【連載】改めて検証するウクライナ問題の本質(成澤宗男)

改めて検証するウクライナ問題の本質:Ⅺ ポスト冷戦の米世界戦略と戦争の起源(その2)

成澤宗男

先行したルーマニア・ブルガリアのNATO編入

ただ、トルコ領のボスポラス、ダーダネルスの両海峡を経ることによってしか外洋に出られない黒海は、海洋パワーとしての米国の切り札である空母機動艦隊の活動が不可能という特殊性がある。1936年のモントルー条約により、非黒海沿岸諸国は1隻あたり1万5000㌧、総数で4万5000㌧以上の艦隊の両海峡通過を禁止されている。かつ黒海内の遊弋期間も、21日間に限定されるからだ。

このため、米軍が冷戦終結後にまず重要視したのは、ルーマニアとブルガリアに米空軍と陸軍、海兵隊が利用できる基地と、第6艦隊の艦船が寄港できる軍港を確保する前方展開拠点化であった。しかもこうした動きは、両国がNATOに加盟する2004年以前から始まっている。

「ルーマニアとブルガリアの軍隊は、1990年代半ばから米国との交流を着実に拡大することになった。1990年代後半には、各国とも米国やNATO諸国との陸・海・空軍との演習に毎年数回、参加するようになった。……米軍関係者とルーマニア・ブルガリアとの間で、長期的な基地に関する非公式協議が1990年代にはすでに始まっていた」(注6)。

ルーマニアは2005年12月、米国との間で最大2000人規模の米軍の駐留と国内基地の共同使用を認めた「二か国間軍事協定」を締結。さらに米国はロシアの抗議を無視して16年5月、「イランのミサイルの阻止」というおよそあり得ない口実でルーマニア南部にミサイル防衛(MD)用の地上配備型迎撃ミサイルを設置し、19年6月にはより高性能のTHAAD(ターミナル高高度地域防衛)を配備した。

Ballistic Missile Defense (BMD) schematic diagram, vector illustration

 

またブルガリアも06年4月、米国と同「協定」を締結。この結果、今日まで米軍はルーマニアのミハイル・コガルニチャヌ空軍基地やコンスタンツァ海軍基地、ブルガリアのベズマー空軍基地等計8つの基地・演習場を利用できるようになり、以後今日に至るまで、これらを拠点とした米軍・NATOの黒海での共同演習が頻繁化している。

そして両国がNATOに正式加盟した04年を前後して、米軍のさらなる黒海の覇権に向けた狙いがジョージアとウクライナに定められているのを公然と示したのが、「カラー革命」と称するジョージアの「バラ革命」(03年11月)と、ウクライナの「オレンジ革命」(04年12月)であったろう。

いずれも米中央情報局(CIA)や国務省が関与し、さらにCIAの非公然活動を「民間」が担うために設立された「全米民主主義基金」(National Endowment for Democracy,NED)(注7)に加え、投資家の億万長者であるジョージ・ソロスが率いる「オープン・ソサエティ財団」等から巨額の資金を注入された現地のNGOや、ウクライナのようにネオナチも含めた政治団体が暗躍。街頭での抗議行動や、SNSを使った情報工作が威力を発揮し、より米国の意向に沿った反ロシアの政権樹立に成功した例として記憶されている。

 

NATOとの協力を加速化させた2014年クーデター

特にウクライナは、以下のように米軍と北大西洋条約機構(NATO)に軍事的に取り込まれていった。

「ウクライナは1990年代、NATO指揮下のボスニア・ヘルツェゴビナの『和平履行部隊(IFOR)』と(その後任の)『平和安定化部隊(SFOR)』、及び『コソボ治安維持部隊(KFOR)』に参加。2003年以降は、イラクの多国籍軍に参加している。2007年にはNATO指揮下の『国際治安支援部隊(ISAF)』の一員としてアフガニスタンにも派兵した。

2005年には、NATOの地中海における“テロ防止”の警戒活動である『積極的努力作戦(Operation Active Endeavor)』に参加したほか、黒海でNATOとの共同演習を始めた。そして2014年のウクライナのクーデター後、(NATOとの)協力関係は深まる一方だった」(注8)。

このように黒海ではウクライナの極右・ネオナチ主導のクーデターがあった14年2月以降、米軍と他のNATO諸国の海軍部隊の演習が急増し、航空部隊の活動も目立っていく。

米国の数ある軍事専門のインターネットサイトでも、比較的政府と距離を置く傾向がある「WAR ON THE ROCK」は21年12月29日に掲載した「戦略的曖昧さとウクライナをめぐるロシアとの戦争リスク」という記事(注9)で、NATOが黒海で「毎年数十件に及ぶ」ロシアと衝突一歩手前のニアミスや互いの敵対行為を頻繁化させ、しかも増加傾向にあると指摘している。

