【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

安倍暗殺事件のマスコミ報道の犯罪 「供述」垂れ流しと「精神鑑定」の政治的意図

浅野健一

・被疑者のまま死亡した安倍晋三元首相

「紙の爆弾」6月号で政界から永久追放すべきと訴えた安倍晋三衆院議員(元首相)が7月8日午後5時3分、奈良県立医科大学附属病院で死亡した。67歳だった。

安倍晋三元首相

 

安倍氏は、私を含む市民グループ、法律家などが告発した「桜を見る会」疑獄事件を巡り、東京地検特捜部と東京検察審査会で政治資金規正法違反事件において被疑者となっている。サントリーが前夜祭に無料で酒類を提供した被疑事件は6月10日に告発したばかりだった。被疑者が死亡しても刑事手続きは進むので、地検と検審で正義の実現を望みたい。

Suntory Kyoto Brewery in Kyoto, Japan
Address: 3-1-1 Choshi, Nagaokakyo City, Kyoto, Japan
Date: 2018/04/27
The outside appearance of Suntory Kyoto Brewery, one of the largest beer brewery in Kyoto, Japan

 

ウクライナ戦争が始まって以降、自民党の最大派閥である清和会の領袖として、核共有や敵基地攻撃能力の保有など軍事力を強めることで国を守ると声高に主張してきた極右・日本会議・靖国派のリーダーが、奈良市で参院選の街頭演説中に手製の銃で狙撃され絶命したのは皮肉というしかない。

安倍氏には長生きして、政府による証拠の隠蔽・改ざんや国会での虚偽答弁と、捜査当局とキシャクラブメディアの怠業で未解明のままの事件に関し、真実を明らかにし、長期政権で日本を壊したことを懺悔してほしかった。

2001年1月に放送されたNHK・ETV番組「裁かれた戦時性暴力」を巡り、当時、官房副長官だった安倍氏はNHKの国会担当理事、放送総局長らを官邸に呼び付け、「一方的な放送はするな」「それができないならやめてしまえ」などと威圧。NHKは放送直前に番組を改ざんし、44分の番組が40分で放送されるという異常な事態になった。

裁判所で、NHKが安倍氏ら政治家に忖度して番組を改変したという判決が確定している。安倍氏による違憲の検閲が司法の場で明白になっており、私は「絶対首相にしてはいけなかった政治家」と言い続けてきた。

Shibuya, Tokyo, Japan – December 19, 2016: NHK: Hepburn: Nippon Hoso Kyokai, official English name: Japan Broadcasting Corporation is Japan’s national public broadcasting organization.

 

2017年2月に発覚した安倍記念小學院(安倍昭恵名誉校長)事件でも、安倍氏は国会で「私、妻、事務所が(国有地払い下げに)関与していれば総理大臣も国会議員も辞める」と断言した。安倍氏の複数の秘書、昭恵氏の秘書官の事件関与も明らかになっている。安倍氏はここでも政界を去るべきだった。

私は『安倍政権・言論弾圧の犯罪』(社会評論社、2017年)で、安倍政権が放送各社に対し「電波停止」の脅しまでかけて報道界を威嚇したことを書いた。安倍氏は教育基本法を改悪し、朝鮮民主主義人民共和国による拉致事件を政治利用して権力を維持した。

安倍氏の告別式は7月12日午後、東京・芝公園の増上寺で営まれ、昭恵氏が喪主を務めた。昭恵氏は「政治家としてやり残したことはたくさんあったが、種をいっぱい撒いた。それが芽吹くことと思う」と話した。「家族葬」のはずなのに、岸田文雄首相ら約1000人が参列、群衆が詰めかけた。

Tokyo, Japan – November 25 2013: Zojoji Temple’s main gate, the Sangedatsumon (in Japanese) has survived the many past fires, earthquakes and wars, dates from 1622

 

安倍氏の棺を載せた車が自民党本部、官邸、国会議事堂を回り、報道各社は「多くの人が永遠の別れを告げた」と報じた。「安倍総理、ありがとう」と叫ぶ声がオンエアされた。意味不明の拍手も起きた。NHKは、安倍氏が沖縄や広島で「帰れ」と抗議された時、音源を消す工作をしたことがあった。

テレビ各局は、外国首脳が弔意を寄せていると報じ、安倍氏が「偉大な首相だった」という称賛の声が溢れた。完全な翼賛報道だ。

NHKと民放キー局に登場するアナウンサーやコメンテーターは喪服姿で、「列島に悲しみ」「世界の首脳がお悔み」などと報道した。

安倍氏の葬儀が増上寺であったのは意外だった。浄土宗の大本山の一つで、江戸時代には寛永寺とともに徳川将軍家の菩提所だった。安倍氏の信仰する宗教は不明。安倍氏は神社本庁、靖国神社と近かったので神道かとも考えていた。昭恵氏とともに神道系の新興宗教にはまっているという情報もあった。

