【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む
プーチンを取り巻くオリガルヒ (出所)https://inventure.com.ua/news/ukraine/rossijskie-oligarhi-protiv-vojny-rossii-v-ukraine

オリガルヒへの制裁について考える:「法の支配」の厳格さを求める

塩原俊彦
プーチンを取り巻くオリガルヒ (出所)https://inventure.com.ua/news/ukraine/rossijskie-oligarhi-protiv-vojny-rossii-v-ukraine

プーチンを取り巻くオリガルヒ
(出所)https://inventure.com.ua/news/ukraine/rossijskie-oligarhi-protiv-vojny-rossii-v-ukraine

 

ウクライナ戦争勃発以降の対ロ制裁は、米国が主導するかたちで国際協力という形式のもとで実施されている。具体的には、ウクライナ大統領府のアンドリー・イェルマク長官とフリーマン・スポグリ国際研究所(FSI)のマイケル・マクフォール所長を議長とする対ロシア制裁に関する国際ワーキンググループが制裁に関するアクションプラン(行動計画)やロードマップを策定し、各国の制裁に影響をおよぼしている。今回は、そのなかで「個人制裁」について論じたい。

なお、私は制裁についてずっと考えてきた。拙著『復讐としてのウクライナ戦争 戦争の政治哲学:それぞれの正義と復讐・報復・制裁』では、「第2部 制裁という復讐 第7章 復讐・報復・制裁 (3)報復と制裁および(4)二次制裁への批判」(191~198頁)において、制裁を論じた。さらに、このサイトにおいて、「制裁をめぐる補論:『復讐としてのウクライナ戦争』で書き足りなかったこと〈上〉」『同〈下〉』において、「私的制裁」と「公的制裁」の話を補足的に説明した。直近では、「私的制裁は不要!?:企業経営者はもっと勉強せよ」を公表済みだ。これらも参考にしてほしい。

個人制裁の提案
2022年4月19日付の「ロシア連邦に対する制裁強化に関するアクションプラン」では、その第5項目で、個人制裁の強化が提案されている。①ロシア政府の次官級以上の政府高官などロシア中央銀行やベラルーシ国立銀行の理事、治安当局や司法当局で同等の地位にあるすべてのロシア人、およびその近親者を、不正行為の証拠をもって制裁する、②ロシア政府関係者の家族で、一親等の個人の資産を保有する者全員を制裁する。とくに、大統領の親族(その子供全員とその母親、およびその他の上級政治家を含む)に焦点を当てる、③個人の国籍に関係なく、25%からの国家所有ないし国家管理にあるロシア国家の参加、または準国営の法人の参加を伴う銀行や企業を含む、ロシア国有企業および国営企業の管理機関の全メンバーを制裁する、④米国またはEUの制裁対象となっている企業の主要幹部および取締役を制裁する――などの規定が記されている。

同年6月14日には、「個人制裁ロードマップ」が公表された。そこには、制裁の対象となる個人のカテゴリーとして、政治家と結託した寡頭資本家であるオリガルヒ(制裁対象者の推定人数:約100人)や政府高官(同:約4000~4500人)などがあげられている。

制裁対象は「プーチン大統領のエリート、つまりプーチン政権を支え、ウクライナ戦争を促進する上で重要な役割を果たす個人、プーチン政権から不釣り合いな利益を得ている人々、そしてその家族」であり、「その多くがヨーロッパで休暇を過ごしたり生活したり、欧米の銀行や国に資産をもち、子どもたちを欧州の学校や米国の大学で学ばせるなど、欧米のライフスタイルに縛られている」と指摘している。このため、このようなライフスタイルへのアクセスを失い、欧米資産をコントロールできなくなることは、戦争の影響に対するエリートの不満を高めることになり、それが政権の行動を変えるよう圧力をかけるために役立つとみている。

