「台湾は中国内政」と認めた大平外相、日中共同声明からみる台湾の現状

岡田充

・大平答弁の拡大解釈

第2論点は、福田円・法政大学教授が、外務省発行の隔月刊誌「外交」に寄稿した文章(注9)で、中国の台湾への武力行使に関して、「武力によって台湾を統一するようなことがあれば、これを中国の国内問題とはみなさない」 (注10)のが、正常化交渉以来の日本政府の立場と書いている点である。

首相時代の大平氏

 

福田はその論拠として、大平正芳外相が正常化直後に衆院予算委員会で次のように答弁したことを挙げた。

「中華人民共和国と台湾の間の対立の問題は、基本的には中国の国内問題であると考えます。我が国としてはこの問題が当事者間で平和的に解決されることを希望するものであり、かつこの問題が武力紛争に発展する可能性はないと考えております」。

大平外相が「平和的に解決されるべき」と希望しているのは鮮明だ。しかしこの発言を以て「武力によって台湾を統一するようなことがあれば、これを中国の国内問題とはみなさない」という立場表明とみるのは、明らかな拡大解釈であろう。

大平外相は(台湾問題を)「基本的には中国の国内問題」と明確に表明した。これは日本の「一つの中国」政策にとって、当事者自身による重要な立場表明と受け止めるべきだ。

72年当時中国の台湾政策は「武力解放」であり、「平和統一」に変化させるのは1979年の米中国交正常化の後からである。

大平答弁は「武力紛争に発展する可能性はない」と、単に当時の情勢判断を述べているに過ぎない。福田が言う「武力によって台湾を統一するようなことがあれば、これを中国の国内問題とはみなさない」という因果関係の論理を、この答弁から見つけるのは難しい。

もう一点挙げるなら、米中上海コミュニケ(注11)で「米国は,台湾海峡の両側のすべての中国人が,中国はただ一つであり,台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は,この立場に異論をとなえない。米国政府は,中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する」と書き、台湾問題の平和的解決に対する米国側の希望を明示した。

一方、日中共同声明の第6項(注12)は「日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」と、日中間の紛争の平和的解決を双方が確認したが、これを台湾問題の平和的解決に対する日本側の希望表明と解釈するのは無理である。

条約と同等の意味を持つ共同声明の条項と、国会答弁では、その重みの違いは明らかだと思う。とするなら「日本政府の平和的解決」とは希望表明に過ぎないことになる。

・だれが現状を変えているのか

台湾問題を「中国の内政」とみるかどうか、その底にあるのは「台湾海峡の現状」についての認識の問題である。本稿の第1の論点でもある。言い換えれば、外部勢力による台湾問題関与を「内政干渉」と指弾する中国の立場の是非でもある。

法的文脈で言うと、中国の「主権、領土は分裂しておらず、台湾が中国の領土の一部であるとの地位は変わらず、変更は許さない」(注13)とする中国の現状認識の是非ということになる。

50年前日本政府は、ポツダム宣言8項の履行を約束することで、少なくとも台湾を中国に帰属すべき存在として認めたのである。この点は、日本政府は米国より一歩進んで、帰属先を鮮明にしたのだ。大平答弁で検討したように、日本政府が台湾問題を内政問題と考えていたのは疑いない。

第2論点は、「米中のどちらが現状変更しているのか」という政治的テーマだ。米中双方は相手側の挑発を「現状変更」と非難し合っている。福田は『外交』で、中国が最近になって「一つの中国」原則(筆者注 「台湾は中国の一部」という原則)を強調するようになった背景として、バイデン政権が「台湾の戦略的重要性を再評価して関与を強化し」、「一つの中国政策を形骸化しつつある」(注14)を挙げた。

中国もバイデン政権が「一つの中国」の空洞化を目指しているとみており、福田氏が主張するように「形骸化」を図ろうとしているのは間違いない。「一つの中国」形骸化や空洞化が、現状変更に当たることは自明であろう。冒頭の「台湾政策法案」やバイデンの台湾独立容認発言は、その具体的裏づけでもある。

物事の因果関係は重要であり、米中対立でも明確にすべきだ。中国が台湾本島を包囲する大規模演習を行ったのは、ペロシ訪台という明らかな挑発(注15)への対抗措置だったのは疑いない。時計の針を少し戻せば、トランプの「対中戦争」は2018年に始まった。

少し振り返れば、①中国輸入品に25%の高関税、②ファーウェイ排除など半導体、IT分野での米中経済切り離しーを進めた。続いて争点は香港、コロナ、新疆、台湾と次々に変化するが、ここでの最大のポイントは、中国の主権にかかわる「核心利益」に触れること。

つまり中国が、強硬対応せざるを得ないことを見越して挑発に出たのだ。中国側が許容できない「レッドライン」を探る意図が米軍事・情報サークルにあるのも見逃せない。

・挑発し過激反応引き出す

一方、バイデン政権に変わると、①中国は「唯一の競争相手」、②「民主vs専制」の対立、③同盟再編強化の推進(日米同盟強化、クアッド、オーカスの新設)を通じ、中国の追い上げを阻止・遅延させようとする対中戦略を推進している。「グローバルリーダー」としての米一極覇権回復がその狙いだ。

挑発をまとめれば 、①金額、量ともに史上最大規模の台湾へ武器売却、 ②閣僚・高官を繰り返し台湾に派遣 、③軍用機を台湾の空港に離発着、 ④米軍艦の台湾海峡の頻繁な航行、 ⑤米軍顧問団が台湾入り台湾軍訓練―などである。

その狙いから、次のようなバイデン政権の「行動パターン」がみえる。
①中国を挑発し中国に競争するよう仕向ける
②中国に軍事的、政治的に「過剰対応」を引き出させる
③国内外で中国の威信や影響力を喪失させるー

こうしてみるとバイデン政権が台湾海峡情勢で期待しているのは、果たして緊張緩和なのだろうかという疑問だ。中国に対して厳しい見方で知られる遠藤誉氏ですら「中国は台湾『平和統一』を狙い、アメリカは『武力攻撃』を願っている」(注16)というタイトルの記事で、「中国に武力行使させたい米国の思惑」を分析しているほどだ。「一つの中国」政策の空洞化によって、現状変更を狙っているのは米国政府に他ならない。

・矛盾はらんだ論考

福田教授は『外交』の結論で、日米とも「一つの中国」の見直しを「想定していない」と書く。だが、その一方で、「中国に武力行使が現実味を増すほど、それを抑制/阻止する方策を(日米が)台湾と共に検討しようとする」とも指摘し、「72年体制」の「持続可能性を議論すべき局面に立っている」という結論を引き出すのである。矛盾をはらんだ論考だ。

福田教授は『朝日新聞』(2022年9月13日付)に寄稿した「『私の視点』中国の拡大解釈へ対抗を」と題する同趣旨の記事では、中国が「台湾は中国の一部」との認識を「国際社会全体の合意であるかのように振舞うことに対し」、「同志国と協調して対抗すべき」と勇ましく論じる。

こうした主張は、日本を米中対立の当事者として参入させ、対立に拍車を掛ける作用をもたらすだけであろう。これを進めれば、日本政府も「台湾政策法」や「台湾独立容認発言」と、同じ方向を目指すべきということになるのだろうか。

 

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岡田充 岡田充

共同通信客員論説委員。1972年共同通信社入社、香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員などを経て、拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師などを歴任。専門は東アジア国際政治。著書に「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」「米中冷戦の落とし穴」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.html を連載中。

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