【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ戦争再々々論

安斎育郎

〇ウクライナ戦争の責任は誰にあるか?

アメリカのシカゴ大学政治学部教授で、元空軍軍人の政治学者ジョン・ジョゼフ・ミアシャイマー氏は、ウクライナ戦争の性格について歴史的事実経過を踏まえながら極めて明快に解説しています。一度聞い てみて下さい。

彼は、ウクライナ戦争の原因はアメリカ合衆国の側にあり、最も好ましい解決策はウクライナの中立化だと主張していますが、彼の見解は、多くの点で私の認識と一致しています。

日本を含む西側陣営の報道が、今度の戦争は「一方的なロシアによる軍事侵攻によるものだ」という認識をベースに日々繰り返され、子どもを含む戦災者の惨状が伝えられている 中で、ややもすれば、「鬼のプーチン憎し、ウクライナ頑張れ、被災者や難民を救え」という感じ方に流れされがちですが、ミアシャイマー教授は、「戦争の原因を作ったのはアメリカ、戦争に勝利するのは大義のあるロシア、敗北するのは米ロの狭間で翻弄されるウクライナ国民」と明確に断じています。

〇ブカレストNATO首脳会議(2008年)が発端

2008年4月2~4日、NATOはルーマニアの首都ブカレストで首脳会議を開き、 ロシアと国境を接するジョージア とウクライナ の 将来的なNATO加盟を認めました。出席していたロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、NATOの旧ソ連圏への拡大に強い警戒感を示し、「強力な国際機構(NATO)が国境を接するということはわが国の安全保障への直接的な脅威とみなされる」と語りました。

ウクライナとジョージアの NATO加盟を強く推していたアメリカのジョージ・ブッシュ大統領にとっては、両国の加盟が合意できず「将来的な加盟」となったことは大きな痛手でしたが、後に、ドイツのアンゲラ・メルケル前首相は、ウクライナの早期加盟を阻止したことは妥当だったと回顧しています。

ミアシャイマー教授は 、「ロシアはジョージアとウクライナのNATO入りはロシアの存亡に関わる脅威であり、受け入れられないと主張した」 ことに言及し 、 このブカレストNATO首脳会議こそが 今回のウクライナ戦争の起源だと言い切っています 。ロシア軍は、その4カ月後の2008年8月 、ジョージアに軍事侵攻し まし た。

〇ユーロ・マイダン・クーデター

2013年から14 年にかけて 、ウクライナで政変が起こりました。事の始まりは親ロ派のヴィクトル・ヤヌコビッチ 政権がEUとの政治・貿易協定に仮調印していながらロシアの圧力などで署名を見送ったことでした。

最初は限られた数の学生の抗議行動に端を発しましたが、2013年12月にはユーロ・マイダン(ユーロ広場、元の独立広場)での抗議集会は 50万人に膨れ上がりました。当然のようにヤヌコビッチ政権は規制に乗り出しましたが、抗議行動の側にも過激な行動をとる人々が現れ、ウクライナは大きな社会的混乱に陥りました。

アメリカはこの機会をヤヌコビッチ大統領を政権の座から引きずり下ろし、米英金融資本の傀儡政権を樹立することに利用し、ネオ・ナチ的 極右集団やフーリガンをも動員したクーデター(ユーロ・マイダン・クーデター)を画策しました。バラク・オバマ政権のもとで実行されたこのクーデターを現場で指揮していた のが ヴィクトリア ・ヌーランド次官補(現バイデン政権の政治担当次官)で、ホワイトハウスで指揮をとっていたのがバイデン副大統領でした 。

もしもアメリカがロシアと国境を接するウクライナに親米傀儡政権を樹立すればロシアへの軍事的圧力になるだけでなく、ウクライナ支配によりロシアとEUを結ぶ 天然ガスのパイプラインを支配してEUとロシアを分断し、ロシアからEU市場を奪い、EUもロシアというエネルギー資源供給地を失ってアメリカ依存性を強めざるを得なくなるという、一石何鳥ものメリットが見込めます 。

EUはこの混乱を話し合いで解決しようとしましたが、これを知ったヌーランドは激怒し、 ウクライナ駐在大使 の ジェオフリー・パイアットに電話で「EUなんかくそくらえ」 Fuck the EU )と話しました(その会話は2014年2月4日にインターネット にリークされました )。
Fuck the EU’: US diplomat Victoria Nuland’s phonecall leaked video | US news | The Guardian