個人制裁の論理への疑問
だが、この論理には疑問がわく。なぜならプーチン政権に不満をもつことと歯向かうこととの間には、雲泥の差があるからだ。すでに拙稿「「裁かれるは善人のみ」というロシアの現実」で論じたように、ロシアの権力基盤は「チェーカー」支配に基づく圧倒的な恐怖政治であり、プーチン政権への批判という「善意」の行動が逮捕・起訴・投獄へと直結している(「チェーカー」支配そのものについては拙稿「ロシアの権力構造からみたウクライナ戦争」「「裁かれるは善人のみ」というロシアの現実」で論じた)。ゆえに、前述した①から⑩のカテゴリーに入る人々がたとえ制裁を機にプーチン大統領に対して不満をもったとしても、反プーチンの狼煙をあげられずはずもない。むしろ、制裁は、自分たちがプーチン大統領と一蓮托生の関係にあることを再確認させるだけではないか。

現実の個人制裁
欧州連合(EU)の場合、2023年3月の情報では、戦争が始まって以来、約1400人が制裁リストに載せられている。そのなかには、ロシアの議員(下院議員450人、上院議員170人)、政府の重要メンバー、軍人、治安部隊のメンバー、そして少数のオリガルヒやプロパガンダの専門家も含まれているという。だが、「個人制裁ロードマップ」の提言にある人数に比べると、実際の個人制裁対象はかなり少ない。

ロシアの反政府活動家アレクセイ・ナヴァーリヌイ氏のチーフスタッフ、レオニード・ヴォルコフ氏は、「忘れてはならないのは、制裁は手段であって、それ自体が目的ではないということだ」としたうえで、「最終的な目的は、どんなに憎く不愉快な人たちを罰することではなく、プーチン氏の体制を弱め、その資源を奪うことである」と指摘している。したがって、賢明な制裁政策は、プーチン氏を孤立させ、弱体化させ、有害な存在とすることになる。

そのために必要なのは、制裁の対象となる個人リストを大幅に拡大する一方で、法的にも政治的にも容認できる解除方法を提供することだとしている。前述したクレムリン非難やウクライナ復興基金への寄付などの条件を満たせば、制裁解除することを明確化すべきであるというのである。私はそんなことをしても効果はないと思うが、こうした条件設定は条件がないよりもプーチン大統領への反旗を促す可能性はあるとだけ書いておきたい。

個人制裁の本当のねらい
ここまでの議論はあまり意味のあるものではない。なぜなら個人制裁の本当のねらいについて避けているからである。実は、「個人制裁ロードマップ」では、資産凍結後、制裁を受けた個人が所有する財産の没収のための合理的なプロセスが行われることを想定している。そのための関連法の改正が提言されているのだ。これが、個人制裁の本質であることをしっかりと肝に銘じておく必要がある。

この点を率直に語っているのは経済学者のポール・クルーグマンである。彼は、「世界の先進民主主義諸国には、プーチン政権に対抗する強力な金融武器がもう一つある。それは、プーチン氏を取り囲み、彼の権力維持に貢献しているオリガルヒの莫大な海外財産を狙うことである」と明言している。

「ソヴィエトからオリガルヒへ」という論文は、「1990年から2015年までの貿易黒字を単純に累積すると、国民所得の230%程度になる。つまり、資本逃避の累積は国民所得の200%程度と結論づけられるかもしれない」と指摘している。プーチン大統領などの国家指導者と結託することでオリガルヒが得た巨額の資金の多くが海外に流出してきたとみられるから、それを取り戻してウクライナ復興資金に充てるという目論見があるのだ。

個人資産の凍結・押収問題
ただし、資産の凍結と押収では法的意味合いがまったく異なっている。まず、確認しなければならないのは、資産の凍結(freezing)、押収(seizing)、没収(confiscation)といった概念がそれぞれの主権国家ごとに法的に規定されていることである。ゆえに、対ロ制裁の一環として、各国の国内にあるロシアの政府、法人、個人の資産を凍結・押収・没収するといっても、それは、各国の「法の支配」(rule of law)という大原則の遵守を前提に行われなければならないことになる。

