【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ紛争を見る目

安斎育郎

私は、ウクライナ紛争は、1962年にソ連がキューバにミサイル基地を建設して米ソ対決が崖っぷちまで行った「キューバ危機」と同質の問題だと感じています。 隣国ウクライナが NATO 入りして 米軍基地でも築かれたら 、 ロシアは 安全保障上重大な危機と感じるでしょう。

キューバ危機の最中の1962年10月28日、嘉手納のミサイル管理センターから読谷村のメースB核巡航ミサイル発射基地に核ミサイル発射命令が届きました。ミサイル発射命令は、技師、副官、発射指揮官の順で暗号をチェックするのですが、暗号はすべて一致しました。しかし、 指揮官が1基だけがソ連向けで残り3基は別の国向けだったことに不審を抱き、結局「誤報」であることに気づいてかろうじて発射が回避されました。

実は同じころ、キューバ近くのサルガッソ海でもロシアの潜水艦 B59の艦長がアメリカの艦隊に追い込まれて 核魚雷の発射を企て、副館長の反対でかろうじて核使用を回避する事態が起こっていました。

2002年、マクナマラ米国防長官は、「当時のわれわれの認識以上にわれわれは核戦争に近づいていた」と語りました。これらの事件は、核大国の軍事対決のもとでは核兵器使用の危険が現実にあり得ることを示しており、ロシアのプーチン大統領が、2022年2月27日、核戦力部隊を「特別の臨戦態勢」に置いた決定は大変危険なものでした。

NATOは1949年に設立された西側諸国の軍事同盟ですが、ソ連の側が対抗して1955年に結成したワルシャワ条約機構 は1991年末のソ連崩壊に伴って解体されたにもかかわらず、NATO は存続し続けただけでなく、「東方拡大」の方針を取り続けました。ウクライナ国民はもともと「中立化」を望んでいましたが、オバマ政権下のバイデン副大統領は在任期間中に6回もウクライナを訪問し、NATO 加盟を執拗に勧め、親米傀儡政権樹立を企てました。

2013年、ヤヌコビッチ政権が EUとの政治・貿易協定を見送ったのを契機に市民の抗議行動が起き、やがてユーロ・マイダン(ユーロ広場)での抗議集会は50万人に膨れ上がりました。アメリカはこの機会を傀儡政権づくりに利用し、ネオ・ナチ的極右集団も動員したクーデターを計画しました。

このクーデターを 現場で指揮し ていたのがヌーランド国務次官補(現バイデン政権の政治担当国務次官)で、ホワイトハウスで指揮をとっていたのがバイデン副大統領でした 。

E Uはこの混乱を話し合いで解決しようとしましたが、これを知ったヌーランドはウクライナ駐在のパイアット大使に電話で「EUなんかくそくらえ」と話しました 。その電話は今でもネットで確認できます。

やがて首都キーウではネオ・ナチ集団が銃撃を始めましたが、銃は警官だけでなく市民にも向けられました。2014年2月22日、危険を感じたヤヌコビッチ大統領は首都を脱出、議会を占領した野党が大統領を解任しました。

親ロ派の大統領が国外に脱出すると、ロシアはクリミア半島を接収し住民投票の末にロシア領と宣言、ウクライナ東部のドネツク、ルハンスク2州ではウクライナ軍と 親 ロシア派住民との間で今日まで続く激しい 内戦が始まりました。 親ロ派住民に対するウクライナ軍の攻撃は熾烈を極め、13,000人以上の死者が出ました。

マイダン・クーデター後の大統領選挙ではウクライナ有数の富豪ポロシェンコ氏が当選、アメリカ政府は2014年以降、ウクライナ政府に20億ドル相当の軍事支援を提供しました。翌2015年からは当時コメディアンだった ゼレンスキーが主演する テレビ・ドラマ『国民の僕(しもべ )』が放映され 、一介の歴史教師が大統領になり、腐敗した政界と対決する姿をユーモラスに描き、大評判をとりました。

この人気を背景にゼレンスキーは 政党「国民の僕」を立ち上げ、大富豪コロモイスキーの支援を受けて本物の大統領になりました。彼が大統領になる直前の2019年2月7日、アメリカの意向を受けてウクライナ憲法第116条に、「ウクライナ首相はNATOとEUに加盟する努力目標を果たす義務がある」と明記され、ウクライナのNATO への加盟を目指す方針は 憲法上 の規定になりました。

しかし、3か月後に大統領に就任したゼレンスキーはウクライナが抱える経済、汚職、内戦などの難問を解決出来ず、支持率は25%まで低下しましたが、そこに勃発した今回の紛争で支持率は急上昇、一時は「中立化の選択肢」も口にしていた大統領は「戦う大統領」に変身し、世界に「武器をくれ!」と訴える姿は一部 では「英雄視」されるに至りました。

クマが暴れたら抑えなければなりませんし、当然、ケガを負った人は手当てし、命からがら逃げてきた人は助けなければなりません。だが、クマの目を突いて暴れさせた者がいるとしたら、いや、もっと悪いことは、クマを暴れさせるために目を突いた者がいるとすれば、それこそ断罪されなければなりません。

2022年4月1日、ウクライナの首都キーウ近くのブチャ市で起きた大虐殺は、ロシア軍の残虐性を示す最たる証拠と言われましたが、フランスの国家憲兵隊法医学部門の専門家チームがキーウの法医学関係者とともに遺体を調査し、多くの遺体からロシア軍が使っていない榴散弾(ウクライナ軍はドンバス地方の内戦で使用)の破片が出てきたと発表、実際には、「ブチャの大虐殺」と言われる事件はウクライナ軍の攻撃の結果であることが判明しました 。

私たちは、これ程重要な情報でさえ捏造されたり歪曲されたりするのだということをしっかり認識し、事態を冷静に見極めなければならないでしょう。

(「2022年5月~6 月ウクライナ戦争論集」から転載)

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国 ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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