【特集】終わらない占領との決別

大転換する世界と日本の生きる道―「アジア力の世紀」へ―(後)

進藤榮一

4.「ツキディデスの罠」を超えて

・新旧覇権国家の衝突とは

ハーバード大学教授グレアム・アリソンは、2013年出版の『Destined for War』(邦訳『米中戦争前夜』ダイヤモンド社、2017年)で、古代ギリシャの歴史家ツキディデスの古典的名著『戦史』に依拠し、その理論を独自の手法で展開し理論化した。そして既存の「覇権国家」が台頭する「新興国家」と軍事衝突して、戦争になる高い蓋然性を示唆した。

ツキディデスは、現存覇権国家スパルタが、台頭する新興覇権国家アテネとの間で展開されたペロポネソス戦争の展開を詳細に分析して、『戦史』にまとめた。その内容にちなんでアリソンは、新興国が台頭したときに現存覇権国と戦争に入る可能性を分析した。教授は、過去500年の覇権争いが16例あったと指摘してその歴史過程を分析した。

そして16例のうち、12事例が、現実の戦争に至ったことを明らかにした。そして残りの4例のみが、戦争に至ることがなかったという〝事実〟を明らかにした。ちなみに、アリソンによれば、例外的に〝戦争に至らなかった〟新旧覇権国家の対立抗争の歴史事例を明らかにした。そこから逆に、新旧覇権国家は、そもそも75%の確率で軍事衝突する蓋然性があると示唆し〝理論化〟したのである。そして今日の米中関係もまた、75%の確率で軍事衝突する高い蓋然性があると示唆し、政策提言していたのである。

いったいこの「ツキディデスの罠」論を、私たちはどう考えるべきなのか。ここで私たちは、次のような歴史事実を指摘して、「ツキディデスの罠」の虚妄性を明らかにしておきたいと思う。

先ず、新旧覇権国家が軍事衝突に至らなかった4例のうち、15世紀末のスペイン、ポルトガル間の事例を除けば、それ以外の3例すべてが、第二次世界大戦後の事例であること。逆に、最初のスペイン、ポルトガル間の事例と第二次世界大戦以後の3つの事例を除くなら、新旧覇権国家が戦争に至った事例のすべては、第二次世界大戦以前の事例であったこと。

・理論の虚妄性について

そのことは私たちに、次の3つのことを示唆している。

第一に、覇権をめぐる新旧覇権国間の争いが、戦争に至るのは、いずれも相互の経済社会的相互依存関係が、相対的に低い歴史的段階にある時であること。換言するなら、諸大国間の経済社会的相互依存が高くなれば、新旧覇権国家が戦争に至る確率は、事実上ゼロに等しいこと。

第二にそのことは、もはや第二次大戦以降、特に1980年代以降、大国間の経済社会的相互依存が著しく高くなっているがゆえに、覇権国家間戦争が本質的に起こり得なくなっていること。

第三に、とりわけ核大国相互間においては、戦争という手段に訴えることは、核の引き金を引くことにつながり、それ自体が、核戦争のハルマゲドン(世界の終わり)を現出させることになる。それ故に、通常の判断能力を持った政治指導者であることを前提に考えるなら、核の引き金を引くことはあり得ないのである。

それは、いわゆる核による相互抑止(抑止力)が機能しているが故に、覇権国家間戦争は起こりえないことを、含意している。

第四に、逆にいえば、もし(核の行使を含む)戦争が起きるとするなら、それは、指導者が合理的な判断能力(戦争によるコストとベネフィッツを計算できる能力)を一時的にせよ欠落させた場合だ。

それ故、核時代にあって私たちに求められているのは、核戦争のリスクを限りなく小さく(極小化)することである。そしてそのためには、軍備拡大ではなく軍備縮小を、軍事外交政策の機軸におくことである。軍拡ではなく軍縮である。軍事力の拡大に伴うリスクを管理する相互抑止の仕組みを、関係諸国がつくり上げることだ。

さらには、経済社会的、外交的相互交流を可能な限り多元化し増大させること。いわゆる相互交流と相互依存、相互軍縮・軍備管理と、そして相互抑止の構築である。それを、関係諸国間で地域安全保障の仕組みとしてつくり上げていくことである。

さらに付言するなら、先ごろ国際条約として発効した核兵器禁止条約に、「唯一の被爆国家」日本もまた、正式に署名し、核兵器削減の多国間枠組みの推進を、外交安全保障政策の中軸に据えることである。周知のように、核兵器禁止条約は、2017年国連総会で122か国のよって承認された後、2020年10月、ホンジュラスが50番目の批准国となり、2021年1月国際条約として正式に発効したのである。

であるなら、「唯一の被爆国ニッポン」が、核兵器禁止条約を批准することだ。そして日本の安全保障戦略の機軸を、軍事安全保障から「人間安全保障」へと変容転換させることだ。そして対米従属の軛を解き放って、生まれ始めた「アジア力の世紀」を生き抜く方向転換を、進めることである。

その時はじめて私たちは、日本国憲法の理念と政策を実現して、「人類普遍の平和と繁栄」の道を切り拓くことができるだろう。それを、日米同盟の呪縛から自らを解き放って、「アジア力の世紀」に生きる日本の道を言い換えてよい。その時はじめて私たちは、「人間の顔」をした、真の意味での「新しい資本主義」を手にすることができるだろう。

※「大転換する世界と日本の生きる道―『アジア力の世紀』へ―(前)」はこちらから

https://isfweb.org/post-2071/

1 2
進藤榮一 進藤榮一

北海道生まれ。1963年京大法卒。法博。筑波大学大学院名誉教授。国際アジア共同体学会会長、アジア連合大学院機構理事長。プリンストン大学等で客員教授等。著書に『アメリカ黄昏の帝国』『分割された領土』等多数。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