シリーズ日本の冤罪㉒ 大崎事件:再審開始に向けて積み上がる「無罪」の証拠
メディア批評&事件検証・提出された新証拠
前述した一審判決の認定では、事件当日の午後10時半ごろ、泥酔して土間に座り込む義弟を見たアヤ子さんが、日頃の恨みから殺害を決意、彼女は一郎さんと次郎さんを誘って四郎さんを絞殺し、太郎さんも加わり、翌日に遺体を牛小屋に遺棄したとしている。
つまり、四郎さんが午後10時半に土間にいたということだが、そのことを、アヤ子さんは一貫して否定している。当時の取り調べに「連れ帰られた義弟の様子が心配で自宅を訪ねた。土間から見ると、奥の六畳間の布団が膨らんでいた。中で寝ていると思い、安心して家に帰った」と供述しているのだ。
弁護団は「午後10時半に義弟が土間にいないというアヤ子さんの説明は正しい。だが『布団で寝ていた』は彼女の見間違い。なぜなら、義弟はすでに死亡し、牛小屋に運ばれていたからだ」と主張する。
現在行なわれている第四次再審請求で、新証拠として提出されたのが、埼玉医科大高度救命救急センター長の澤野誠医師による医学鑑定だ。それによれば、四郎さんは側溝転落による頸髄損傷の影響で、自宅に搬送された午後九時すぎには死亡していた可能性がある、というのだ。つまり医学的には、確定判決が想定している事実は、あり得ないのである。さらに、「土間に四郎さんがいなかったというアヤ子さんの供述は、医学鑑定と整合する」と弁護団は指摘する。
弁護団は、アヤ子さんの供述の信用性を分析した専門家の鑑定書も昨年末、新証拠として提出している。鑑定人尋問もすべて終了。審理は最終盤に向かっている。鴨志田弁護士は「有罪認定の起点である『午後10時半の土間』が崩れれば、確定判決は崩壊する」とポイントを挙げた。
検察側は一審から「午後10時半に被害者は土間にいた」と主張してきた。七九年の冒頭陳述では「アヤ子は、泥酔して土間に座り込む被害者を見るうちに、酒癖が悪く兄弟に迷惑をかけ、自分ともたびたび口論していた被害者を殺す絶好の機会、今を逃せば殺せないと思った」と述べている。そんな検察は今回、弁護側が提出した澤野鑑定については「鑑定手法が妥当性を欠き、内容も信用できない」と批判している。
ただし、「午後10時半」に被害者が土間にいたことを示す直接証拠はどこにもないのだ。「午後9時すぎに被害者を土間に置いた」という隣人二人の説明と、「殺害のため 午後11時ごろ、被害者宅に行くと土間に座り込んでいた」とした一郎さんらの自白から導き出された類推に過ぎない。
コロナの影響で鴨志田弁護士もアヤ子さんに会えない状態が続いていたが、昨年11月10日、8カ月ぶりに入院先で会うことができた。
「再審の話とか、第四次の最終意見書などの話をすると、身体も動かなく言葉も出ないんですけど、起き上がってしゃべろうとするんです。その目には光が宿っていました」(鴨志田弁護士)
2度の脳梗塞を患い、病床にある94歳のアヤ子さんの真実は、今も色褪せることはない。再審無罪に限りなく近づいているのだ。
(月刊「紙の爆弾」2022年2月号より)
雑誌記者を経てフリーのジャーナリスト。事件を中心に社会・福祉・司法ほか、さまざまな分野を取材。袴田巖氏の密着取材も続けている。