【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(2) マスメディアの罠と「科学の政治化」に気をつけて(上)

塩原俊彦

 

「教える」立場から、「学ぶ」側を励ますための第一話を語ろうと思う(この記述の意味を知るためには、読者は 第一回連載(上) 、 第一回連載(下) を読まなければならない)。その内容は、マスメディアの罠および「科学の政治化」に気をつけるように警鐘を鳴らすものだ。

論点を勝手に選ぶマスメディアの横暴
まず、マスメディアは自分たちの独断で、勝手な論点をニュースとして提供していることに気づかなければならない。それが本当にきわめて重要であれば、それなりに有意義な仕事をしていることになるだろう。だが、本筋ではなく、いわばどうでもいいような論点を選んで重大ニュースとして報道する一方で、本当はとても重要な問題にあえて目を閉ざしている可能性に気づかなければならない。

その場合、意図的にどうでもいいような問題を取り上げて、故意に重要な問題に頬かむりをしていることもあれば、米国の「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)や「ワシントン・ポスト」(WP)の報道に安易に同調するばかりで、何が本当に重要な問題であるかを考えてもいない場合もあるだろう。前者は悪辣であり、後者は不勉強の結果ということなる。

私の見立てでは、前者に当てはまるのがNYTやWP、後者に当てはまるのが日本の朝日新聞、讀賣新聞などの新聞やすべてのテレビ局であるように思われる。

プリゴジン死亡よりも大切なニュース
つぎに、最近のニュースでもっとも重大なものの一つを紹介しよう。それは、8月26日に「ザ・ガーディアン」が伝えた「「さすがはわれわれの仲間」:英軍大将がウクライナでNATOの重要な連絡役になるまで」という記事である。その冒頭には、「11日前、NATO同盟の最高幹部兵士たちがポーランドとウクライナの国境にある秘密の場所に赴き、ウクライナの最高軍事司令官であるヴァレリー・ザルジニー将軍と会談した」と書かれている。

ウクライナ戦争の帰趨を占ううえできわめて重要なことが話し合われたのである。同じころ、NYTもWPも、あるいは日本のマスメディアも、エフゲニー・プリゴジン死亡をめぐる話だけを重大ニュースであるかのように取り上げていた。だが、「これからの過酷な冬の戦闘計画や、戦争が2024年まで続くことが避けられない長期的な戦略も話し合われた」という、この会談は、どう考えても、無視するわけにはゆかないものだ。なぜなら米国主導の軍事支援に基づく「反攻」が事実上、うまくゆかず、戦争を長引かせているだけの結果しかもたらしていない事実に彼らが向き合わざるをえなかったことを示しているからだ。

興味深いのは、英国軍最高幹部のトニー・ラダキン司令官も同席していたことである。米国のホワイトハウスは、米国がウクライナの戦争に深く関与しているようにみえることを懸念しており、そのために英国のラダキンを送り込んだようなのだ。
しかも、記事は、「話し合いの結果、戦略が変わったようだ」とまで書いている。つまり、この会議はウクライナ戦争の今後の展開を考えるうえできわめて重要ということになる。

不勉強なマスメディア
それにもかかわらず、NYTもWPも、日本のマスメディアも、この事実を伝えないことによって、自分たちの税金が湯水のように投入されても、結局、思うような成果をあげられないでいる現実を自国の「とまどえる群れ」に伝えようとしていないことになる。米国の場合、バイデン政権を支持するNYTやWPはバイデン政権に不利になる情報をできるだけ報道しないようにしている。ゆえに、あえてどうでもいいようなニュース(プリゴジンの死亡)を大々的に報道しているようにみえる。

これに対して、日本のマスメディアは勉強不足だから、「ザ・ガーディアン」の報道をそもそも知らない可能性もある。「学ぶ」には、「全集中」が必要であるはずだが、日本のマスメディア関係者は総じて不勉強だからである(拙著『知られざる地政学』を読めば、「学ぶ」ということがどういうことか実感できるだろう。ここには、私が全集中して学んだ結果が詰まっているからだ)。

プリゴジン暗殺をめぐって
私は、このサイトにおいて、「ロシアの権力構造からみたウクライナ戦争:緒戦でのFSBの大失態がすべてのはじまり」「民間軍事会社(PMC)をどう位置づけるべきなのか:「ワーグナー・グループ」の問いかけ」をすでに公表した。この考察を読んでもらえば、プリゴジンの死亡が暗殺である可能性が高いとしても、ウクライナ戦争をめぐる総体からみると、大した話ではないことがわかるだろう。

私は、拙著『プーチン3.0』において、第2章第1節「殺し屋プーチン」において、「表2-1 21 世紀における海外での殺害(未遂を含む)」および「表2-2 ロシアにおける毒殺(未遂を含む)事例」を掲載しておいた。これをみてもらえば、プーチン大統領が「敵」ないし「裏切者」とみなした人物の末路がよくわかる(私が心配しているのは、こうした表を無断で引用する不埒者の多さだ)。

誠実さの不足
私は、『知られざる地政学』(下巻)に書いた「あとがき」で、「不誠実な立花隆から学ぶこと」という見出しをたてて、彼の不誠実を嘆いた。同じことがいまのマスメディア関係者に当てはまる。それだけではない。科学者の誠実さの不足についてもはっきりと指摘しなければならない。それがここでの二番目の話題である。

『知られざる地政学』の「上巻」には、「第2章 科学の政治化」がある。国家は資金を出せば、その出した先に対して干渉・介入する。税金を投入する以上、当然かもしれない。しかし、その結果、政府支援を受けた科学の「客観性」が歪められてしまうとすれば、国民はどう感じるだろうか。
「教える-学ぶ」関係ではなく、「語る-聞く」関係では、同じ共同体、地域、国家に属する者への「仲間意識」を利用して、この客観性を封じ込めることができるかもしれない。だが、中国の人々のような外国人という他者に対してまで、「語る-聞く」関係によるいい加減な言説では、こうした真の他者を納得させることはできないだろう。つまり、必要なのは「教える-学ぶ」関係の構築なのだ。

しかし、日本政府は東京電力福島第一原子力発電所の汚染水およびその処理をめぐって、きわめて不誠実な対応に終始し、マスメディアもそのお先棒を担いでいる。この問題をつぎにとりあげてみよう。

※(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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