第2回 小児甲状腺がんは放射線被曝による(上):「科学的」と称するデータ処理で真逆の結果を導くことができる ―原子力ムラ「専門家」を使った権力の歴史ねつ造を許してはならない―
核・原発問題・初めに:事故後の甲状腺がん発生
チェルノブイリ事故後において健康被害としてIAEA等の原子力ロビーが認めざるを得なかった疾病は唯一甲状腺がんである。事故に於いて大量の放射性ヨウ素が放出されたこと、血液に入ったヨウ素の10~30%が甲状腺に運ばれること等が「甲状腺がん増加」の理由だ1,2)。
東電事故後、報告されている最も懸念すべき健康被害は子どもに出ている被害であろう1,2)。
多発する小児甲状腺がんは第42回福島県民健康調査検討委員会発表で、2021年7月26日現在で260人、手術者219人、がん確定は218人、集計漏れ19人に及んでいる63⑩)。平時の小児甲状腺がんは年間100万人に1人弱と少ないがその数十~百倍の確率で発生している。
多発する小児甲状腺がんについては「スクリーニング効果1)」(それまで検査をしていなかった人に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見〈正常とは異なる検査結果〉が高い頻度で見つかる事)と言われてきた。福島県健康調査検討委員会はそれまでの「小児甲状腺がんと原発事故との間には関係が見いだせない」としてきたところを、2019年、「甲状腺検査本格検査(検査2回目)に発見された甲状腺がんと放射線被曝との間の関連は認められない」と断言した3)①、②)。
これを受けて、国連科学委員会は「県民に被曝の影響によるがんの増加は報告されておらず、今後もがんの増加が確認される可能性は低い」と評価した3)③。が、反面いくつかの科学論文6)が出され「放射線被曝による発症率増加」であると結論している。
県民健康調査検討委員会が甲状腺調査結果を処理する分析手段・方法は、原爆での内部被曝を「科学的」に隠蔽した『DS86』第6章の「客観的事実を否定する反科学的方法論(矢ヶ﨑克馬:隠された被曝(新日本出版、2010))に酷似する。
行政が安定ヨウ素剤を子どもを重点とする全住民に処方しなかった責任追及を逃れるために、調査を装って小児甲状腺がんが放射線被曝に依存することを隠蔽する目的意思を持っていると判断せざるを得ない。科学方法論の原則を無視した処理方法が甲状腺被爆線量の評価からがんの確認に至るまで全てが「科学とは言えない方法」を執る。本レポートはその点を明らかにするメモである。
(1)甲状腺被曝線量測定について
(チェルノブイリのデータと日本のデータは比較可能な科学データか?)
国連科学委員会の判断の基礎には福島で記録された甲状腺被曝量測定数がチェルノブイリに比して非常に少なく(全測定:1080人)、かつ測定方法が信頼性に欠けるという問題点がある。厚生労働省によると自ら、「このデータは、限られた住民に対して行われた調査のものであり、全体を反映するものではない」としているにも拘わらず、「検査を受けた子ども全員の甲状腺被ばく線量が50mSv以下であり、国連科学委員会(UNSCEAR)によるチェルノブイリ原発事故での甲状腺被ばく線量に関する解析7)②では、小児甲状腺がんの発生の増加が見られたベラルーシでの小児甲状腺被ばく線量は、特に避難した集団で0.2~5.0Svあるいは5.0Sv以上といった値が示されており、福島県で調査された甲状腺被ばく線量より二桁も大きい値となっています」と矛盾した情報操作をしているのだ。
しかし、ウクライナにおける小児甲状腺がんの51.3%が100mSv以下である(10mSv未満:15.5%、10~50mSv未満:20.6%、50~100mSv未満:15.1% 3)⑥ことが判明していて、「フクシマは被曝線量が低いから甲状腺がんはあり得ない」という主張の根拠を否定する。
図3に日本政府の示している甲状腺被曝線量の比較図を示す3)⑦。
ベラルーシの調査は1986年事故直後2ヶ月以内の13万人の測定がデータベースとなり例えばCardis 氏等 3)③の論文によれば15才以下の1500人に付いてホールボディーカウンター(WBC)での測定した線量推定が綿密になされている。チェルノブイリ周辺国ではスペクトロメーター(核種が判定できる測定器)、WBC等を駆使して、全数35万人に及ぶ核種別の放射線被曝量の調査が行われている。
日本政府はチェルノブイリ周辺国とは対照的に、政府の責任で甲状腺線量測定を実施しなかったのだ。目的意識、義務意識を持って測定態勢を全く組織しなかったのである。その上に指摘しなければならないことは、政府の行った測定は精密検査では無く、「測定」と評価することが難しいほどのずさんな測定である。適切さを欠くわずかな「データ」が得られているのみである。政府データ図にはわざわざ「このデータは限られた住民に対して行われた調査によるものであり、全体を反映するものではない」と書かれている(図3)。しかしこれが国際的な被曝線量比較のデータとされてしまっているのである。
(測定された地域は汚染地域を代表するものではない)
日本のデータはどのようにして取られたか?