前述した対ロ制裁のためのグループは2022年10月に、「ウクライナの再建支援のためにロシアの主権的資産を没収する理由と方法」という論文を公開している。同論文は、あくまで「ロシアの主権的資産」(Russia’s Sovereign Assets)の没収を主張しており、米国政府やウクライナ政府に好都合な見解をとっている。論文の最後に、ウクライナ復興向け資金調達の別のアプローチとして、ウクライナの個別企業が被った損失に対する賠償請求の動きが紹介されている。ロシア人オリガルヒの資産を強制的あるいは自発的に清算・譲渡するよう迫る動きについても言及されている。ただ、こうした動きはいわば「民事」であり、主権国家をめぐる資産の帰趨にかかわる問題とは切り離して議論する必要がある。

狙われるロシア中央銀行の準備金
「ロシア制裁に関する国際ワーキンググループ」という名称で公表されたこの論文では、「ロシアは、この恐ろしく無意味な戦争の後、ウクライナに相当な賠償金を支払うべきである」という立場が表明されている。ただし、その理由については、「道徳的・実際的な答えは明らかである」としか書かれていない。不可思議に思うのは、答えを明示しない独断的な姿勢だ。

「実際的な答え」に関連して、「ウクライナへの侵攻を命じたのはロシア政府である。したがって、ウクライナの復興にお金を払うべきなのはロシア政府である」という論理が示されている。これは、2022年2月24日をウクライナ戦争勃発日とみなし、その帰結だけに焦点をあてた見方にすぎない。2014年2月21~22日に起きたウクライナのクーデターこそ、ウクライナ危機の出発点とみなせば、別の見解もありうる(なぜならこのクーデターをあからさまに支援していたのは米国政府だったからである)。

この論文は、こうした議論を封じ込めるかたちで一方的に示された論文にすぎない。ただ、それゆえに、論文は米国政府の意向を代弁しており、覇権国米国の言い分を知るにはいい材料といえるだろう。だからこそ、論文では、「プーチンの国際法に対する重大な違反行為に対し、これらの資金は国際的な補償メカニズムとその後の国内法を通じて没収され、ウクライナの補償基金に転用することが可能であり、またそうすべきである」と記されている。さらに、「将来的には、ロシアの個人、企業、国家から差し押さえられた他の資産もこの基金に移管されるかもしれない」と指摘されている。

もっとも注目されるのは、つぎの主張だろう。「中央銀行の準備金は、第一の、そして最も適切なターゲットであるべきである」というのである。それらと持ち主が特定されており、それらはロシア連邦の議論の余地のない財産であり、流動性が高く、管理業務や法律業務も最小限に抑えられているという。ヴィクトリア・ヌーランド米国務次官(ヌーランドについては、拙稿「ウクライナ戦争を煽るヌーランド米国務次官」を参照)は2023年4月、米国商工会議所のイベントで、武力紛争開始後に西側諸国で凍結されたロシア中央銀行の準備金3000億ドルをウクライナに流すことを検討していると語った。

米上院は2022年12月22日の段階で、ロシアのオリガルヒに属する押収資産のウクライナ国民への譲渡を認める修正条項を承認した。なお、この3000億ドルという数値は2022年6月にロシアの資産追跡に関するワーキンググループが行った推計に基づくものであり、同年11月30日、ウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は声明で「我々は3000億ユーロ(こちらはユーロである点に注意)に相当するロシア中央銀行の準備金とロシアのオリガルヒからの190億ユーロをブロックしている」とのべた。だが、このカネがどこにどれくらいあるかについてはいまだに判然としていない。2023年3月にフランスのブリュノ・ル・メール経済・財務相はロシア中央銀行が保有する220億ユーロ(240億ドル)相当の資産を凍結したと発表したが、ECチームは、ロシアの中央銀行の資金380億ドル程度しか確認できておらず、さらにヨーロッパに実際にある準備金(残りは米国やその他の国)2200億ドルが見つからないとの同年4月14日付の情報もある。

準備金をターゲットにする法的根拠について、論文は、国際法違反に対する賠償義務は確立された規範であり、それに従ってロシアにも適用可能であるとみなしている。具体的には、1990年のイラクのクウェートへのいわれのない侵略と併合未遂の後、イラクはクウェートに対して多額の賠償金を支払うことを余儀なくされたことが例示されている。2022年2月、クウェートへの賠償を処理するために国連安全保障理事会が設置した国連賠償委員会は、最終的な請求処理を行い、総額524億ドルの賠償を締結したと発表した。同様に、ロシアはウクライナに与えたすべての損害に対して戦争賠償を要求され、強制されるべきだというのだ。

