〈海峡両岸論〉平和統一を実行に移す習近平指導部 馬英九氏ら各党派・団体と対話開始

岡田充

中国が2023年から習近平の台湾平和統一政策を具体的に進め、台湾総統選を経た24年からは実行に移す構えだ。

「中国は一つであり台湾の主権と領土は分割できない」との現状認識の下、台湾が実効支配する領域を無視し主権を行使する「強硬手段」に出る。

習近平氏は2019年に発表した習氏の台湾政策「習5点」の第2項目で、「『「一国二制度」』の台湾モデルを台湾の各党派・団体との対話を通じ模索」と明記しており、国民党の馬英九元総統の訪中と対話はその具体化である。(写真 訪中に出発する馬氏)主権行使と台湾版「一国二制度」に向けた対話は、頼清徳新政権時代の習政権の台湾政策の基調だ。

「一つの中国反対せず」で線引き

馬英九氏は昨年の初訪中に続いて4月1日から11日まで20名の青年を引いて広東省、陝西に続き、今回は初めて7日に北京を訪れることから習氏との第2回首脳会談が実現する可能性が高いとされる。
中国と台湾のトップは分断から66年後の2015年11月7日、シンガポールで歴史的な握手をし台湾海峡の平和・発展を確認した。
この時何が話し合われたのか振り返る。

第1は、両岸が(「一つの中国」の原則の下、その解釈は各自に委ねるとした)「92年合意」を堅持し、平和な現状の維持で合意。

第2、習は両岸関係の「最大の脅威は台湾独立勢力の分裂活動」と強調、民主進歩党に対し政権をとっても独立路線を歩まぬようくぎを刺した。
馬は「双方は(それぞれの)人民が大切にする価値と生活スタイルを重視すべき」と述べ、現状維持の保持を強調。

第3、習は「両岸中国人には、自分の問題を解決する能力と知恵がある」と述べ、両岸関係は内政問題であり米国など外国勢力の介入を強くけん制。

第4は馬が「両岸関係は1949年以来、最も平和な段階にある」と述べ、中国が配備している1500発のミサイルに懸念を表明。これに対し習は「台湾に向けたものではない」と言明した。

第5に「交流促進や信頼醸成に向けた」閣僚級のホットラインの設置で合意―だった。

1,2,3は今回も双方が確認する可能性が高い。
ポイントは「一国二制度」台湾版がどのような表現で盛り込まれるかだ。
「各党派・団体との対話」には台湾第3政党の民衆党も含まれるはずで、今後は柯文哲氏を含めた人選と訪中時期が調整される。
民進党と国民・民衆党との線引きは「一つの中国」に反対しない最大公約政策。
これが次期統一戦線の基調になる。
1月の総統選挙で頼氏が当選した際、中国政府は「主流民意を代表していない」と論評したが、強がりではない。
「一つの中国」に反対しない国民、民衆両党の得票率を合わせると6割と、反対の民進党の4割を上回る結果が出たためだ。

中国にひき寄せられる「天然独」

中国は台湾民意の微妙な変化を見逃していない。
次に紹介するのは、第1期蔡英文政権の末期に筆者がまとめた「天然独」の意識に関する記事。
今回の総統選挙で民衆党を第3勢力に押し上げたZ世代の投票行動と重なるものが多いから紹介する。[i]

「産まれたときから台湾は独立国家」と考えるミレニアル世代を「天然独」と呼ぶ。
彼らは馬英九前政権の対中融和政策に反対し、民進党の政権復帰の原動力になったとされてきた。
しかし別の世論調査によると、20~39歳の青年層の約3割が中国大陸での就職を希望している。
賃金水準は頭打ちで賃金、生産性ともに台湾を上回る中国大陸に魅力を感じる「天然独」が増えている。両岸の実力と影響力の差が拡大する中、イデオロギーに基づいた二元論への異論。

民主台湾は独裁大陸より優れているというイデオロギーでは、統治の成果の差を説明できない。総統選挙で民進党は、「抗中保台」を優先させたが、政治スローガンでは台湾社会の多くの難題を解決できない。(写真 ひまわり運動の中心の天然独の若者)

統一はしたくないが独立も不可能。「現状維持」では将来の方向は決まらない。
そんな閉塞感が漂う中で、内政改革の失敗は社会各層や世代間に新しい矛盾を際立たせた。
二大政党制から第3勢力が生み出される世論の萌芽は6年前に既に表れていたのだった。
ここで習5点の要約[ii]を記しておく。台湾青年工作はちゃんと第5に明記されている。

