プロローグ :母を励ます刑務所の君(きみ)
メディア批評&事件検証今回の面会は、再審の意志を確認する重要な使命があった。面会の途中で母ら家族に精一杯気遣う彼の真心を感じて胸が熱くなったが、何とかこらえた。実は彼が犯人ではないと分かっていたからだ。彼の無実を証明する決定的な証拠をついに見つけたのだ。それは被害者の頭から見つかった犯人が彼女の鼻辺りをふさぎ、遺体を捨てる際に剥がしそこなった粘着テープの鑑定結果の隠ぺいだ。
市民が裁判員を務める裁判員裁判の一審では、この鑑定結果は勝俣受刑者のDNAは検出されなかったにもかかわらず、被害者と栃木県警科捜研(以後科捜研)の職員である仁平裕久氏、圓城寺仁氏2人のコンタミ(汚染)で、宇都宮地裁は犯人追及は難しいと、検察側の主張を鵜呑みに全ての検証もせずに証拠不採用にし、大事な証拠を葬ってしまった。
あれから約6年。「犯人は女性の可能性が極めて高い」。女児の遺体を解剖し、犯人像をこうよんだ筑波大法医学教室の本田克也元教授に一審で提出されていなかった粘着テープの鑑定を裏付ける各座位(DNA部位)の型判定の解析記録資料(エレクトロフェログラム)と捜査報告書などを入手し、検証を依頼。すると被害者以外にもう一人別の女性が検出されているとしないと説明ができない型が混在していることが判明した。また、科捜研2人のうち1人は検出しているとしては説明がつかないこともわかった。
私がこの捜査機関のとんでもない事実を知ったとき、証拠を改ざんしてまでして犯人を仕立てる捜査機関の行為に怒りが込み上げてきた。刑務所に入るのは、何をいわんや、捜査の名のもとに無実と分かりながら犯人に仕立てたその連中だ。
話を面会室に戻そう。あっという間に時間は過ぎた。勝又受刑者、いや勝又さんと呼びたい。「あきらめるな!」。そう分からせるしかない。今しかない。面会室から退出する際、振り返って仕切り板に手のひらを広げた。その行為に気づいた彼も足を止めて応じてくれた。彼の目を見つめ、心の中でこう叫んだ。
犯人は君ではなく、別人である証拠をつかんだ。捜査機関の証拠の改ざんだ。必ず君を救出する。あきらめるな!お願いだから、あきらめるな。家族が待っている。「ただいまー」。
「お帰りー」。何気ない日常の景色だけど、君を信じて、母は待ちわびている。
(つづく)
連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/
(梶山天)
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。