【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

対ロ制裁によるロシア経済への影響について〈上〉:不勉強な日本のマスコミに喝

塩原俊彦

深刻な製造業

2022年5月に上梓した拙著『プーチン3.0 殺戮と破壊への衝動:ウクライナ戦争はなぜ勃発したか』のなかで、「いずれにしても、『経済はごまかせない』から、プーチン大統領の権力基盤は景気後退と失業者の増加によって揺さぶられることになるだろう」と指摘しておいた(179頁)。とくに、第5章第4節「供給不足という脅威」のなかで、製造業が制裁によって大いに打撃を受けていると論じた。

この主張はミロフの考察によって裏づけられている。論文では、2022年9月時点で、鉄道機関車の製造は前年比20〜30%減、鉄道貨物用客車は32%減、自動車用ボディは44%減、貨物輸送車は34%減、5トン未満のバスは51%(5トン以上は21%)減、内燃エンジンは37%減、鉛バッテリーは10%減、遠心分離機は15%減、電気自動車は15%減。鉛電池10%、遠心ポンプ26.5%、洗濯機58%、テレビ50%、冷蔵庫42%、半導体装置とその部品24.5%、電源トランス23%、光ファイバーケーブル20%、ブルドーザー20%、種まき機15%減などの例が示されている。

連邦国家統計局によると、9月の鉄鋼生産は前年同月比2.4%減、完成品金属は5.4%減であった。鉄鋼業は他の産業と同様、労働集約型産業であり、40万人以上の直接雇用と200万人以上の関連産業が鉄鋼メーカーからの受注に依存しているから、この生産減少は雇用市場や所得にさらに深刻な影響を与えるだろう。

ロシア経済を支えてきた石油・ガスにしても、7〜9月期のガス輸出量は前年同期比40%以上減少し、ガス生産量も26%減少した。ロシア産原油価格の指標であるウラル原油価格が2021年よりも約10%高かったにもかかわらず、9月の石油・ガス総収入は、前年同期比4.5%減であった。事態は確実に深刻化しているのである。

Close-up on a gas stove fire in the dark.

 

輸入の崩壊

ソネンフェルドらの論文と同じく、ミロフ論文でも、輸入の崩壊を問題視している。「2022年10月のロシア関税庁の推計では、輸入は前年比65〜75%減少している」というのだ。

輸入の減少は、製造業、運輸、通信、サービス業のための重要な投資や中間財といった供給面だけでなく、需要面でも打撃を与える。ロシア人は価格競争力のある高品質の消費財を手に入れることができなくなるのである。

ロシア政府は、2022年3月30日に、権利者の同意なしにオリジナル商品を輸入する、いわゆる並行輸入を許可したが、仕入れや物流コストが著しく高いため、インフレの原因にもなっている。他方、すでに指摘したように、輸入代替は進んでいない。

消費者需要・所得の収縮も輸入減少につながっている(ロシア政府は、戦争開始以来の実質賃金と年金のほぼゼロの縮小[連邦国家統計局による2022年9カ月後の実質賃金の縮小はマイナス1.5%、実質年金はマイナス2.6%]しか報告していないが、そうした報告は過小報告されたインフレに基づいている)。

ロシアへの蒸留酒の輸入が減ったことで、主にジンやリキュールのカテゴリーでロシアブランドが目立つようなってきている。
(出所)https://www.kommersant.ru/doc/5694306

 

財政面の危機

財政面をみると、開戦以来、国際石油価格が高騰したことで、ロシア連邦予算は5月末までに約1兆5000億ルーブル(3月にロシア中央銀行がルーブルの兌換を事実上停止したため、実効兌換レートは不明だが、1ドル=60.65ルーブルと仮定すると、247億ドル)の黒字を積み上げてきた。

しかし、石油・ガスや非石油・ガスの税収の減少、支出の増加により、「9月末には事実上の黒字が解消された」とミロフは指摘している。政府は、今年はGDPの0.9%以上の財政赤字になることを認めており、赤字の資金調達のためにすでに国家財政の蓄えを取り崩している。

では、プーチン大統領の懐にはどれだけの金が残っているのか。ロシアには、国民福祉基金(NWF)という予備資金がある。ロシア財務省が中央銀行に預けている資金で、実質的には石油・ガス輸出の超過収益が過去数年間蓄積されたものである。

A news headline that says “Ruble” in Japanese.