(1) 民族の復興を図り、平和統一の目標実現
(2) 「一国二制度」の台湾モデルを台湾の各党派・団体との対話を通じ模索
(3) 「武力使用の放棄」は約束しないが、対象は外部勢力の干渉と「台湾独立」分子
(4) (中台の)融合発展を深化させて、平和統一の基礎を固める
(5) 中華文化の共通アイデンティティを増進し、特に台湾青年への工作を強化

主権行使の匙加減

一方、金門島では2月に起きた中国漁船転覆事故を契機に、中国側は台湾が実効支配してきた「中間線」の『禁止・制限水域』を無視し、パトロールを常態化させ中国主権を行使している。
ただ金門島は両岸融合の窓口でもあり、強硬一辺倒ではなく、頼政権の対応をみながら慎重な「匙加減」で進めるだろう。
後で詳述する両岸融合政策は、台湾の金門と馬祖という中台激戦の島と対岸の福建の都市を交通インフラで結び、電気・水道も共有しながら「共通生活圏」にする融合・発展モデル計画[iii]だから、金門住民に悪印象を与えるのはマイナスになる。

北京・台北の新幹線も想定

平和統一の具体策は習5点の「(4) (中台の)融合発展を深化させて、平和統一の基礎を固める」にあり、中国共産党中央と国務院(政府)は2023年9月12日、「両岸は親しい家族」の理念を実践し、「平和統一のプロセス推進」のため、「福建の海峡両岸融合発展の新たな道模索と同モデル区建設の支援」(全21条)[iv]という文書で明らかにした。
この文書の内容を概観する。

文書は、福建省と台湾本島および金門島と厦門(アモイ)、馬祖島と福州を一体化するため、橋や鉄道・道路など交通インフラの整備をうたった。
金門島と厦門は最短で2キロと近く、これを橋で結んで道路と鉄道で連結する。国民党の馬英九氏も提唱した。

また福建と台湾本島の間では、台湾海峡(幅200キロ~150キロ)を地下トンネルで結び北京と台北を新幹線で連結する計画も想定している。
中国国務院が2021年2月に発表した「国家総合3次元交通ネットワーク計画」[v]の計画完成図には、福建省と台湾北部を結ぶルートが明示されている[vi]。中国大陸では、北京と台北を結ぶ新幹線が開通した夢を歌ったYoutubeが二年前に流行した。

経済・社会基盤を一体化

一方、台湾人を大陸中国人と同等に扱う措置について文書は、
台湾学生の福建での学習研究促進

2,台湾人の福建での就業促進。台湾教師の採用を増やすほか台湾の医師、看護師、弁護士、介護福祉士など公的資格者の就業範囲を拡大
台湾人が台湾住民居住証を受領するのを奨励。台湾同胞が福建での不動産購入を奨励

4,台湾人の福建での就業、受診、住宅、養老サービス、社会救済などの制度保障を充実させ、大陸の社会保障システムに組み入れる
が盛り込まれた。
要するに、福建に住む台湾人には大陸中国人と同等のサービスを提供、台湾と中国の経済・社会基盤を一体化・融合することが目的。
成功すれば福建以外にも広げ、平和統一の基盤づくりにすることをもくろむ。

統一に向け初の内容

台湾統一は、鄧小平が提唱した1979年の「平和統一方針」以来、歴代政権にとって現代化建設と平和的国際環境の実現と併せ、「歴史的3大任務」の一つと位置付けらる。
「習5点」[vii]は、建国100年に当たる2049年に「中華民族の偉大な復興」を実現する戦略目標と平和統一とをリンクさせた。

中国は統一の時間表を明示したことはない。
だが習5点に沿うなら、論理的には2049年までに統一が実現していなければならないことになる。
2021年3月にアメリカのデービットソン前インド太平洋司令官が、2027年までに中国が台湾に武力行使する可能性が高いとする「台湾有事論」を提起して以来、日本の全国メディアは台湾への武力統一の可能性を煽ってきた。しかし27年までに武力行使するという論拠は実に弱い。

金門で進む融合発展

興味深いのは、台湾側が実効支配する金門島と厦門(アモイ)、馬祖島と福州を「同一都市生活圏」にするのを提唱している点だ。
金門との「通電、通気、通橋」〈電気・ガスの供給、橋の開通〉を加速し、金門はアモイ新空港を共用できるとしている。
金門と馬祖は、蒋介石の国民党政府が共産党との内戦に敗れ1949年に台湾に退却した後も、中台対立と激戦の最前線だった。
特に金門島は1958年に中国側が同島に激しい砲撃を繰り広げ、「第2次台湾海峡危機」と呼ばれた。​

