【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第48回 立ち遅れている司法制度が冤罪の温床

梶山天

なぜ我が国で、冤罪が多いのかを考えてみたいと思う。1999年以降、政府は司法制度改革審議会を設置し、国民が刑事裁判に参加する裁判員裁判制度や、被害者や遺族を刑事裁判に関与させる被害者参加制度など様々な司法制度改革を行った。しかし、国民の期待に応える制度構築となっているのか、甚だ疑問を禁じ得ない。

「冤罪」の根本的な要因は、警察、検察の違法な取り調べにある。この違法捜査という問題が改善されているとは思えないのである。そうした司法制度の暗部が冤罪の温床になっているのだ。

ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天は、朝日新聞記者時代から事件記者として数々の冤罪事件を取材してきた。架空の選挙違反事件をでっち上げた鹿児島県警による「志布志事件」では取調官を呼び出して説得し、全ての捜査資料を入手し、実際に取り調べの実態も聞いた。

その体験から確信できるのは、警察は容疑者を任意調べをする段階からすでに「犯人」と決めつけており、これから調べるにもかかわらず、最初の調べから「例え、否定しても、どんなことをしても自供させる」との姿勢で調べに臨んでいるのだ。

捜査側があらかじめ描いたシナリオに初心貫徹させようとするところに冤罪を生み出す背景がある。捜査機関にとってはとにかく自白調書をとることが大事なのだ。その過程の中で長時間の調べや暴力、脅しなど違法捜査が横行する。これが冤罪のメカニズムだ。

このように冤罪の根本要因は明白だ。国民の安全な暮らしを守るための司法制度が、実は捜査現場を優先する警察、検察に都合のいい捜査手法に依存するがための制度になっているのだ。だから違法捜査は今も昔も変わらず、冤罪の撲滅には繋がらないのだ。

桜井昌司さんが応援し続けている主な冤罪事件と再審の準備をしている事件。

 

この違法な取り調べを一日も早く摘むことが冤罪撲滅の切り札なのだ。冤罪「足利事件」で1991年12月1日早朝に栃木県警が容疑者として菅家利和さんに任意同行を求めた時の事は衝撃的だった。

菅家さんはこの日午後から、かつて園児をバスで送迎する運転手として務めていた保育園の同僚の結婚披露宴に招かれていたため、朝から散髪に行く予定だった。「菅家はいるか!?警察のものだ!」。借家の玄関戸を荒々しく叩き、目を覚ましたパジャマ姿の菅家さんに戸を開けさせて、栃木県警機動捜査隊の芳村武夫警視と捜査一課の橋本文夫警部が室内に上がり込んだ。

菅家さんを居間の座卓前に正座させた芳村警視は「お前、子どもを殺しただろう」と凄んだ。「いや、自分は何もやっていない」と菅家さんが小さな声で答えると、隣にいた橋本警部が、いきなり彼の右胸に肘鉄を食らわした。

ひっくり返った菅家さんが身を起こすと、芳村警視が胸ポケットから1枚の被害女児の写真を取り出して「謝れっ」と目の前につ突き付けた。菅家さんは混乱しながらも手を合わせた。警察官2人は任意同行を求め菅家さんは「結婚式に出なければいけない」と拒否したが、警察官2人は「そんなことはどうでもいい」と彼の懇願を無視して無理やり連行してパトカーに押し込んだ。

この時は任意同行時で、まだ逮捕状すら取っていない状態で起きた。任意の段階では拒否もできるし、菅家さんは懇願までして渋った、当然パトカーに押し込むことはできない。しかもいきなり部屋に入るや否や、正座させて暴行を加えている。

これは特別公務員暴行陵虐罪に当たる犯罪だ。こんなことが許されていいのか。この後の警察署での取り調べ時にも裁判所から逮捕状を取るために警察官が菅家さんを思いっきり膝蹴りして殺害を認める自白調書を取って翌日逮捕した経緯がある。

また志布志事件では、任意調べ拒否を回避するために、何の根拠もない志布志署長名による独自の「出頭要請書」を作り、法律に疎いお年寄りたちに出して取り調べを行っていたのにも驚いた。