ただし、ロシアがイラクと異なる点として、大きく二つあるという。第一に、ロシアは核兵器を保有しているため軍事的に負けることはなく、戦争で明確に負けた者しか賠償金を支払わないという意見である。第二に、ロシアは国連安保理の常任理事国であるため、賠償に関する国際的な提案に対して常に拒否権を持つという懸念がある。この二つの問題は、「すでにロシア国外に凍結されているロシア政府の資産を没収することで克服することができる」というのが、「ロシア制裁に関する国際ワーキンググループ」の見解だ。ロシア中央銀行の資産はすでにロシア国外に確保されているのだから、「今すぐ没収し、ウクライナに移すべきだ」と、同グループは主張している。

最近では、ウクライナの復興資金を検討するEU委員会の作業部会がEUの制裁下で凍結されたロシアの中央銀行に属する資産を投資することで、約2.6%のリターンが得られると見込んでいるとの報道があった。記事によれば、G7諸国、EU、オーストラリアで凍結されているロシア中央銀行の準備金3000億ドルのうち、ベルギーに1910億ユーロ、別のEU未加盟国に210億ユーロなど、約3分の2が現在EU圏で保有されている。欧州委員会は、これらの数十億ドルを比較的短期の「流動的で評価の高い資産」に投資することで、「中央値で約2.6%の有意義な年間収益」を生み出すことができると記しているという。ただし、4月13日付のDie Welt は、EUの法務チームによる未発表の欧州委員会報告書を引用しながら、ロシア中央銀行の資産は、高い法的障壁があるため、合法的に押収してウクライナに移送することはできないと結論づけていると報じている。

他方で、ロシアの中央銀行は、凍結された準備金に連動する特別な中央銀行債券を発行し、この債券をロシアから撤退する外国企業のロシア資産売却代金として渡すという仕組みを検討している。これまでは、「非友好的」な国の債権者の場合、外国の債権者名義でロシアの銀行にルーブルのC型特別口座を開設し、支払日の中央銀行の為替レートによるルーブル換算額でその口座に支払いを振り込むことができ、このC型口座では、すべての証券取引、税金の支払い、こうした口座間の送金が可能とされてきた。これを、債券に換えれば、このルーブルを売って別の通貨に交換してルーブル安を招くようなことが抑制できる。加えて、もし海外にあるロシアの凍結された準備金が返還されない場合、この特別中央銀行債は無価値となり、これを受け取っていた債権者は損失を被ることになる。もちろん、準備金が返済されれば、債権者が保有するこの債券は償還可能となるだろう。

海外政府資産の清算をめぐって
つぎに、米国の法学者の見解について検討したい。まず、2022年4月15日付の「ニューヨーク・タイムズ」にハーバード大学のローレンス・トライブ名誉教授と若いジェレミー・ルイン教授が連盟で寄せた意見を紹介しよう。彼らは、事実上、無期限に差し押さえられることになったロシア中央銀行の準備金について、「それらをいますぐ清算すれば、アメリカの納税者にさらなる負担や疲労をかけずに、ウクライナへの米国の支援を増やす最短の方法となるだろう」とのべている。彼らの考えでは、米国大統領は1977年に制定された「国際緊急経済力法」(IEEPA)の一部により、ロシアの資産を清算する十分な法的権限を有しているという。

重要なのは、ロシア中銀の米国にある準備金がロシアの国有財産であるという点だ。ゆえに、オリガルヒの資産とは異なり、私有財産に与えられる通常の法制度による保護は受けられないというのだ。彼らによると、米国の憲法修正第5条は、「法の正当な手続きなしに」政府による財産の差し押さえを禁止しているが、これは1992年に最高裁が示唆し、その後複数の連邦裁判所が判示してきたように、外国政府ではなく「個人」にのみ適用される。正当な補償なしに財産を「奪う」ことに対する保護も同様に、「私有財産」にのみ適用される。これに対して、ロシアの準備金は明らかに適用対象外となるということだ。