「海西区構想」がひな型

今回発表された「融合・発展モデル地区」のひな型は、福建省政府が2004年に提案した台湾統一の戦略基地と位置付ける「海峡西岸経済区」(海西区)設立構想にある。
経済区は浙江、広東、江西省と台湾を含む広大な地域に1億人の人口を想定、台湾の資本、人材を吸収し、台湾を含めた新経済・生活圏を作って「統一」に資することを目的にしていた。
習氏は1985年から2002年まで17年もの長期にわたって厦門市副市長、福州市党委書記、福建省長など、福建での公職を歴任。

この間、福建に進出する台湾ビジネスマンとの交流を通じ、台湾統一政策を学んだとされる。
「海西区」構想も習氏が深くかかわってきた。
陳水扁政権時代、金門・馬祖島と福建省との直行を解禁する「小三通」は、開通以来2019年6月までに利用者は2000万人に達した。
筆者も2010年夏に厦門から金門まで「小三通」を利用したことがあった(写真 金門島から見た厦門の夜景)

厦門大学台湾研究院によると、2010年段階で厦門に投資している台湾企業は2800社に上り、常駐台湾人は6万人だった。
金門島の台湾人で、厦門の不動産を購入した件数は8000件に上ると研究所責任者は話していた。
今はもっと多いだろう。
開発の遅れた金門島より廈門のほうが生活しやすい[viii]。普段は廈門に住み、何かあれば1時間で金門に戻る島民も多いと聞いた。

金門と大陸の良好な関係

もう一つは金門、馬祖両島の特殊事情だ。両島では大陸との早くからの交流を通じ、台湾の他地域と比べ島民の大陸感情が格段にいい。
金門島の行政区画は、「中華民国福建省金門県」で、馬祖諸島は「中華民国福建省連江県」だ。
「中華民国憲法」は「一つの中国」を前提に組み立てられており、台湾の中に今も福建省が存在する。

金門・連江両県では、中国と敵対する民進党や蔡英文政権の人気は極めて低い。
立法院(国会)や自治体選挙では国民党が圧倒的に強い。
地政学と地経学の両面からみても、金門・馬祖を融合発展のモデル地区にするのは合理的だ。

ソフトパワーに欠く内容

それでもこの計画が「台湾の地方から中央を包囲する戦略に基づく統一戦線工作として台湾総統選まで継続する」と予測する台湾専門家もいる。
台湾のシンクタンク「国防安全研究」の鐘志東[ix]氏で、英BBC中国語版の取材に対し「計画が最終的に成功すれば、台湾中央政府に非常に困難な問題をもたらすだけでなく、国際世論にも政治的影響を与えるだろう」と懸念している。

問題は台湾民衆の反応であろう。
よく知られているように、台湾で統一を望む民意は数%に過ぎず、圧倒的に多いのが「現状維持」[x]だ。

特に2019年の香港大規模デモに対する中国政府の強硬姿勢は、中国が台湾統一で適用する「一国二制度」への信頼を失墜させ、2000年総統選挙で蔡を圧勝させた。
これまで見てきたように「融合・発展モデル地区」計画の内容は、経済的利益という「ハードパワー」が主体。それはそれで台湾人を引き寄せればいい。

台湾人の多くが不安視する統一後の「一国二制度」を保証する「ソフトパワー」には触れていない。
「一国二制度」台湾版の策定に向け、双方がどのようなアイデアを出すか注目したい。(了)
本稿はBusiness Insider Japan から出稿した危機を大幅に加筆・修正した内容である。

正習近平氏、台湾平和統一の「青写真」を初公表。福建省と台湾金門・馬祖島を連結する「共同生活圏」構想 | Business Insider Japan

[i] 若者層の3割が中国での就職を希望——改革頓挫と中国の威嚇で習近平下回る台湾総統の好感度 | Business Insider Japan

[ii] 第99号 2019.02.14発行 (weebly.com)

[iii] 融合有好处 闽台亲上亲——解读中央支持福建探索两岸融合发展新路重大政策_政策解读_中国政府网 (www.gov.cn)

[iv](https://www.gov.cn/zhengce/2021-02/24/content_5588654.htm

[v] 習近平:「台湾同胞へのメッセージ」創刊40周年記念演説–報道-人民日報 (people.com.cn)

[vi] 第15号 2010.08.20発行 (weebly.com)

[vii] https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-66806639)

[viii] 大陸委員會-「民眾對當前兩岸關係之看法」民意調查 (2023-06-28~2023-07-03) (mac.gov.tw)

* * *

岡田充の海峡両岸論 第161号 2024・04・07発行からの転載です。

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岡田充 岡田充

共同通信客員論説委員。1972年共同通信社入社、香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員などを経て、拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師などを歴任。専門は東アジア国際政治。著書に「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」「米中冷戦の落とし穴」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.html を連載中。

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