。たとえば、今日の共和党は、国内の敵対勢力を、とりわけ共産主義中国から指令を受けている「共産主義者」として描いている。共和党は、バイデンは共産主義者であり、彼の選挙は「共産主義者による買収」であり、彼の政権は「共産主義政権」であると主張する。

反共重視は、権威主義的軍国主義に甘くなる。ゆえに、2013年、プーチンが「ユーロ・アトランティック諸国」が「西洋文明の基礎」である「キリスト教的価値」を「拒否」し、「道徳的原則と、国家、文化、宗教、そして性的なものまで、伝統的なアイデンティティをすべて否定している」と警告したとき、アメリカの保守派は拍手喝采を送った。保守派の政治コメンテーター、パトリック・J・ブキャナンは、「退廃した西側の文化的、イデオロギー的帝国主義 」に立ち向かうプーチンを「我々の仲間」と呼んで称賛した。
こうした事例を紹介して、ケーガンは1940年ころの「アメリカ・ファースト委員会」の失敗に学ぶように促していることになる。

 

ケーガンの嘘

しかし、ケーガンの見解は「嘘」に満ちている。なぜなら、彼の説明は既得権をもったエリートやエスタブリッシュメントに都合のいいだけの話だからである。聖パウロたるヴァンスはケーガンの「嘘」に気づいている。

最初に紹介した『ポリティコ』の記事によると、ヴァンスはいわゆる「ルールに基づく国際秩序」、つまり第二次世界大戦後に確立された法律、規範、多国間機関のシステムに深く懐疑的である。戦後から冷戦時代にかけて、「自由貿易とグローバリゼーションにまつわる神話の多くは、労働力、商品、資本の自由な移動が、誰にとってもより平和で豊かな世界をもたらすというもの」であり、「共産主義中国を西側の軌道に乗せるという政治的プロジェクトを正当化するために糊塗されたもの」であったというのである。

たしかに、自由民主主義を優先する思想は、中国の世界貿易機関(WTO)への加盟を実現させることで、中国の民主化促進につながることを夢にみていた。当時、故ヘンリー・キッシンジャーらが主張していたのは、グローバリゼーションによって多くのアメリカ国民が職を失い、あらゆる重要な点で社会的連帯が弱まったとしても、中国をアメリカのようにすれば、長期的にはそれだけの価値があるということだった、とヴァンスは考えている。だが、現実をみると、国際経済のグローバリゼーションと金融化から利益を得る経済エリートたちを豊かにする一方で、グローバリゼーションが破壊した旧来の産業経済に根ざした労働者階級の人々を苦しめてきた。ゆえに、「もしその根本的な目標が実現されていないのであれば」、「プロジェクト全体を考え直さなければならないと思う」と、ヴァンスは主張している。

別言すると、ヴァンスからみると、長く共和党トップの上院院内総務を務めてきたミッチ・マコーネルらの保守主義は、自由市場原理主義と外交介入主義に基づく「リベラリズムの水で薄めたヴァージョン」にすぎないことになる。その結果、これらの保守派は基本的に、マコーネルや新右派の他のメンバーが「体制」と呼ぶもの、つまりアメリカ政府、ビジネス、メディア、エンターテインメント、学界の上層部に住むリベラル・エリートたちの相互関係階級に属しているとヴァンスは考えている。いわば、「エスタブリッシュメントによるエスタブリッシュメントのための政治にすぎない」ということになる。

ヴァンスがみているのは、経済エリートたちが、自分たちの利益になる世界秩序を維持する一方で、産業革命後のオハイオ州で彼が代表を務めるようなタイプの人々をねじ伏せるという、皮肉な策略なのだ。一方、ヴァンスとその仲間たちは、自らを「体制」とは一線を画す非リベラル反動派と位置づけている。

思えば、日本のマスメディアや、アメリカの専門家の多くは、リベラルデモクラシーなる理念を受け入れ、ここで紹介したFDRの世界観を安直に受け入れてきた。しかし、この世界観自体が疑わしいものあることに気づかなければ、いまのエスタブリッシュメントによる世界支配の現状を改めることはできないだろう。
その意味で、「神に定められた」トランプと、彼に寄り添う「聖パウロ」や「聖ヨハネ」たるヴァンスやヴォ―トの思想は決して無視できないのである。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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