第1回 ウクライナ戦争報道の犯罪
メディア批評&事件検証私の共同通信の2年後輩の三浦元博・大妻女子大学社会情報学部教授(欧州論)は私の取材にこう言っている。
「ポーランドなど旧東欧諸国のNATO加盟が日程に入ってきた1998年、当時のプリマコフ首相がロンドンの王立国際問題研究所で講演したことがあって、聞きに行った。はっきり印象に残っているのは『ゴルバチョフはなぜ口約束ではなく文書にしておかなかったのか。それだけが悔やまれる。拡大すれば無用な反発を生む』という指摘だ。伊勢崎氏が言う記録は、プリマコフが言及した『残すべきだった文書』のことだろう」
三浦氏へのインタビュー記録はブログ「浅野健一のメディア批評」に「ロシアの本当の狙いは領土拡大ではなく、ウクライナの東西分割だ」と題してアップしている。
http://blog.livedoor.jp/asano_kenichi/archives/28977904.html
伊勢崎氏は私の取材に、「日本に限らず、世界中の報道が『プーチン悪玉』一辺倒なので、日本は推して知るべし。でも、なんと言っても平和憲法の国だから、「国家のために死ぬな」という声を期待したのだがダメだ。リベラル系も、保守系と同じく、市民を武装させる大統領の国を応援している。残念だ」と述べた。
また、「負けるなウクライナ」といった世論の熱狂こそが、停戦合意の最大の足かせになっている」と主張している。
日本は米欧に追随して経済制裁に加担し、米軍機で自衛隊の防弾チョッキなどの軍装備品を送ることによって紛争当事者になった。
トルコで行われた停戦交渉では、ウクライナ代表団が「軍事的中立化」を認める方針を示し、ロシア側がキエフ周辺の軍隊を減らすと表明した。朝日新聞などが「前進」と報じた。日本国内の“プーチン悪玉論”がやや収まってきた。
朝日新聞は22年3月27日朝刊トップで、ロシアが東部攻撃に集中する方針転換をしていると報じた。三浦氏は「プーチン氏苦境の希望的観測ばかり見ているとそういう風に見えてしまうのだろう。これは方針転換ではなく、既定方針どおりだと思う。プーチン氏の目論見としては、①『(あわよくば)キエフ占領、親露政権樹立』があって、これは実は難しいだろうから陽動作戦として使い、②『東部の確保』をボトムラインにすることだったはずだ。つまり本筋の②のステップに移行したということだろう」と見ている。
「今後は一定の段階での停戦交渉で、実効支配しているクリミアと東部地域の公式承認を狙うだろう。その場合、『ウクライナの中立・非武装化』要求は、公式承認と引き換えに捨ててもいい交渉カードとして使われるような気がする(中立化の約束なんて、実はなんの価値もないことをロシア人は歴史的によく知っている。それより領土を確定した方が安心だから)」
和田春樹東大名誉教授ら歴史学者14人による「日本、中国、インドの各国政府に、ウクライナ戦争の公正な仲裁者となるように要請する」という緊急声明に賛同する。
https://peace-between.jimdosite.com/
伊勢崎氏は「日本のメディアが、というわけでなく、世界のメディアがロシア非難一色になってしまっている。さすがアルジャジーラだけは、ウクライナの陰で忘れ去られた戦争の被害を、やっとこの頃だが、時間を割くようになってきた。僕自身は、地上波TVと新聞の電話取材は、すべて断っている。無辜な市民の犠牲を思うと、じっくり話す機会を提供してくれるメディアだけに協力しようと思う」
今後、いかに停戦にもっていくかに集中すべきだ。伊勢崎氏は「ウクライナ市民の犠牲をこれ以上増やさないためには戦争の原因に目をこらし、一時間でも早い停戦を実現するしかない。『反プーチン』に熱狂しているヒマはない」と強調している。同感だ。
1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。