岸田首相は7月22日の閣議で、安倍氏の国葬を9月27日に日本武道館で開催すると決めた。費用は全額、国が拠出する。岸田氏は7月14日の記者会見で、安倍氏の暗殺事件を「蛮行」と非難したうえで、「この秋に『国葬儀』の形式で葬儀を行なうこととする」と表明していた。

Tokyo, Japan – November 25, 2011: People in front of the entrance of Nippon Budokan. It is located in 2-3 Kitanomarukoen, Chiyoda, Tokyo, Japan. It was built for the 1964 Summer Olympics. It is a famous venue for musical events.

 

戦後の日本で「国葬」は1967年の吉田茂元首相だけで、国葬に関する法律がないことから、歴代の首相経験者は内閣・自民党合同葬が多かった。

私が顧問を務める「権力犯罪を監視する実行委員会」の岩田薫共同代表ら50人は21日、国葬を閣議決定した場合の予算執行の差し止めを求める仮処分を東京地裁に申し立てた。私たちは近く本訴(行政訴訟)も提起する。

国葬の閣議決定は、日本が「法の支配」「自由で開かれた民主主義」などない専制・独裁国であることを示した。憲法違反の「蛮行」で、国政の私物化である。NHK世論調査でさえ38%が反対しているなか、性急な決定だ。多くのメディアが私たちの仮処分申し立てを報道したが、朝日新聞とNHKテレビは黙殺した。

自民党は参院選最終盤に起きたこの暗殺事件を「民主主義の破壊」「政治テロ」と糾弾したが、自公野合政権こそが民主主義の破壊者である。岸田氏らが安倍氏の「葬儀」を再び開催したいなら、自公・日本会議・神社本庁・靖国神社などで実行委員会をつくり執り行なえばいいと思う。

法的根拠もない国家行事に私の税金は1円も使ってほしくない。国家が国民に特定の個人への追悼を強制してはならない。岸田政権は「国葬儀」決定を撤回すべきだ。

・被疑者の山上氏の「供述」は警察とメディアの創作

安倍氏の狙撃事件報道の検証も重要だ。安倍氏は7月8日午前11時32分、奈良市で参院選の応援演説を始めた直後に銃撃され、午後5時3分に死亡した。現場で現行犯逮捕された奈良市在住の山上徹也氏(41歳)が奈良県警の捜査官の取り調べに対して話したとされる「供述」情報が連日、テレビと新聞で報道された。

安倍元首相銃撃現場

 

私は犯罪報道の被疑者・被害者の匿名報道主義を提唱しているが、この事件は日本政界の最高実力者である政治家を暗殺した事件で、宗教法人「世界平和統一家庭連合」(旧・世界基督教統一神霊協会。以下、統一協会)に最も影響力のある政治家だとして安倍氏を狙ったとされていることから、山上氏を顕名にする。山上氏は統一協会の悪質性を社会に訴えるために事件を起こしたと思われる。そこで、浅沼稲次郎社会党委員長を暗殺した右翼少年・山口二矢氏を顕名にしているのに順じた。

日本の刑事事件報道では、被疑者(企業メディアは「容疑者」と呼称)の供述情報が報じられるのが普通だが、今回のように逮捕直後から事細かく報道されるのは極めて珍しい。警察による意図的な情報操作としか思えない。

問題は実名、顔写真(本人の承諾なしに卒業アルバムから接写された写真を含む)、送検時の写真、家族関係などを晒されている山上氏が、メディア報道を見ることができないことだ。報道各社は、一般市民の被疑者は企業メディアを名誉棄損・侮辱罪で告訴し、民事の損害賠償請求訴訟を起こすことはないと高をくくっているのだ。

奈良県警記者クラブ加盟の報道各社が、密室の取調室で被疑者が取調官に話したとされる内容を報道しているが、日本では起訴前の被疑者本人への取材は不可能で、報道されている「供述」が正確なのかはなはだ疑わしい。

私は共同通信記者時代の1984年に『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫、新風舎文庫)を出版して以来、犯罪報道の大転換を訴えてきた。

被疑者の「自供」内容が捜査段階で報道されることについては、①取調室に盗聴器を仕掛ける②被疑者の発言を知ることができる超能力者がいる③捜査官が職務上知り得た情報を地方公務員法の守秘義務に違反して、被疑者の了承なしに民間企業である報道各社記者に漏洩している―の3択しかないと指摘してきた。もちろん③しかない。