 

表向きは中央銀行の外貨準備の一部だが、欧米が中央銀行の資産を凍結した際にもNWFは凍結されず、そのまま政府が使用できる資金として残っている。同基金は2022年10月1日時点で10.8兆ルーブル(2月1日の13.6兆ルーブルから減少)蓄積されているが、ロシア財務省によると、このうち実際の現金である「流動性資金」は7.5兆ルーブルに過ぎないという。

残りはロシアの大企業や銀行の株式や債券などの金融商品で運用されており、すぐに回収することはできない。「2022年6~9月期の財政黒字の減少ペースを考えると、NWFの資金のうち流動性の高い部分は1年半程度で使い切る可能性があると想定できる」と、ミロフは記している。

NWFを使い果たすと、政府は予算確保のために「赤字国債」の大量発行をせざるをえなくなり、インフレ懸念が高まる。

A bag with the word Debt and an up arrow in the hands of a businessman. Receivables. The growth of debts for utilities and payment of salaries. High level. Overdue debt on loans. Loan and mortgage

 

こうした状況は、軍事費増強を抑止することにつながる。9月21日からはじまった「部分的動員」による戦費捻出という負担に加えて、軍備増強も課題となっているが、予算制約から、軍事費の増加もそう簡単ではないのだ。

理論的にも制裁に効果

最後に、国際通貨基金(IMF)の報告書として2022年11月8日に公表された論文について紹介しよう。Fabio Ghironi, Daisoon Kim, Galip Kemal Ozhanによる”International Trade and Macroeconomic Dynamics with Sanctions”(https://www.imf.org/-/media/Files/Conferences/2022/11/arc/session-3-ghironi-et-al.ashx)という論文である。

国際貿易とマクロ経済のダイナミクスに関する二国間モデルをもとに、自国と外国の両国が天然ガスを保有していると仮定して、それぞれの国において、上流の完全競争生産部門は、部門固有の労働力と天然ガスを組み合わせ、使用可能なガスを生産するとする(自国が米国、外国がロシアと考えればいい)。

下流の独占的競争下にある部門は、ガスと部門固有の労働力を使って差別化された消費財を生産する。制裁がない場合、自国産と外国産のガスは完全代替品であり、価格は世界の需要と供給の均等化によって決定される。

海外は、天然ガスの保有量は多いが、参入のためのサンクコスト(投資、生産、消費などの経済行為に投じた固定費のうち、その経済行為を途中で中止、撤退、白紙にしたとしても、回収できない費用)が高いという特徴があると仮定する。

これらの仮定は、制裁がなければ、自国は外国からガスを輸入し、自国には外国より多くの差別化された財の生産者が存在することを意味する。両国の家計は、無条件に債券と株式を保有する。

さらに、債券のみが国際的に取引されると仮定する。各世帯は、ガス部門と消費部門の労働者で構成される。家計は、制裁がなければ、それぞれの国に代表的な家計が存在するように、所得をプールする。

他方で、制裁には、金融制裁と貿易制裁の2種類があり、国際市場からの排除という形で行われるとする。金融市場に対する制裁が科された場合、外国人家計の何割かが国際債券取引から排除される(極限的には、すべての外国人家計が排除される)。

このことは、制裁を受けた代表家計と制裁を受けない代表家計の2種類の外国人家計が存在することを意味する。後者は、自国家計との債券取引は可能であるが、前者は、非制裁外国家計との債券取引に限定される。

貿易制裁は、ガス貿易と消費財貿易に適用できる。ガス市場では、取引されるガスの量に制約があるシナリオを考える。消費財市場では、自国が、ある閾値以上の生産性を持つ自国企業の生産物の貿易を禁止していると仮定する。

Global sanctions impact daily life in Russia

 

このような環境下で、短期、中期、長期の制裁措置の影響を研究すると、「消費の初期反応という点で、海外経済の方が制裁の影響をより強く受けることが示された」という。

簡単に言えば、あらゆる種類の制裁は発動国と対象国の両方に追加のコストを課すが、後者へのダメージはやはりより顕著になるというのである。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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