2011年3月23日までに緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)によって「1才児の甲状腺等価線量が100mSv以上となる」と予測されたのは11市町村に渡る地域である(図4)。
具体的にはいわき市、南相馬市、大熊町、双葉町、浪江町、川俣町、富岡町、楢葉町、広野町、飯舘村、葛尾村63②)である。
原子力災害現地対策本部は2011年3月26~30日に福島県のいわき市、川俣町、飯舘村で0~15才の子ども1080人の子ども達に甲状腺の簡易な被曝調査を行った。空間線量率用のシンチレーションサーベイメーターを使った測定である。この測定地域は、100mSv予測範囲を辛うじて含む地域であり、予測範囲を代表するような意味を持たない。
図4にSPEEDIで予測された甲状腺被曝100mSv以上のゾーンと避難区域及び屋内退避区域に対する甲状腺量測定がなされた区域を示す。測定を行った3市町村の位置と100mSv予測範囲を確認していただきたい。また福島県に限定することを許したと仮定しても、県民健康調査検討委員会の対象として37万人の小児に対してたったの1080人である。
甲状腺線量が測定された川俣町はそもそも避難指示区域(20km圏内)にも屋内退避指示区域(30km圏内)にも該当していない地域であり、いわき市、飯舘村は避難指示区域(20km圏内)の圏外で、屋内退避指示区域(30km圏内)に一部ひっかかっているにすぎない地域である。一番被曝線量の多いと予想される地域はもとより、100mSv以上を予測された地域大部分での測定は対象となっていない。他の測定目的のついでに測ったに過ぎない。
(測定方法は定量的議論には不適切な、測定の基準に達しないものである)
測定方法は上述のように空間線量率測定用のシンチレーションサーベイメーターを用いて行われた。ヨウ素131とセシウム137等の識別はできずガンマ線全ての合算値である。
この測定は、測定プローブを甲状腺に押し当てて測定した値からバックグラウンドの値を引くものである。甲状腺被曝の有無を大雑把に判断する手段であり、バックグラウンドの値より測定目的である甲状腺線量が一桁以上大きいときに初めて定量的な意味をなすが、測定結果を見るとこの条件は満たされていない。得られる値は定量的意味がほとんど無く、「目安」としても意味は薄いものである。
バックグラウンドの放射線量は測定プローブを甲状腺に押し当てた時に甲状腺周囲の首、頭、胴体などの遮蔽を受け、甲状腺に押しつけた状況でのバックグラウンドの測定精度は著しく落ちる。さらに、甲状腺被曝線量100mSvを空間線量率に換算すると約0.2μSv/hとなり、バックグラウンドが0.2μSv/h以上の環境では、得られる値は定量的な意味をなさない。しかし原子力安全委員会事務局の資料2によれば、バックグラウンドの値が0.2μSv/hを上回る多くのデータが報告されており、特に山小屋での被測定者全員(37名)のバックグラウンドは2.4~2.9μSv/hと報告されている63⑧)。
(測定方法の違反)
さらに科学的方法の問題点として測定実施上の原理的方法違反がある。バックグラウンドとして空間線量率(地上1mの高さの空気の1時間当たりの実効線量)を測定すべきところを、衣服の汚染を伴う肩周辺に測定器を押し当てて、「バックグラウンド」とした3⑧)。衣服などは大概の場合、放射性微粒子の付着により空間線量率よりも大きな値を示す。バックグラウンドの過大評価、すなわち甲状腺被曝線量の過小評価を行ったのである。簡易測定であるとしてもその測定スタンダードを満たしていない測定であることが報告書を見れば歴然と判明する3⑧)。