ただし、ロシア政府は資産の押収・清算に異議を唱えることはできる。各国の憲法についてではなく、政府の責任は特定の状況下で免除されるという「主権免責」(sovereign immunity)に目をつければ、ロシアは資産没収を免れることができるかもしれない。しかし、「この免責は、外国資産を司法手続きから守るだけであり、議会と行政府の合同行動による清算から守るものではない」というのがハーバード大学の二人の教授の見解だ。

彼らの見解は、少しずつ広がろうとしている。2023年2月23日、欧州理事会は声明を出し、そのなかで、「我々はまた、ウクライナの復興を支援する。そのために、EUおよび国際法に従って、凍結・固定化されたロシアの資産を利用するよう努力するつもりである」とした。

さらに、同年3月20日、ローレンス・H・サマーズ ハーバード大学教授(前学長であり、1999年から2001年まで財務長官、2009年から2010年までバラク・オバマ大統領の経済顧問)、フィリップ・D・ゼリコウ弁護士(バージニア大学歴史学教授)、ロバート・B・ゼーリック(世界銀行総裁、米国通商代表部、国務省次官を歴任)は「ニューヨーク・タイムズ」に意見を公開し、「開戦時に欧米諸国が凍結したロシア中央銀行の資産約3000億ドルを使えば、プーチンにウクライナと欧米諸国を経済的に出し抜くことはできないと示すことができる。今は眠っているロシアの国家資金を、モスクワの破壊のための費用に充てることは、上品な正義(elegant justice)である」と主張した。

慎重派の議論
とはいえ、「トライブやルインのように、この問題を解決済みとして扱うことは、重要かつ未解決の問題を避けている」という批判があることも明示しておきたい。この批判の主である、バージニア大学の国際法の専門家、ポール・ステファンは、「適切な場合には、米国が武力紛争状態にない外国の公認政府は、米国政府がその財産を大統領の裁量で処分するために差し押さえる際に、憲法上何らかの司法審査を受ける権利があると、最高裁が判断する可能性が高いというWuerth(イングリッド・ウアルト)の意見に賛成である」とのべている。つまり、ロシア政府は主権免責をめぐって法律で争うことが可能であるとする意見もあるのだ。

バージニア大学歴史学教授でコンドリーザ・ライス元国務長官の顧問を務めるフィリップ・ゼリコウの意見も紹介しておきたい。彼は、「米国にとって最も安全な法的アプローチは、追跡可能なロシア国家資産を米国財務省ではなく、国際補償基金に移すというものだろう」とのべている。主権免責をめぐる議論は決して決着済みではないから、法廷闘争が起こることを前提に、基金に移行したうえで、必要があれば、その資金を返却できるようにしておく必要性を訴えているのである。

フィリップ・ゼリコウと著名な国際経済学者でマサチューセッツ工科大学(MIT)教授のサイモン・ジョンソンは、「フォーリン・アフェアーズ」に寄せた共著論文「ウクライナはいかにしてよりよい復興を遂げることができるか:クレムリンの押収された資産を復興費用に充当せよ」のなかで、基本的には米国で押収されたロシアの国家資産のウクライナ復興資金への転用を主張している。

ともすれば、感情論に流されているようにみえる「トライブ&ルイン」や「ゼリコウ・ジョンソン」の議論に比べて、比較的慎重な議論を展開しているのが先に紹介したステファンである。ここでは、2022年6月に公表された論文「ロシアの資産の押収」をもとに、彼の見解を紹介したい。

まず、確認しなければならないのは、資産の「凍結」と「押収」の違いである。「資産凍結とは、制裁対象国がその管轄内にある者に対し、罰則付きで、指定された人物に属する資産と何らかの形で取引をすることを禁じるものである」と、ステファンはのべている。その結果、資産凍結は、制裁対象者が所有する財産の経済的価値を即座に破壊するが、しかし、その所有権を変更するものではない。制裁国は財産を掌握するが、満足のいく和解が成立すれば返還されるとの見通しを示している。別言すると、押収や没収は、「元の所有者が押収された資産を使用する(処分する)ことができなくなる」という、占有離脱(dispossession)を意味している。その資産は、別の事業体に引き継がれることになる。このdispossessionは、裁判所の決定を必要とする場合があり、即効性には限界がある。凍結と没収は、不正に得た資源が犯罪者によって使用され続けることを防ぐために広く使われている手段である。

