「台湾は中国内政」と認めた大平外相、日中共同声明からみる台湾の現状
国際バイデン大統領が9月18日、米TV番組テレビで「台湾独立」を容認する発言をした。米上院外交委員会が可決した台湾を国家扱いする「台湾政策法案」に続く、中国への挑発だ。
日中国交正常化から半世紀を迎えた2022年、岸田文雄首相は「ウクライナの明日は東アジアかもしれない」と、呪文にように台湾有事を煽り、台湾問題は日中間でも鋭い対立要因になっている。
では台湾問題最大の論点である「台湾の現状」とは何か、日中共同声明で日本側が「ポツダム宣言8項」を付与した意味と論点を整理しながら、共同声明当時、日本政府が「中国の内政」と認めた経緯と根拠を振り返る。
・米大統領の独立容認発言
冒頭で紹介したバイデン発言は、9月18日放送の米CBSテレビのインタビュー番組「60分(60 Minutes)」(注1)で飛び出した。司会者が「バイデン政権の台湾関与政策について、習近平国家主席は何を知るべきだと思うか」と聞いたのに対し、バイデン大統領は「我々は台湾が独立するのを奨励していないが、(独立するかどうかは)彼らが自ら決めること」と、答えたのだ。
独立を含め台湾の将来は、2300万人の台湾人自身が決定するという「住民自決論」支持の発言は、国交正常化以来、歴代米大統領では初めてだけに、ビッグニュースだ。住民自決論は、台湾与党・民主進歩党(民進党)が「台湾前途決議文」(注2) (1999年)に明記しており、中国が台湾当局(蔡英文政権)を「独立勢力」とみなす根拠のひとつにもなっている。
しかしバイデン発言について、多くの日本メディアはバイデンが「台湾有事では、米軍を投入し関与する」(注3) のを認めたことを大きく報じたものの、独立容認発言は「スルー」してしまった。その理由を全国メディアのあるチャイナ・デスクは、「勉強不足のためか、それがポイントと理解できなかったのではないか。恥ずかしい」と、自戒も込めつつ筆者に明らかにした。
・共同声明で「十分理解し尊重」
米政府の公式な台湾政策は、①どちらか一方による現状変更に反対、②台湾独立を支持しない、③海峡両岸の対立は平和的に解決するよう期待する―の3点(米国務省)。バイデン発言は明らかにこれに違反する。発言直後、ホワイトハウスは「一つの中国政策に変更はない」と、いつものように火消しに追われた。
さて、ここでのキーワードは「台湾海峡の現状とは何か」である。銃撃死した安倍晋三元首相や岸田首相も、中国問題に言及する度に「力による現状変更は許さない」と繰り返してきた。
そこで50年前の日中国交正常化交渉における台湾問題処理の経緯を振り返り、共同声明の台湾条項から「台湾の現状」とは何かを法的、政治的文脈から探りたい。古くて新しい論点だ。
まず事実関係から。日中共同声明(注4) の第2項で日本政府は「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とした上で、第3項(注5)で台湾の地位について「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と明記した。
中国の立場を「十分理解し尊重し」というくだりについて、「台湾は中国の一部と認めたわけではない」と、「両論併記」とみなす解釈は、共有されたものであり目新しいわけではない。
外務省の「チャイナ・スクール」の代表のように見なされている故中江要介・元駐中国大使(注6)も、国交正常化という「大同」のために、台湾の帰属については、「中国の主張を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項の立場を堅持する」「ことで折り合った」と、「小異」を残した、と説明している。
・武力行使の正当化を懸念
日本側が「両論併記」した理由は何か。正常化交渉で「最後まで残った争点」は台湾の地位をめぐってだった。当時外務省条約課長として田中訪中に随行した故栗山尚一・元駐米大使は2007年、日本国際問題研究所HPに、その経緯を解説する文章(注7)を寄稿した。
栗山氏はこの中で「台湾は中華人民共和国の不可分の一部」という主張を日本側が受け入れた場合の問題点として、
① 台湾に対する中国の武力行使は、国際法上内戦の一環(正統政府による反乱政権に対する制圧行動)として正当化されかねない(筆者注 両岸は平和協定を締結していないから、台湾への武力行使は「内戦の延長」とみなす、という意味)、
② 台湾防衛のための米国の軍事行動(中国の国内問題への違法な干渉)を日本が支援する法的根拠が失われる の2点を挙げた。
中国の武力行使を「内戦の延長」として容認せざるを得なくなり、同時に(筆者注 台湾有事で)日米安保条約に基づく対米支援が不可能になる懸念があったという説明である。
