【連載】ヒューマン・ライツ紀行(前田朗)

第6回 熊本地震とネット上の朝鮮人差別書き込み(その2)―行橋市議ヘイト・スピーチ事件裁判控訴審判決―

前田朗

本連載第2回「熊本地震とネット上の朝鮮人差別書き込み」で報告した「行橋市議ヘイト・スピーチ事件裁判」の続報である。

「第2回/熊本地震とネット上の朝鮮人差別書き込み――行橋市議ヘイト・スピーチ事件裁判一審判決」
https://isfweb.org/post-2712/

・控訴審もヘイト批判

本年10月7日、福岡高裁は、控訴人(一審原告)である小坪慎也・行橋市議の控訴を棄却した。

 

被控訴人(一審被告)の徳永克子・行橋市議の勝訴である。原告も被告も行橋市議である。

本件では、ヘイト・スピーチをした側が、ヘイト・スピーチを批判した側を名誉毀損で訴えた。時系列に従って整理しておこう。

2016年、熊本地震が発生した時期、小坪市議が「まず結論から述べるが、『朝鮮人が井戸に毒を入れた』というデマが飛び交うことに対しては仕方がないという立場である」と始まるヘイト擁護コラム(タイトル「『朝鮮人が井戸に毒』に大騒ぎするネトウヨとブサヨどもに言いたい!」)を公表した。

The words hate speech are standing on a speech bubble, political correctness, racism, defamation

 

これに対して、地元福岡県の市民たちが福岡県弁護士会に人権侵害事件として申し立てた。

小坪市議がヘイト発言以外にも問題発言を続けたため、行橋市役所に爆破予告がなされる事件が起きた。

行橋市役所

 

2016年9月、行橋市議会は、小坪市議がヘイト発言等の問題発言を続けたため、市議としての品位を損なったと考え、小坪市議非難決議を賛成多数で採択した。

2019年12月、これに対して小坪市議が行橋市及び徳永市議を相手に、名誉毀損として福岡地裁小倉支部に提訴した。

2022年3月、福岡地裁小倉支部は、小坪市議の請求には理由がないとして却下する判決を言い渡した。第1に、行橋市について、小坪市議非難決議の動議提出行為は「付与された権限の趣旨に明らかに背いて行使したと認め得る特別な事情はなく、国家賠償法1条1項の違法な行為には当たらない」。

第2に、徳永市議について、小坪市議非難決議をブログに掲載した行為は「もっぱら公益を図る目的によるもので、本件爆破予告は小坪市議の意見表明が原因であると信じるにつき相当の理由があるので、徳永市議に対する請求は理由がない」とした。

これに対して小坪市議は控訴したが、後に行橋市に対する控訴を取り下げた。徳永市議に対する控訴のうち、名誉回復措置を求める請求を取り下げ、金銭請求部分のみが残った。

本年10月7日、福岡高裁は上記の通り、小坪市議の控訴を棄却した。

・控訴審の判断

福岡高裁は一審・福岡地裁小倉支部と同じ事実認定を前提として、次のように判断した。

第1に、本件は、小坪市議非難決議を市議会に動議として提出し、その決議が可決された後にブログに掲載した事案である。

それゆえ、「報道機関が取材に基づいて作成した記事等により名誉毀損が問題となった類型とは異なるから、控訴人の主張にある情報源となった資料、根拠の存否やその確実性や合理性を検討するといったプロセスで真実相当性の判断ができるものではなく、被控訴人がどのように情報を認識し、事実を真実であると確定したかという、その根拠や経過を踏まえて、真実相当性を判断すべきである」。

熊本地震の2日後に小坪市議がヘイト書き込みをしたため、「これに対してネット上でヘイトスピーチであるとして批判がされたり、市民団体が弁護士会に対して人権救済申立てをしたことが新聞報道されたりしたほか、市議会に対しても、反レイシズム情報センターが、控訴人に対する厳正な処分を求める要請書を行橋市議会に提出し、市民団体『公人のヘイトスピーチを許さない会』は、行橋市議会議長宛てに、控訴人の発言は公然とデマを擁護し、差別と偏見を助長するなどの意見を記載した公開質問状や、控訴人の差別的言動を助長する意見表明についての謝罪と撤回することの決議を求める旨記載した陳情書」を提出した。

こうした時期に行われた爆破予告は「ヘイト議員小坪しんやに市議会議員をやめさせろ」などと述べていた。

従って、判決は「被控訴人が本件ブログ記事を掲載し、本件ツイートをした際、被控訴人において控訴人の意見表明が原因で本件爆破予告がされたと信じるにつき相当な理由があったというべきである」と判断した。

小坪議員の立場から、自分が被害者であるということになるかもしれないが、他の市議や市議会の立場からは、小坪市議がトラブルメーカーであると認識されたのも頷けるという趣旨だろう。

第2に、判決は「名誉毀損における真実相当性による免責は、憲法上の表現の自由との調和の観点から行われるものであって、犯行の動機に関わる事実であっても、その推測が社会的に相当であれば免責されるものである」と言う。

爆破予告がなされた時点で、小坪市議のヘイト発言が原因であると認識することは「一般社会人として通常の思考ともいえるし、当時これ以上の情報獲得手段も存在しないから、被控訴人が本件ブログ記事を掲載し、本件ツイートをした際、被控訴人において控訴人の意見表明が原因で本件爆破予告がされたと信じるにつき相当な理由があったというべきでる」。

それゆえ、判決は結論として「本件の事実関係の下では、控訴人の意見表明が原因で本件爆破予告がされたと考えることは、社会人として合理的な思考であるということができ、そのように信じることに相当の理由があると認められるから、この点の控訴人の主張も採用できない」とされた。

小坪市議のヘイト書き込みが一連の事件を引き起こしたと受け止めたのも無理はないということであろう。

 

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前田朗 前田朗

(一社)独立言論フォーラム・理事。東京造形大学名誉教授、日本民主法律家協会理事、救援連絡センター運営委員。著書『メディアと市民』『旅する平和学』(以上彩流社)『軍隊のない国家』(日本評論社)非国民シリーズ『非国民がやってきた!』『国民を殺す国家』『パロディのパロディ――井上ひさし再入門』(以上耕文社)『ヘイト・スピーチ法研究要綱』『憲法9条再入門』(以上三一書房)『500冊の死刑』(インパクト出版会)等。

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