【連載】改めて検証するウクライナ問題の本質(成澤宗男)

改めて検証するウクライナ問題の本質:Ⅺ ポスト冷戦の米世界戦略と戦争の起源(その2)

成澤宗男

米国の連邦議会の付属機関で、議員の立法活動を支える「議会調査局」(Congressional Research Service)と言えば、あらゆる問題をフォローして毎年数千点が刊行されるレポートで知られている。質的にも評価を得ているようだが、2021年8月11日に刊行された「防衛入門:地理学、戦略、そして米軍の構想(Defense Primer: Geography, Strategy, and U.S. Force Design)」と題したそれは、イデオロギー色を排したある種の率直さで米国の「国家意思」が示されており興味深い。

そこでは冒頭、「この数十年間、米国の政策立案者は、米国の国家戦略の重要な要素として、ユーラシア大陸における地域覇権の出現を防ぐという目標を掲げてきた」と強調(傍線引用者。以下同)。そしてなぜ「ユーラシア大陸」なのかといえば、「ユーラシアの人口、資源、経済活動を考えると、ユーラシアにおいて(米国以外の)地域的ヘゲモニーが確立されると、米国の死活的な利益を脅かすに十分なほどのパワーがそこに集中することを意味するからである」と解説する。

そして、以下のような記述が続く。

ユーラシア大陸における地域覇権国家の出現を防ぐという目的のため、米軍が(海外に)軍隊を配備しているのであって、それらの部隊が、米国から広大な海・空を経て派兵し、ユーラシア大陸やその周辺海域・空域に到着後、持続的な大規模軍事作戦を展開できるような戦力構成になっている。……(米軍は)欧州とペルシャ湾、インド太平洋に兵力と兵站を前方配備している」(注1)。

前項で、冷戦終結後に公式の米国の世界戦略を確定した1997年の『4年ごとの国防計画見直し』の核心として「敵対的な地域の連合勢力やヘゲモニーの出現を阻止する」という項目があると述べたが、厳密にいえば「阻止」せねばならないのは、このユーラシアという地球上で最大の大陸においてなのだ。

「ユーラシアを押さえたパワーのみが、世界の覇権を握る」という英国の地理学者ハルフォード・マッキンダーの「地政学」の影響かもしれないが、「ヘゲモニーを阻止する」という姿勢は、実際は自らが「ヘゲモニーを握る」と同義と見ていい。だが、自明の権利のように「ヘゲモニーを阻止する」などと宣言すれば、最初からユーラシアのすべての当事国が米国の「ヘゲモニー」に服する保証などない以上、こうした「国家戦略」は地域紛争・対立を恒常化させる可能性をはらむ。

 

地政学的に最重要の黒海

米軍はこのレポートが述べるように、冷戦期から「欧州とペルシャ湾」及びユーラシア周辺の「インド太平洋」におけるプレゼンスを長らく確立していた。

このうち、ポスト冷戦でユーラシアにおける変化が生じたのは「欧州」の黒海に他ならない。黒海を取り巻くのは6ヶ国(アブハジアを含めると7ヶ国)だが、以前からNATO加盟国のトルコを除き、新たにルーマニアとブルガリアが旧ワルシャワ条約機構の支配から脱し、旧ソビエト連邦の解体によってウクライナとロシア、ジョージアという三つの国家も誕生した。

その結果、政治的空白が生まれ、米軍がそれまでアクセス不能だった黒海というユーラシアの戦略的要所に展開を始めた。米国にとっては、黒海を冷戦期のような「平和な海」にしておく選択肢は存在しなかったに違いない。

古くから国家・勢力間の覇権争いの歴史が繰り広げられてきた黒海は、その「地政学」的特性について、次のような認識が共有されている。

「黒海は、欧州とアジア、中東が交差する重要な交差点だ。石油やガスのパイプライン、光ファイバーが海底に走り、海面では毎日数百隻の船舶が人や貨物を積んで横切っている。何世紀にもわたって黒海は世界の主要な強国の抗争の場となり、そのことを通じてユーラシア大陸でも地政学的・経済的意味で最重要地域の一つであるのを証明してきた」(注2)。

そして数ある米国のシンクタンクの中でも別格に国防総省との関係が密接な巨大機関「ランド研究所」(RAND Corporation)も、黒海は「世界の主要な強国の抗争の場」であり、「欧州の未来に向けたロシアと西側との間の主要な対決の場である」(注3)と断じる。その理由は「ロシアはエネルギー、貿易、安全保障、経済的な理由から黒海に依存しており、黒海地域の支配は常に国家の存亡に関わる問題である」(注4)からだ。

米国はポスト冷戦で「グローバルのレベルで影響力の行使が可能な大国としてのロシアを抹消する」(注5)という目標を有している限り、戦略的要所としての黒海の制覇は不可欠となり、それはユーラシアの支配確立にも直結する。

だからこそトルコに次いで長い黒海との接岸距離を有し、ロシア西部とも国境を接するウクライナは、米国にとってユーラシアの支配=黒海の覇権に不可欠なロシアとの戦いのためにどうしても影響下に置かねばならない対象となる。しかもそこには、ロシア海軍にとって唯一の暖流の軍港で、黒海艦隊の本拠地であるクリミアのセヴァストポリが位置している。

黒海艦隊はシリアのフメイミム空軍基地に近接した貴重な海外拠点のタルトゥース海軍補給処を経由し、中東や東地中海、北アフリカにも出動している。これを放置して黒海、ひいては東地中海の覇権はあり得ない。

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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