加えて栗山氏は、米中が歴史的和解を達成した「上海コミュニケ」で、「米国は、台湾海峡の両岸のすべての中国人は、中国は一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認識する(acknowledge)」とした文言を踏まえ、「米国の立場から踏み出すわけにはいかない」のが、共同声明案を起草した外務省(条約局)の立場と説明した。
そして対中交渉で日本側は、「台湾は中華人民共和国の不可分の一部」という中国の主張に対し、「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」との日本側案文を示した。
・ポツダム宣言第8項付与の意味
しかし中国側の回答は「ノー」。栗山は、中国側が拒否した場合の第2次案として訪中前から準備した「理解し、尊重する」の後に続けて「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」との一文を加えた文書を提示した、と振り返るのだ。
第8項は「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルべク」と規定している。それは何を意味するのか。1943年12月1日のカイロ宣言は、米英と中国(中華民国)が「(日本が盗み取った)台湾と澎湖諸島」の中国返還を明記した。このため「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持」と書くことによって「中華人民共和国への台湾の返還を認めるとする立場を意味する」と栗山は書く。その通りで異議はない。
サンフランシスコ講和条約では、日本は台湾に対する主権を放棄したが「帰属先は未定」のままだった。講和条約には中国、台湾とも招かれず調印していない。これに対し日中正常化交渉では、「ポツダム宣言8項に基づく立場を堅持する」を入れたことによって、台湾の中国返還を認め、帰属先を鮮明にしたのである。
栗山氏はその「含意」として次の2点を挙げる。
第1に、これは「台湾は中華人民共和国の領土の一部」とする中国の立場とは異なる、と栗山は主張する。かみ砕いて言えば、台湾は中国に「返還されるべき」だが、「現在はまだ返還されていない」から、「台湾の現状は中国の主権が及ばない」という「法律論」である。
そして第2に「中国側にとってより重要な」意味をもつ政治論として「『二つの中国』あるいは『一つの中国、一つの台湾』は認めない(すなわち、台湾独立は支持しない)ということ」を挙げた。栗山の説明は、共同声明起草に当たった日本外務省の立場に関する限り、信じるに値すると思う。
・中国の主権論
問題は次の2点。第1は栗山氏が「周総理は、この日本の第二次案を正確に理解し、台湾の地位に関する法律論よりも、日本が台湾の中国への返還にコミットしたことが持つ長期的かつ政治的意味を重視したものと思われる(すくなくとも筆者はそのように考えている)」と書いた部分である。
つまり周恩来が、「日本の第二次案(筆者注「の日本側意図」)を正確に理解」したという解釈だ。中国側が「法律論」より「政治論」を重視したから、合意したというのは栗山の推論であり、中国側が日本側の法律論を受け入れたと踏み込んで解釈すべきではない。
「台湾の現状」に関する中国側の法律論は、直近では中国政府が8月10日に発表した「台湾白書」(注8)である。白書は次のように書いている。
―1945年9月、日本は「ポツダム宣言に基づく義務を誠実に履行する」と約束する「日本降伏文書」に署名した。 10月25日、中国政府は「台湾への主権の行使を回復する」と宣言し、台北で「中国戦区台湾省降伏式」を行った。このため中国は、国際的な法的効果を持つ一連の文書を通じて、法律上も事実上も台湾(筆者注「の主権」)を回収した―。
さらに白書は、1949年10月1日の中華人民共和国成立を「国際法上の主体が変わらない中国の政権交代」と指摘し、「中華人民共和国政府が、台湾への主権を含む中国の主権を完全に享受、行使するのは当然」とし、49年10月1日の時点で、台湾主権は中華人民共和国に移ったという立場をとっている。
従って栗山が主張する日本側の「法律論」を、周恩来が「正確に理解し受け入れた」と見なすのは無理がある。栗山自身もこのコラムで「(すくなくとも筆者はそのように考えている)」と補足しているほどだ。
共同通信客員論説委員。1972年共同通信社入社、香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員などを経て、拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師などを歴任。専門は東アジア国際政治。著書に「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」「米中冷戦の落とし穴」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.html を連載中。