鹿児島県警が架空の選挙違反事件をでっちあげて県議や住民を逮捕した「志布志事件」では、法律に疎いお年寄りたちに任意調べの段階で出頭を拒まないように署長名で独自に作った「出頭要請書」を出していた。

 

このような違法捜査を防止するための方策は、世界では進んでいる。すでに取り調べ時に弁護士を立ち会わせることをアメリカ、イギリス、オランダ、フランス、ドイツ、イタリア、台湾、韓国などで始まっている。

旧態依然の取り調べを続けている日本がこういうことが果たしてできるのであろうか?「そんなことになったら犯人は捕まらないよ」と捜査側が悲鳴を上げるのがオチだ。そのくらい暴力などの違法捜査に取調官が依存している。物証がなくて自白調書だけで有罪判決にする裁判官が増えていることも捜査機関の違法捜査に拍車をん賭けている要因でもある。

その具体例として、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が、2018年11月に東京地検特捜部に金融商品取引法違反容疑で逮捕された際に日本の刑事司法制度が「人権軽視」などと海外メディアから厳しく批判された。

「共産主義の中国の出来ことか?」。日本の捜査機関がまるで中国当局を彷彿させるような見出しが躍っていたのが米紙ウォール・ストリート・ジャーナル。「弁護士の立会いなしでの取り調べが毎日続く」との見出しは仏紙・ルモンド電子版だ。ほとんどこの報道は日本の司法制度が民主主義国家とは思えないと批判しているようなものだった。

ところで、今月から公開される冤罪「布川事件」の被害者である桜井昌司さん(75)の半生を描いた金聖雄(キム・ソンウン)監督のドキュメンタリー映画「オレの記念日」が上映される。それに先立ち、ISF編集部に桜井さんと金監督をお招きしてインタビューした。

まず、布川事件の概要をを紹介しよう。1967年8月30日朝、茨城県北相馬郡利根町布川で一人暮らしだった大工の玉村象天さん(当時62歳)が自宅8畳間で絞殺体で見つかり、約10万円が奪われていたとされる。

茨城県警の検証記録によれば、玉村さんは、両足をタオルとワイシャツで縛られ、口の中にはバンツが押し込まれ、首にもパンツが巻きつけられていた。死因は窒息死。被害者宅の玄関と窓は施錠されていたが、勝手口がわずかに開き、8畳間と4間の境のガラス引戸2枚が倒れ散乱していた。

茨城県警は、2人組の男の目撃情報があったとして同年10月、桜井さん(当時20歳)を窃盗容疑、2015年に亡くなった杉山卓男さん(同21歳)を暴力行為違反容疑の別件でそれぞれ逮捕した。長時間に及ぶ取り調べで、玉村さん殺害を「自白」したとして検察は物証がないまま強盗殺人罪で2人を起訴した。

公判では桜井さんたちが無実を訴えたが、1970年一審の水戸地裁土浦支部は、無期懲役判決、78年の最高裁で上告が棄却され刑が確定した。2人は収監中に第一次の再審請求を行うが、83年12月に棄却された。仮釈放で娑婆に出たのは96年11月。第二次再審請求を2001年に水戸地裁土浦支部に行い、05年に9月に同支部が再審開始を決定。

これに対して検察側は東京高裁に即時抗告するが、08年7月に高裁は棄却して再審開始決定を指示した。水戸地裁土浦支部が無罪判決を出したのは11年5月だった。検察側が6月7日に控訴を断念し、罪が確定した。

有罪から再審無罪へ司法判断を変更した決め手は、有罪確定後に検察側が開示した証拠だった。近所の女性の目撃証言や現場に残されたされた8本の毛髪と43個の指紋が2人のものではないという鑑定書、取り調べの録音テープ。検察は無罪を示唆する証拠を隠したまま起訴していた。録音テープにも編集の痕があった。

無罪になったものの、国と茨城県を相手取って冤罪による国家賠償裁判は約7500万円(延滞損害金を含む)の賠償をやっと東京高裁が命じたのは、昨年8月27日のことだった。桜井さんは19年に直腸がんのステージ4で余命1年との宣告を受けている。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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