この大前提は、資産の凍結と押収・没収との大きな違いを意味している。ゆえに、「何が起こるかわからないが、ウクライナ(ロシアと戦争中の唯一の国)を除けば、米国がこの措置(押収・没収)を取るまで、どの国もこの措置を取ることはないだろう」というステファンの指摘はきわめて示唆的な文章であると考えられる。資産凍結は比較的簡単な法的措置だが、押収・没収は所有権の移転を伴う法的措置であり、そう簡単にはできないのである。政治家が感情に任せて何を主張しようと、「法の支配」があれば、法律がそんな政治家の主張を一刀両断にするはずなのだ。ただし、覇権国である米国が押収・没収まで踏み込めば、その措置は他の欧州諸国や日本にも適用される可能性がある、というのがステファンの見立てである。

外国資産を押収する米国大統領の現在の権限
ここまでの理解を前提に、外国資産を押収する米国大統領の現在の権限について考えてみる必要がある。このとき問題になるのは、1917年敵国取引法(TWEA)と、前述した「国際緊急経済力法」(IEEPA)である。この2法をめぐっては、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』では、つぎのように書いておいた(197頁)。

「1977年12月28日のカーター大統領の法律署名によって、敵国取引法(1917年10月6日制定)を戦時中に限定する修正がなされる。もはや平時の緊急事態宣言だけではこれまでの国民経済への緊急権行使ができなくなる。だが、同時に議会は、「国際緊急経済力法」(IEEPA)という新しい法律を成立させ、旧法の第5節(b)の規定のほとんどを復活させた。大統領は平時には敵国取引法を行使できなくなったが、ほぼ同じ権限をIEEPAに依存できるようになったのである。ただ、議会はいくつかの制約を加えた。IEEPAのもとで、大統領は外国の財産を「凍結するが、押収はしない」ことができるが、純粋な国内取引を対象とすることはできず、新しい緊急事態宣言を出す前に議会と協議しなければならなくなった。」

問題は、IEEPAが大統領に与えた権限の範囲である。外国所有の財産の凍結、つまり「取得、保有、保留、使用を無効化、無効化、防止、禁止」する権限が与えられている。また、大統領に対して、その財産に関して「いかなる……移転(transfer)も指示し、強制する」権限も与えている。一部の法律家は、「移転」という用語が所有権の強制的な変更を含むと主張してきた。彼らは「移転」は所有に限定されず、財産上のあらゆる権利を含む広範な概念であると考えている。彼らの考えでは、IEEPA は大統領に凍結資産をウクライナまたはウクライナの復興を支援するために設立された国際機関に移転するために必要なすべての権限を与えていることになる。

だが、議会が IEEPA を採択したのは、ウォーターゲート事件後の時代であり、一般に、大統領が乱用した外交権力を取り戻そうとした時代であったことを思い起こす必要がある。IEEPA以前は、大統領は緊急事態を宣言するだけで、没収を含むTWEAの全権限を利用することができた。IEEPA となった法案の委員会報告では、ジョンソン、ニクソン、フォードの各大統領による緊急事態の行使が、いずれも没収を伴わないにもかかわらず、行政の行き過ぎの例として挙げられている。新法は、TWEA が適用されない場合、大統領は IEEPA が提供する権限のみを行使できることを、従来の法律にはない形で明確にした。法案に関する委員会の解説によると、IEEPAの権限は、所有権の移転にはおよばないことが確認されたという。さらに、最高裁判所は、IEEPA の移転権限がどのようなものであっても、「権利確定、すなわち所有権の変更は含まれないことを二度にわたって示している」と、ステファンは指摘している。

