【連載】改めて検証するウクライナ問題の本質(成澤宗男)

改めて検証するウクライナ問題の本質: Ⅸ 忍び寄る戦術核兵器の脅威(その3)

成澤宗男

米国のワシントン郊外のダレス国際空港に近接した「国立航空宇宙博物館別館」は、ワシントン中心部にある「本館」よりも巨大で、広島に原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ」を始め、歴史的に多種多様な航空機・宇宙船等が展示されている。そしてその広い館内の一角に、形状が異なるミサイルが一対になって立てかけてある。

それらは、かつて共に中距離核戦力(Intermediate-range Nuclear Forces、INF)というカテゴリーで括られ、一機は1980年代に欧州への配備をめぐり大きな議論と激しい反対運動を巻き起こした米陸軍の地対地核ミサイルのパーシングⅡだ。もう一機は旧ソビエト連邦の地対地核ミサイルSS‐20であり、それへの対抗措置として旧西ドイツに配備されたのがパーシングⅡ(及び地上発射型核搭載巡航ミサイル)に他ならない。80年代の米レーガン政権の登場で冷戦期の米ソ対決は一時頂点に達したが、その時代を象徴していたのがパーシングⅡとSS‐20であったろう。

この二機は87年12月8日に米ソが調印したINF全廃条約によって他のミサイルと共に撤去・解体され、文字通り「博物館行き」となった。だが昨秋、SS‐20と共に歴史から消えたはずのパーシングⅡの運用部隊だけが、突如再びドイツで復活した。しかも、今後装備するのは、別のまったく新しい新型ミサイルとなる。

正式名称を米陸軍第56砲兵司令部というこの部隊の再編成が注目されたきっかけは、英大衆紙『ザ・サン』の2021年11月11日付(電子版)の報道であったろう。「“21分でモスクワを急襲”するために米国は、ドイツに時速4000マイルの“ダーク・イーグル”極超音速ミサイルで核部隊配備へ」と題するこの記事は、以下のように解説している。

「米国は冷戦終結以来初めて、ドイツで核部隊を軍務に復帰させた。第56砲兵司令部は、(ヘッセン州の)マインツ・カステルの西部地区にあり、今週の式典で公式に陸軍から再び軍務が与えられた。この決定は国防総省内でロシアが北大西洋条約機構(NATO)や米国の後を継いで長距離砲撃ロケットを作り上げたことに懸念が高まっている中で下された。司令部は1942年に結成され、第二次世界大戦では欧州で戦い、ソ連が崩壊した91年に機能を停止した。……先月に米国が“ダーク・イーグル”の納入を完了したと発表するまで、極超音速兵器の開発は遅れをとっていると思われていた」(注1)。

英大衆紙『ザ・サン』の2021年11月11日付(電子版)

 

INF全廃条約を破棄した米国

2023年に配備予定の「ダーク・イーグル」は、一般にマッハ5以上のスピードを可能とする「長距離極超音速兵器」(LRHW)と呼ばれ、命中精度と並ぶ特徴である2775㎞という射程距離は、優にマインツ・カステルからモスクワに到達せしめる。

だが、この記事とは異なって核弾頭の搭載予定はないとされ、昨年11月8日にドイツで再編成された第56砲兵司令部も、現状では「核部隊」でない。また、「納入を完了した」というのも正確ではなく、昨年10月7日に米ワシントン州のルイス・マッコード統合基地に搬入された事実はあるが、それは訓練用のプロトタイプだ。

いずれにせよ「第56砲兵司令部の復活は、陸軍が“ダーク・イーグル”のような兵器を装備した部隊を展開する準備をしている事実を明確に示す」(注2)とされるが、問題は非核とはいえ、米軍が明らかにロシアを狙う新型の中距離ミサイルを、なぜ冷戦終結後初めて登場させつつあるのかという点にある。

本来INF全廃条約は、射程距離が500~5500㎞の地上発射型ミサイルの保有を禁じており、それが2775㎞の「ダーク・イーグル」は配備できないはずだった。だが18年10月20日にドナルド・トランプ前大統領が同条約停止の意向を表明。同条約は19年8月2日に、最終的に失効した。

INF Treaty written wooden block letters in between the US and Russian Flag, Concept of INF treaty signed by US and Russia

 

トランプ前大統領はINF全廃条約離脱の理由について、「ロシアが配備している地上型中距離巡航ミサイルが射程距離500㎞以上でINF全廃条約に違反し、さらに中国が条約に加盟していないため、中国に対して劣勢になっている」(注3)と説明した。

このロシアの巡航ミサイルとは9M729と呼ばれ、ロシア側は射程480㎞で条約に違反していないと主張。さらに19年1月15日に米国側に対し、「9M729を展示し、条約で決められた距離を飛べないことを示すので、代わりにルーマニアに配備されているミサイル防衛システムに使われているMK-41ミサイル発射機が巡航ミサイル用に転換されていないかを示す」(注4)よう相互検証を求めたが、米国側は拒否した。

しかも中国の中距離ミサイルが、新戦略兵器削減条約(新START)と並んで米国とロシアの相互安全保障の基軸であったINF全廃条約を失効させる理由になるのか疑問となろう。「劣勢」というが、米海軍は第七艦隊の横須賀基地配備の駆逐艦・巡洋艦だけで推計1000発以上の海洋発射型巡航ミサイルを搭載しており、説得力を欠く。しかも空爆用の戦闘爆撃機や戦略爆撃機で米軍は、質・量共に中国軍を圧倒する攻撃力を備えている。

 

「ロシア軍の指揮系統施設を脅かす」

INF全廃条約の失効は現バイデン政権にも引き継がれているが、その真の理由がロシアの9M729にあるのではない。前述の「ダーク・イーグル」の最初の実験は、トランプ前大統領がINF全廃条約からの離脱意向を表明した前年の17年10月にすでに実施されており、さらに開発がスタートしたのはその数年前にさかのぼる。つまり米国はロシアを狙う新型の中距離ミサイルを配備するため、その障害となる同条約を失効させたのだ。

この米国側の配備意図について、ワシントンのシンクタンク「戦略予算評価センター」(CSBA)は「中国とロシアが同じ資源を戦力の対外投入能力に割くのではなく、より高価な防衛と軍事的弾力性(resiliency)に投資するよう圧力をかけることで、高価なコストを課せる戦略(cost-imposing strategy)に貢献するかもしれない」(注5)と分析している。

CSBAが国防総省の献金に依存し、これまで同省の意を汲んだかのような積極的軍事戦略を打ち出していることを踏まえるならば、こうした分析が軍拡競争にロシアと中国を引きずり込むという米国の意図を反映していると見なすのは容易だろう。

さらに、NATOとの関係が深いシンクタンク「ドイツ外交関係評議会」(DGAP)も、「ダーク・イーグル」のような「通常型でも高い命中精度で破壊力のある中距離ミサイル」は、「ロシア軍の指揮系統施設を脅かすことが可能となり、ロシア軍の軍事行動を制限できる」(注6)と評価。さらに「核搭載型の配備も排除されるべきではない」と提唱しているが、これも米軍の本音と遠くはないはずだ。

INF全廃条約調印から35年たった現在、「欧州での緊張を減じる」という当時の米国と旧ソビエト連邦の意思は、少なくとも米国からは消えたように思える。それどころかロシアに軍備競争を強要し、さらには戦争も厭わずロシアに軍事的打撃を与える意図を隠さないのが、「ダーク・イーグル」の配備計画ではないのか。

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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