2014年2月18日からデモは全国的蜂起に変わり、首都キーフでは棍棒・ナイフ・チェーンなどを手にしたネオ・ナチの活動が活発化し、石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始めました。

翌19日、政府と野党勢力はデモ隊との休戦に合意したものの、極右民族主義派の右翼セクターや全ウクライナ連合「自由」(スヴォボーダ=極右・反ユダヤ政党)系列などのデモ隊は合意案を拒否、銃器を振り回し、武力で議会を掌握しました。2月22日、危険を感じたヤヌコビッチ大統領は首都を脱出、議会を占領した野党が大統領を解任しました。

ロシアは、折から2月7日~23日の期間、ソチ・オリンピック開催中で事態に対応しにくく、ネオ・ナチはそれも考慮して過激な活動を行なっていた可能性も指摘されています。ウクライナでのこうしたテロ活動を指揮していたのはアメリカで、活動的な反政府抵抗グループのメンバーには1日200ドルの日当が支払われ、外交ルートを通じてキー ウ のアメリカ大使館に送られた資金で賄われました。

ヌーランドは「ウクライナ民主化」のためにアメリカが50億ドルを費やしたと証言しています。先の電話の会話でヌーランドは次期政権 についてアルセニー・ヤツェニュクを候補に挙げていましたが、実際、クーデター後、彼は首相に就任しました。

ユーロ・マイダン・クーデターで親ロ派の大統領ヤヌコビッチが国外脱出すると、ロシアは強引な手に打って出ました。クリミア半島を接収し住民投票のすえにロシア領と宣言したのです。ウクライナの領土と見なされているクリミア半島を構成するクリミア自治共和国・セヴァストポリ特別市をロシア連邦の領土に加えるとする宣言で、2014年3月18日にロシア、クリミア、セヴァストポリの3者が調印した条約に基づ いて 実行され ました。

併合 宣言は、クリミアとセヴァストポリでの 住民投票独立宣言併合要望決議ロシアとの条約締結という段階を踏んで行われましたが、国連やウクライナ、そして日本を含む西側諸国などは主権・領土の一体性やウクライナ憲法違反などを理由としてこれを認め ておらず、併合は国際的な承認を得られないまま今日に至っています 。

しかも、事態はクリミアだけに留まりませんでした。ウクライナ東部のドネツク、ルハンスク(ルガンスクとも表記)2州で親ロ派 の 武装勢力が蜂起し、独立を宣言したのです 。

ウクライナ政府は防衛軍を新たに編成して抗戦し、ユーロ・マイダンで名をあげたフーリガンと極右の連合体であるアゾフ大隊も含めて、様々な極右団体も武装化して東部紛争の最前線に現れたので、この地でその後 何年も続くことになる内戦東部紛争 が始ま りまし た。親ロ派住民に対するウクライナ軍の攻撃は熾烈を極めました 。

〇クーデター後

マイダン・クーデターを受けて2014年5月に行われた大統領選挙では、菓子メーカーのオーナーでウクライナ有数の富豪であるペトロ・ポロシェンコが当選しましたが、彼はヤヌコビッチ 大統領らの下で国家安全保障・国防会議メンバー、外相、経済発展・貿易相などの政治経験をもっていました。ウクライナ国立銀行の理事長もつとめたポロシェンコは、ヤヌコビッチ 政権を崩壊させたウクライナ反政府デモを財政面で支援していたとも報じられています。

アメリカ政府は 2014年以降、ウクライナ政府に20億ドル相当の軍事支援を提供し 、ネオ・ナチ主導と言われた アゾフ大隊が防衛軍に参加 しても意に介さず、議会が彼らに対する支援を禁止した後も援助を打ち切りませんでした 。

アゾフ大隊は、もともとはアゾフ海沿岸のマリウポリを拠点とする準軍事組織で したが、現在はウクライナ内務省管轄の国内軍組織である国家親衛隊に所属しています。アメリカの駐ウクライナ大使パイオットは、マイダン運動を「民主化運動」、これに反対する勢力を「テロリスト」と呼ぶことを 憚らず 、交渉を通じた平和的解決には関心がないと言われます 。

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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