IEEPAは2001年に改正された。それは、9 月 11 日の事件への対応として、大統領が外国の所有するそのような財産を「没収」し、大統領が指定する個人または機関に「帰属」させることを認める条項を追加した愛国者法に対応したものである。ただし、これは「米国が武力紛争に従事している場合、または財産を所有していた個人または国から攻撃された」場合のみに適用される。このため、大統領の没収権を可能にする攻撃の種類は、個人(国際法の専門用語では「非国家主体」)が国家の関与なしに実行できるテロ攻撃を念頭に置いていたのであり、あらゆるテロ攻撃を包含していたわけではない。

ここで、この大統領権限に関するステファンの結論を紹介しよう。「まとめると、IEEPAはロシアの資産を没収することを認めていない」というのがそれである。ただ、バイデン政権は、IEEPAとは別に、「民事没収」という、法を犯した者からその犯罪の成果を奪う手段を用いる権限をもっているという。これは、政府が「(マネーロンダリング、郵便不正、電信不正を含む)特定犯罪に違反する…取引に関与した財産、またはその財産から追跡可能な財産」を押収することを認めている国内法に基づく措置ということになる。

ステファンによれば、すでにこのモデルをもとにした、下院を通過し上院の審議を待つ法案があるという。ロシア制裁の下で凍結された資産のうち、「その富の一部がプーチン大統領政権に関連する汚職または政治的支援に由来する」人物の資産を没収するために「すべての憲法上の措置」を取る権限を大統領に与えるものだ。なお、現行の民事没収権は、ロシア中央銀行を含む国有企業の凍結資産を対象としているが、それは特定の犯罪に関与している場合に限られる。

国際法との整合性
傍若無人な覇権国米国といえども、国際法上、ロシア資産の凍結・押収・没収に制限を受ける可能性を免れない。国際慣習法には、一般に国家資産を押収から保護するという国家免責(state immunity)という考え方がある。前述した主権免責のことだ。ただし、慣習法であるため、成文化されたテキストを欠き、国家免責の適用範囲ははっきりしない。

ステファンは、国際法も国内法も国家に刑事責任を負わせることはなく、むしろ国家を代表して行動する者に刑事責任を負わせると指摘したうえで、「国家免責の国際法では、特定の事業活動や不法行為に関連する国家財産に対する特定の金銭判決の執行について例外を認めている」とのべている。ゆえに、たとえば、ある国家が契約によって融資の返済義務などの義務を引き受けた場合、国際法はおそらく、その融資によって調達した資産を回収する債権者の権利を他国が行使することを禁じていない。したがって、仮にロシアの中央銀行が資金引き出しの過程で米国の連邦準備銀行に詐欺を働き、その資金を再預金した場合、連邦準備銀行は補償を得るために所有している預金に対する法的手続を利用できるのは間違いない。

だが、先に紹介したゼリコウは、ロシアの国家資産の押収には、対抗措置の国際法が適用されると主張している。ここでいう、対抗措置の国際法とは、2001年に国連の国際法委員会の採択した、「国際違法行為に対する国家の責任に関する条文」のことである(ただし、いまだ条約化されていない)。この「第22条 国際違法行為に対する対抗措置」が規定されており、「第3部第2章に従い、他国に対してとられる対抗措置を構成し、かつ、その限りにおいて、他国に対する国際義務に違反する国家行為の違法性は阻却される」とある。つまり、武力行使などへの対抗措置として、被害国家が侵害国に対する法的義務を一時停止できるというのだ。ロシアのウクライナ侵攻は、武力行使を禁じる国際法に違反するものであり、これはすべての国家が負うべき義務である。したがって、米国を含む他のすべての国は、ロシアの国有財産に干渉しない義務を停止することができる、とゼリコウは主張している。ゆえに、ロシアの資産の凍結も押収・没収もできるというのがゼリコウの見解だが、これに対して、ステファンはもっと慎重だ。

