【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第17回 まさかの弁護団からの出廷要請 

梶山天

前回は今市事件の犯人として殺人罪で起訴された勝又拓哉被告(当時)の供述が解剖医である筑波大の本田克也元教授の解剖鑑定書と合わないため、捜査側が秘かに画策した。本来ならば、検察が裁判所に被告の犯行を裏付ける証拠として解剖医の鑑定書を提出する。

ところが、その鑑定書は犯行日時や場所などの基本的な殺害事実が供述と違っていた。栃木県警、宇都宮地検は、自分たちの意図に合うよう解剖医を説得して裁判に臨もうとしたが、「解剖の結果はそれが全てだ!人は嘘を吐くが、遺体は嘘をつかない」。まっすぐな信念を貫く「頑固法医学者」には、脅しも甘い汁も何も通じなかった。

これが「正義」の名のもとに国民の期待を背負って捜査を進める警察、検察の姿か。解剖医に正され、反省するかと思いきや、検察のとった行動はとても信じられなかった。苦渋の選択として宇都宮地検が裁判所に提出したのは、「遺体の状況及び死因等に関する統合捜査報告書」というものだった。本田元教授の鑑定書そのものではなく、一部だけが捜査報告書の文書の中に抜粋されているものだ。いわば検察側に都合の良い物にしていたのだ。

国民のみなさん。この検察の行為、どう思いますか。お茶の間のテレビドラマで悪徳刑事、悪徳検事が出てくるシーンとまったく同じシーンにしか見えません。しかも現実…。

さあ、本田元教授と宇都宮地検の駆け引きはどうなる? 目が離せない。勝又被告の弁護団が本田元教授に会いに初めて大学に訪れた日から数日後のことだった。突然弁護士から電話があった。その声は興奮気味で、驚くべき内容だった。

2021年10月10日に栃木県の宇都宮市総合コミュニティーセンターで開催されたえん罪今市事件・勝又拓哉さんを守る会第5回総会。

 

弁護士「先生、驚きました。(勝又被告に)詳しく聞いて確かめたところ、被告人は殺人はもちろん、拉致も強制わいせつも何もやっていない、というのです。実は、そこを認めるそぶりを見せると、怖い検事さんがとても優しくなったので、そうした方が楽になれると思ったようです。ただ、結果として拉致や強制わいせつ容疑を認めたことから、私たちに辻褄を合わせてそう言ってきただけだったことが分かりました。

実際は、今になってこの被告人は、実はその女の子はまったく会ったこともなく、事件についても知らないと言い始めているのです。ただ母親にこれ以上迷惑をかけたくない、早く終わらせてしまいたい、という思いが強く、噓をついてしまったというのです。先生のおっしゃったとおりでした」。

本田「そうですか。私もそうだと思っていました。ありえないことを被告人は認めてしまっているのです。そこのところはもう少ししっかり確かめていた方がいいと思います」。

本田元教授はやはりそうか、と安堵する思いだった。客観的事実と全く合わない供述をする被告人は事件のことを知らない紛れもない事実である。つまり、犯人になり得ないのである。

この時にハッと思い出したのが、かつて自分がDNA型鑑定で再審無罪を勝ち取った冤罪「足利事件」で犯人でもない菅家利和さんが自白するメカニズムと酷似している点である。「犯行を認めるそぶりをみせると、怖い検事がとても優しくなったので、そうした方が楽になれると思った」という言葉だ。

密室での取り調べが怖くて、怖くてたまらない人間は、その時間帯を何とか楽にすることだけを考えるという。まさに、その境地での供述だったわけだ。警察、検察はまた、足利事件と同じようなことを繰り返している。大変なことになったと思わずにはいられなかった。

2021年12月1日から月に1回、栃木県日光市のJR下野大沢駅前で勝俣服役囚の冤罪をアピールする今市事件守る会の後援会の人々。

 

それから数日して、また弁護士と面会した。弁護士たちは、まるで夢を見ているかのような目をして、不思議な表情で現れた。本田元教授に対して「先生はどうして犯人ではない、と思われたのですか?」と聞かれたので、「実は解剖所見にはいくつか犯人しか知り得ないような情報があったのですが、そのことが一言もこの容疑者から出ていないのが不思議でした。それと、この容疑者に対しては、解剖から描かれる犯人像が異なることが理由です。この裁判はしっかりとやるべきです」。

弁護士「そこでお願いなのですが、先生は裁判に出廷して下さらないでしょうか?」

本田「必要ならば出ていきます。それは鑑定人としての義務だと思っていますから。でも、弁護人からの推薦と言うことだけでは、あたかも弁護側に都合のいいことを述べていると思われては困りますので、検察官との共同推薦ということで、できればお願いしたいのですが……」。

弁護士「分かりました」。

ところが、その後、9月中旬になって弁護士から連絡があり、検察官に話したところ、本田元教授を証人として呼ぶことに反対しているというのである。それで弁護士から「証人申請は弁護人からの推薦ということになってしまいますが、それでもいいのでしょうか」と問われた。本田元教授は「本当は共同推薦の方が良いのですが。検察官は解剖から明らかにされた事実を知りたくないというのは大変不思議なことです。でも、こうなれば仕方がないので、裁判にご協力いたします」と応じた。

それから10日後のことだった。以前に本田元教授が司法解剖した別の殺人事件で検察側から出廷要請があって以来、顔見知りとなった水戸地検の三席検事から電話があったのである。三席検事は緊張しきった声だった。「宇都宮三席検事はよく知っているのですが、今度の裁判の前に先生にお会いしたいと言っているのですが、何とか時間を取って頂けないでしょうか」という。

元教授は断る理由はなかったけれども、検察官が自分の証人出廷を拒んでいるという話を聞いた後であったことから「それは構いませんが、できれば検察側からも証人出廷を推薦して頂けるなら、とお話し下さい。そうして下されば、喜んでお会いしますとお伝え下さい」と話した。

元教授は、証人出廷を拒みながら相談に来たいというのは、自分に弁護側からの証人出廷を拒んでくれ、と言うことかもしれないと思ったのである。それでは真相は闇の中になってしまいかねない。永遠に真実は分からないであろう、と思った。

案の定その後、検察官からは一切、連絡がなくなった。おそらく、宇都宮地検の三席検事は、上司にたしなめられたのかもしれない。結果として本田元教授を味方に付けることを検察があきらめた以上、裁判では検察官と全面対決になるかもしれない。これは容易なことではないことになった、と覚悟を決めた。説得されて法医学者としての魂を売ることもできないし、また無駄な闘争を行うのでもなく、法医学者として生きることを望んだうえの結果だった。

この時はまだ、被害女児の頭部から布製の粘着テープが見つかり、栃木県警が持ち帰っていたことなど知る由もなく、解剖結果に集中していた。

2022年1月12日に今市事件の被害者の遺体発見現場を訪れた冤罪犠牲者の会の人たち6人が花をたむけた。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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