さらに「2013年に米海軍が黒海で作戦に従事したのは計27日だったが、14年には207日まで増加した」との例を挙げながら、緊張が高まっている理由として「NATOが自身の増強のための黒海でのプレゼンス拡大を公然と最優先順位としている」点にあると批判。「ロシアは、黒海における米軍とNATOの活動を自国の国家安全保障に対する深刻な脅威と見なしており、そうした活動は削減されるべきだと主張している」としながら、「現状を放置し、さらには黒海におけるNATOの軍事力を一層強化したならば、真に恐ろしい結果を伴った(ロシアの)大規模な敵対行為につながりかねない」と警告した。

さらに記事ではロシアのセルゲイ・ショイグ国防相の発言を引用し、常に「ロシア側に常に適切な防衛手段を準備し、テストするように迫る(米軍とNATOの)挑発行為」を問題視しているが、この警告は約2ヶ月後に現実となった。この記事の論旨からすると、ロシアの「大規模な敵対行為」こそは、黒海でのこうした「挑発行為」が引き起こしたと言えるだろう。

 

NATO東方拡大の行きつく先

ウクライナは戦争前、今年だけでも米軍やNATOとの10の大規模な共同演習を予定していた。このうち、黒海洋上(及び一部沿岸陸上部)で1997年から毎年実施されている演習の「海のそよ風」(Sea Breeze)は「ウクライナの最も古く最も大規模で、最もよく知られた多国籍演習」であり、今年は各国の艦船85隻と航空機70機、7500人の動員という最大規模で計画されていた。

そして毎年演習の拠点となるオデッサは「ウクライナの主要な軍港で、NATO所属の艦船が何度も使用」(注10)し、今や黒海の米軍・NATOの作戦には欠かせなくなっている。加えてオデッサは、米軍がこれまでの軍事演習で公然と攻撃目標に設定しているセヴァストポリから、約250㎞しか離れていない。

今回のウクライナでの戦争勃発について、主流ではないがその主要原因をNATOの東方拡大に求め、ウクライナをNATOとロシアの「緩衝地帯」にしなかったことによる外交的「失敗」と見なす言説が散見された(注11)。

しかしオデッサの軍事的価値一つとっても、「ユーラシア大陸の東の端にある中立的なウクライナという考えは、明らかに米国の地政学的なアジェンダに適合しない」(注12)のは自明だろう。何しろ米国は「ウクライナの“大西洋同盟への希求”(Euro-Atlantic aspirations)を掻き立てるため、14年から20億ドルの『安全保障支援』を供与してきた」(注13)のだ。

こう見ると、世界一極支配に向けたユーラシア―黒海―ウクライナという米国戦略の三段階論にあって、対ロシア「代理戦争」は不可欠の方策として最初から設定されていた可能性が強い。

この意味で、米国にとって「劣勢」が伝えられているウクライナの戦況が今後逆転し、もし「大国としてのロシアを抹消する」というその狙いが何らかの形で達成できたら、「失敗」どころかNATO東方拡大の「成功」例として米国の正史に刻まれるのではないか。

(注1)URL:https://crsreports.congress.gov/product/pdf/IF/IF10485/19
(注2)「The Black Sea should be a US and NATO priority」(URL:https://www.mei.edu/publications/black-sea-should-be-us-and-nato-priority
(注3)「Russia, NATO, and Black Sea Security
(URL: https://www.rand.org/pubs/research_reports/RRA357-1.html
(注4)(注2)と同。
(注5)22 June,2022「The West’s War in Ukraine is a War against Russia」(URL :https://journal-neo.org/2022/06/22/the-west-s-war-in-ukraine-is-a-war-against-russia/).
(注6)September 2009「Joint Task Force East and Shared Military Basing In Romania and Bulgaria」(URL: https://www.marshallcenter.org/en/publications/occasional-papers/joint-task-force-east-and-shared-military-basing-romania-and-bulgaria-0
(注7)2014年に現地でネオナチらと共にクーデターを画策したオバマ政権の国務次官補で、現国務次官のヴィクトリア・ヌーランドは、今も「全米民主主義基金」の役員を務めている。
(注8)15 January,2020「The Black Sea Region as a Zone of Geopolitical Confrontation」.
(URL:https://valdaiclub.com/a/highlights/the-black-sea-region-as-a-zone-of-geopolitical/
(注9)December 29, 2021 「STRATEGIC AMBIGUITY AND THE RISK OF WAR WITH RUSSIA OVER UKRAINE」(URL:https://warontherocks.com/2021/12/strategic-ambiguity-and-the-risk-of-war-with-russia-over-ukraine/
(注10)June 29,2021「Sea Breeze: Ukraine, US Black Sea drills raise tensions with Russia」(URL:https://www.dw.com/en/sea-breeze-ukraine-us-black-sea-drills-raise-tensions-with-russia/a-58081985
(注11)代表的な例として、「John Mearsheimer on why the West is principally responsible for the Ukrainian crisis」(URL:https://www.economist.com/by-invitation/2022/03/11/john-mearsheimer-on-why-the-west-is-principally-responsible-for-the-ukrainian-crisis)が挙げられる。
(注12)March 03, 2021「Biden Set to Inflict Wounds on Eurasia」(URL: https://www.globalresearch.ca/biden-set-inflict-wounds-eurasia/5738811
(注13)(注12)と同。

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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