なぜなら、凍結と、所有権の移転を伴う押収・没収とはまったく違いからだ。後者はいわば「不可逆的行為」であり、一度、所有権が変更されてしまえば、もとに戻るかどうかはわからない。その資産が売却されてしまえば、もはや現状に戻すのは不可能だろう。したがって、ステファンは、「国家は、相手国の不法行為をやめさせるために対抗措置を用いることはできるが、国際法に違反した国家を罰するために不可逆的な措置をとるためにこの例外を用いることはできない」とする。「凍結された中央銀行の資産を没収することは、たとえそうであっても軽々しくできることではない」と、彼は主張するのである。

企業や個人についての民事没収問題
一般的な理解として、ロシア関連の資産を押収するために米国政府がすでに使っている国内法的権限は、民事没収である。この手続きは、連邦法執行機関が犯罪行為に使用された資産の所有権を得るために民事手続きを開始することを可能にするものだ。バイデン政権はすでに、ロシアの主要エリートの資産を凍結・押収する国際タスクフォースの一環として、外国の同盟国と連携してこの権限を使用している。

さらに、バイデン政権は、没収手続きの迅速化、制裁逃れを助長するために使われた財産の没収の許可、ロシア政府との汚職取引から直接得た収益を故意にまたは意図的に所有することの犯罪化などの法改正も提案している。2022年末には、大統領はウクライナ支援のために司法省が一部の没収資産を国務省に移管することを認める法律に署名した。

逆に、ロシアの中央銀行を含むロシアの機関や企業が保有する凍結資産の大半は、米国の国内法の下で犯罪行為と明確に関連づけることができないため、「この方法では手が届かないように思われる」と、スコット・アンダーソンとシメネ・カイトナーは共著論文で指摘している。ほかにも、国際仲裁裁定におけるさまざまな問題もあり、民事没収にも課題は多い。それでも、マンハッタン連邦裁判所のポール・ガーデフェ連邦地裁判事は、キリスト教正教会のテレビチャンネル「ツァーグラドTV」のオーナー、コンスタンチン・マロフェエフが米国の制裁に違反してビジネスパートナーに送金しようとした540万ドルを差し押さえた件で、これを没収とする判決を下した。マロフェエフは没収請求に異議を唱えなかったため、米検察当局は2023年2月2日、資金を没収するよう求めた。これにより、戦争で荒廃したウクライナ復興に資金を使う可能性が高まった。

他方で、ロイター電によれば、スイス司法省は2023年3月15日、「凍結された個人資産の没収は、連邦憲法と現行の法秩序に矛盾し、スイスの国際的な約束に違反する」との見解を発表している。スイス政府は2022年12月、ウクライナへの侵攻を行ったモスクワを罰するため、対ロシア制裁として75億スイスフラン(81億3000万ドル)相当の金融資産を凍結したと発表していたが、この個人資産を没収することはできないとの立場を明確に示したことになる。

慎重な法律執行が必要
私は、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』のなかで、「属地主義」から「属人主義」への移行について論じたことがある(163~164頁)。同じ地球人でありながら、主権国家という「属地」に阻まれて、個人や法人が罰せられないという現実がある。他方で、主権国家を代表するだけの個人が主権国家間の戦争という事態を引き起こすことがある。その場合であっても、主権国家の資産に別の主権国家が手をつけることはそう簡単ではない。ロシア資産の押収・没収問題は、国家、企業、個人をめぐる諸関係に関する根本問題を提起しているように思えてくる。

「法の支配」といっても、現状では、それは主権国家の範囲内の話にすぎず、地球全体を覆いつくす「法の支配」は存在しない。資本や資金は簡単に主権国家を超えて移動できるのに、そうしたものを地球全体として統治する「法の支配」はない。気候変動問題を契機に、地球人としての連帯が高まっているにもかかわらず、めざすべき「世界共和国」への道筋はまだまだ見えてこない。そうであっても、若者には問題の所在くらいは知っていてほしいと、私は願っている。

岸田文雄首相も安倍晋三元首相も「法の支配」を軽々しく言いすぎてきたと思う。「法の支配」を実現するためには、ここで論じた問題に真正面から取り組まなければならないのだ。そのためには、マスメディアがしっかりとこの問題を報道する必要がある。だが、私の知る限り、ここまで掘り下げてこの問題を論じた考察を知らない。残念である。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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