第1回 世界軍人オリンピックのナゾその(一)―コロナ禍の起源―
社会・経済米CDC(疾病対策センター)所長ロバート・レッドフィールド(Robert R. Redfield)は20年3月11日、米下院公聴会で「一部インフル患者は新型肺炎Covid-19で死亡した」と語り、いわゆる流感死者のなかにコロナ死者が含まれると初めて認めた。公聴会では議員からレッドフィール所長に対して、「米国における死亡者はインフルエンザによるものとされているが、実際の死因は新型コロナウイルスだった人がいるのか」という質問がなされた。
これに対して、レッドフィールド所長は、「確かにインフルエンザと診断された患者が新型コロナウイルスに感染し、死亡した病例がある」と返答した。趙立堅副報道局長は、このレッドフィールド答弁を受けて、これまでの中国側の疑惑が一部晴れたとして、「米国のコロナ患者1号はいつ確認されたのか?感染者は何人か?……病院名は?」と追い打ちをかけた。
趙立堅副報道局長が示唆したのは、軍人オリンピック当時(19年10月)にアメリカで第1号患者が発見されたのではないか。実際には米国には多数の患者がいるはずだ。感染者が軍人五輪に参加した選手ならば、当然搬送された米軍病院で確認できるはずだ――ということだった。そして趙立堅副報道局長は最後に、「武漢には、そもそも米軍がウイルスを持ち込んだのではないか?」、とたたみかけた。
戦狼外交官とその後評されることになる趙立堅副報道局長の舌鋒は鋭く、当時のポンペイオ国務長官、そしてトランプ大統領を大いに刺激する結果となり、トランプ大統領が「武漢ウイルス」「中国ウイルス」を連呼し、「中国による責任転嫁」を猛烈に非難する次第となった。
一方、軍人オリンピックの米国選手たちが入院した、金銀潭医院(武漢市の感染症専門病院)の張定宇院長は、新型コロナウイルスの感染が広がった後の20年2月22日、『南方周末』の取材に対して、依然米国入院選手の病名を「マラリア」と答えている。これはおそらく、「19年11月初め時点、すなわち新型肺炎に気づく前の診断」(未確認の肺炎)を繰り返したものではないか。さらに張定宇院長は、5名の米国籍のスポーツ選手が「新型コロナウイルス患者になった」とするニュースはフェイクであるとして、彼らの病名は「いずれもマラリア(疟疾)」だと敷衍説明した。
この張定宇院長の記者会見について、上述5名の米国籍選手が罹患したのは、「輸入性伝染病」であり、いずれも「マラリア」であって、新型コロナウイルスとは直接の関連はない。「マラリアは蚊にさされたか、あるいはマラリア患者の血液から感染する感染病であり、主な症状は、発熱悪寒、食欲不振である」と記事は結んでいる。張定宇院長がなぜ「マラリア」といい、新型コロナウイルスとの関連を否定したのか。これは大きなナゾである。なぜか。
ここには中国当局の政治的な判断がはたらいたと筆者は推測している。つまり、診察時点での診断は「マラリア」であり、もしこの診断に問題があれば、それを米国側に発表させることによって、「貸しを作る」ことを狙ったもの、と筆者は解釈している。
1938年生まれ。東大経済学部卒業。在学中、駒場寮総代会議長を務め、ブントには中国革命の評価をめぐる対立から参加しなかったものの、西部邁らは親友。安保闘争で亡くなった樺美智子とその盟友林紘義とは終生不即不離の関係を保つ。東洋経済新報記者、アジア経済研究所研究員、横浜市大教授などを歴任。著書に『文化大革命』、『毛沢東と周恩来』(以上、講談社現代新書)、『鄧小平』(講談社学術文庫)など。著作選『チャイナウオッチ(全5巻)』を年内に刊行予定。