警察は逮捕した被疑者の氏名など個人情報を警察内にある記者クラブで報道資料(メモ)としてファクスなどで提供するが、クラブから排除されているフリー記者には報道資料を絶対に見せない。記者会見や囲み取材にも参加できない。情報開示請求をしても、個人情報は黒塗りになっている。

私は7月15日、奈良県警広報課に今回の事件での報道資料の提供を求めたが、情報開示請求で要求してほしいという返答だった。警察が記者クラブに「広報」した文書にアクセスもできない先進国はほかにないだろう。

被疑者が何週間も留置場に拘束され、外部との接見交通権を妨害される民主主義国も日本以外にない。日本の人権状況は先進国の中で最下位レベルだ。

・唐突な「政治的信条への恨みはない」供述

今回の事件では、NHKの情報が極端に早かった。

NHKは男性の逮捕から約1時間半後に男性の実名報道を始め、約4時間後には〈警察当局によると、現場で逮捕された41歳の容疑者は「安倍元総理大臣に対して不満があり、殺そうと思って狙った」という趣旨の供述をしている一方で、「元総理の政治信条への恨みではない」とも供述している〉〈「拳銃や爆発物をこれまでに複数製造していた」と供述しているという〉などと伝えた。

午後2時半ごろには、防衛省関係者の情報として、男性が2005年まで3年間、海上自衛隊に勤務していたとも報道した。

民放キー局では、日本テレビが〈複数の関係者によると、これまでのところ容疑者について事件につながるような思想的背景や組織的背景については確認できていないという〉と報じた。

安倍氏の死亡については、NHKが午後5時46分に「安倍晋三元首相亡くなる 67歳 演説中に銃で撃たれる」などと最初に報じた。

奈良県警の中西和弘刑事部長、谷源(はじむ)警備部参事官、山村和久捜査1課長が午後9時半ごろ、県警クラブで記者会見した。中西刑事部長は事件の概要と被疑者逮捕についてこう述べた。

「安倍晋三元総理大臣がご逝去されたことから、今後は殺人事件に切り替え、全容の解明に努める所存です。本日、奈良西警察署に刑事部長を長とする90人体制で捜査本部を立ち上げております。安倍晋三元総理大臣のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族に対して心よりお悔やみ申し上げます」。

被害者について、「元総理のご逝去」と表現。事件当事者に敬語を使うのは異常だ。法の下の平等に反している。「被疑者の逮捕時の弁録(弁解録取)は入っているか」という記者の質問に、山村捜査1課長は「被疑者山上につきましては逮捕後の取り調べ時、『特定の団体に恨みがあり、安倍元首相がこれと繋がりがあると思い込んで犯行に及んだ』旨本人が供述しているが、以下詳細については差し控えさせていただく」と答えた。

山村課長は「殺意については」の問いに、「私がしたことに間違いございませんと弁解録取ではしている」と回答。「特定の団体とは」という質問には「答えを差し控える」とした。

私が今回の安倍氏死亡報道で一番問題だと思うのは、9日以降、次々と報じられた被疑者の「自供」だ。

8日に逮捕され、10日に奈良地検に送検された山上氏は後述する精神鑑定のため25日に大阪拘置所に移送された。彼の「供述」内容は、県警がメディアの取材に対し意図的にリークした作文であり、裁判に出る調書はどういう内容になるかわからない。捜査段階で大きく報道された「供述」が裁判で全く出なかったケースは多い。

報道各社は「警察担当記者たちが捜査官への夜討ち朝駆け取材で、捜査情報をつかみ取っている」と説明するが、実際は、警察が意図的に漏洩した「供述」情報が大量に流れている。捜査官が夜回りなどで記者に話す内容は、すべて警察上層部に報告され、トップが把握している。警察の情報操作が完璧に行なわれているのだ。

被疑者が逮捕直後に、わざわざ「政治信条の恨みではない」と言うだろうか。捜査官の創作の可能性もある。また、事件から数時間の段階で、組織的な犯行ではないと伝えるのも異常だ。参院選への影響を考慮しての、「供述」情報漏洩と情報操作だった。

また、特定の団体に恨みがあり、安倍氏が団体と繋がりがあると思い込んで犯行に及んだという「供述」に強い違和感があった。「思い込んで」というのは、安倍氏と団体のつながりはないのに、そう思い込んだという意味になる。思い通りに暗殺を実行した人間が、犯行の数時間後に、「思い込んでいた」と言明するはずがない。

今回の男性の「供述」(自白)報道は、報道界が2009年の裁判員裁判制度の開始を前に、法規制を避けるために公約した方針に明確に違反している。

日本新聞協会は2008年1月16日、「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」を発表している。

〈捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方等に十分配慮する。〉

キシャクラブメディアの社員記者は、8日以降の被疑者の報道が犯人視報道になっていないか検証すべきだ。

 

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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