用いた測定器具と方法の両者から判断して正確な計測値は得られていないと判断すべきだ。
(測定値の実態)
この被曝調査でもっとも甲状腺等価線量が高かったのは福島第一原発から直線距離で約40kmのいわき市役所の近く(図4で100mSv圏最南端付近)に住んでいた4才児で甲状腺等価線量35mSvだ。ここでの測定はこの地域の対象児童生徒数の0.2%(100mSv予測圏内23人、圏外106人)しか測定していないのである。また、市からは事前の声かけ(通告)は無く、たまたま市役所に来ていた小児に測定は限定されている。
日本の最大測定数1080人のデータ自体が信頼に足る有意な測定値ではないのである。これが、驚くべきことか、チェルノブイリの被曝線量と比較されているのである。
このような値をベラルーシの測定と比較すること自体が意味あるものではない。いい加減に測定した値が一人歩きして「日本の甲状腺被曝量はチェルノブイリの100分の1にも満たない」等言われているのである。
付言すれば、弘前大学の床次眞司教授のグループがガンマ線スペクトロサーベイメータを使った甲状腺の被曝調査を行った。福島原発事故から1ヶ月後の2011年4月12~16日に福島県の浪江町民17人、福島市に避難していた南相馬市民45人の合計62人に対して行ったものだ。年齢制限はなかったので0才から83才まで幅広い年齢層が検査を受けた。1ヶ月後のこの時、最も甲状腺被曝量が高かったのは40代の方で33mSvだった。ヨウ素131の半減期は8日であるから3月15日のヨウ素放出開始日から数えておよそ線量が8.80~6.25%に軽減されている時の測定値である。初期値は375~528mSvほどである。
残念ながらこの測定は福島県からの「市民に不安を与える」という抗議で中止されてしまった。
(「スクリーニング効果」を否定する根拠は、調査データそのものと山下氏等の調査で明瞭)
国連科学委員会あるいは福島県県民健康調査検討委員会が主張する「スクリーニング効果」の根拠となる線量比較は比較自体が成り立たない似而非測定の結果を利用しているに過ぎない。また、同委員会自体が行った甲状腺健診の結果はスクリーニング効果を否定している。
(1)現実の「がん罹患者が通常より二桁も多いのはスクリーニング効果の結果」とする説を否定する結果が福島県県民健康調査検討委員会の測定結果そのものに現れている。1巡目の有病者は116名、2巡目は71名。いずれも世界の小児甲状腺がんの通常の発生率を2~3桁も上回る値である。もし、「スクリーニング効果で将来発見されるべき甲状腺がんを精密測定で先取りしている」のならば、1巡目で網羅されるはずであり、2巡目で新たに現れるはずがない。
1943年出生、長野県松本育ち。祖国復帰運動に感銘を受け「教育研究の基盤整備で協力できるかもしれない」と琉球大学に職を求めた(1974年)。専門は物性物理学。連れ合いの沖本八重美は広島原爆の「胎内被爆者」であり、「一人一人が大切にされる社会」を目指して生涯奮闘したが、「NO MORE被爆者」が原点。沖本の生き様に共鳴し2003年以来「原爆症認定集団訴訟」支援等の放射線被曝分野の調査研究に当る。著書に「放射線被曝の隠蔽と科学」(緑風出版、2021)等。